19 その正体は
「げっ、マジか!?」
煙のようにたゆたう半透明なそれは見覚えのある人物の姿をしていた。
社長だ。
いや、それだけではない。
社長の背に隠れるようにしてこちらを覗き込む経理部長がいる。
生きているはずの2人が悪霊としてここにいるとは奇っ怪な。
「どういうことだ?」
疑問を投げかけても応じる素振りはない。
聞こえているのかいないのか。
ただ社長の悪霊は獣のように歯をむき出しにして威嚇している。
経理部長は【遮断する壁】カードで作り出した障壁に阻まれたことが応えているのか社長の後ろでビクビクしていた。
社長はともかく経理部長は本人っぽい。
人となりを詳しく知っている訳じゃないけれど、神経質で臆病だという話は谷口氏から聞いている。
その割に欲深いとも。
とにかく睨み合いが続いていた。
望ましくない状況だ。
この連中を放置すれば社内で何か悪さをするようになるのは想像に難くない。
面倒だが後々のことを考えると俺が何とかすべきだろう。
そもそもコイツらは何者だ?
推理その1、社長と経理部長が同時に事故で死んで悪霊になった。
この2人が死んでるとすると明日の社内はてんやわんやの大騒ぎとなりそうだ。
今この瞬間も面倒なのに昼間も面倒になるとか冗談じゃない。
推理その2、悪霊が社長と経理部長の姿をまねている。
顔見知りじゃ怖がる者は減りそうな気がする。
得体の知れない相手の方が恐怖心が増すと思うんだけど?
そうなると姿をまねるメリットが何もない。
推理その3、他人の空似。
経理部長のそっくりさんが態度までそっくりというのが合理的に説明できない。
考えるだけ無駄だったな。
どうやら俺は思いのほか動揺してるらしい。
とにかく2人の姿をした霊の正体を突き止めるため【賢者の目】カードを使った。
次の瞬間、思わず叫びそうになって両手で口を塞いださ。
2人の生き霊だってさ。
真似ているんじゃなくて本人そのものだったとはね。
まあ、本人のあずかり知らぬまま生じた上に本人とは何のつながりもないようだけど。
あったら深夜に侵入者がいることがバレてヤバかったな。
顔は万が一にも拝まれないよう目出し帽を被っているので正体はバレていないけど。
何にせよ悪霊とそう変わらないのは間違いない。
突き抜けた欲深さが発生原因のようだし2人の悪事が明るみに出ることを嫌うとある。
俺が証拠を持ち去れば社員たちに害をなすのは明らかだ。
現に背後から襲いかかってきたしな。
防御されたことで威嚇しかできないという情けない状態に陥ってはいるが。
とはいえ俺の方も守っただけで攻撃した訳ではない。
だから向こうも体当たりでダメージを受けたとしても致命的なものではないだろう。
倒すならもう一手ほしいところだ。
もちろんイマジナリーカードの出番である。
悪霊にも有効だったものが通用するはず。
まずは逃がさない。
【遮断する壁】カードを追加で使用。
今度の適用範囲は奴らの周囲を囲う格好で内向きに防御させる変則的な使い方ではあるけれど。
使っても見えないために生き霊どもに反応がない。
使用者である俺には薄らと光って見えているんだけどな。
これで奴らはカゴの鳥も同然となった。
動き回っていれば狭い檻に閉じ込められることもなかっただろうに。
警戒しすぎるあまり威嚇の仕方を間違えたのが運の尽き。
後はトドメを刺すだけである。
使うのは汚物を消し去る【穢れは無に】カード。
これはそういう効果を余分に付け足すまでもなく元から悪霊に効果的だった。
2枚をそれぞれ社長と経理部長の生き霊に向けて使用する。
すると、経理部長の方はあっという間に消えてなくなった。
社長の生き霊はもがき苦しみこそしたものの耐えきってみせたが。
「往生際が悪いな」
目的こそ違えど執念深さはイジメの首謀者と同じだ。
何枚【穢れは無に】を使っても耐えきるだろう。
だが、慌てる段階じゃない。
俺の落ち着いた様子を見て社長の生き霊は何かを察したらしい。
奴は脱兎のごとく逃げだそうとした。
が、それは新たに構築した見えざる壁に阻まれる。
前後左右はもちろん、上や下にも逃げ場はない。
そのことに気付いた社長の生き霊は憎悪のこもった目で俺を睨み付けながら襲いかかろうとしてきた。
もちろん、それも阻まれる訳だが。
「お前は逃げられないし攻撃もできない」
怖じ気づいて威嚇しかしてこなくなった時点で終わったも同然だったのだ。
「つまり、ずっと俺のターンなんだよ」
今度は悪霊にも特に有効だった【浄化消毒】カードを使う。
「汚物は消毒だ」
断末魔の悲鳴は聞こえなかったが、もがき苦しむ様は見て取れた。
それもわずかな間のことではあったけれど。
完全に消滅したことを【達人の目】カードを用いて視認する。
いや、【敵意レーダー】カードは有効なままなので赤い光点が消えていることを確認すれば充分なんだけどね。
念には念を、だ。
先程まで奴がいた場所を【達人の目】で見るが何の反応もない。
閉じ込めた状態でそうなったのだから逃げられたということはないだろう。
【どこで門】カードのような空間移動系の能力でも持っているなら話は別だが。
社長の生き霊がそういう特殊能力を持っているとは考えにくい。
特殊能力があるとするなら消しても復活するような再生系の能力だと思う。
執念深そうだもんな。
フラグが立つと面倒なので声には出さないけどさ。
そんなことを考えていると、再び嫌な気配が生じた。
【敵意レーダー】カードは有効なままだが、消えていた赤い光点が復活している。
ちょっと待てぇい!
考えるだけでフラグが立ったとか言わないだろうな。
赤い点の方を見れば、半透明な煙のような生き霊がこちらに向かってくるのが見えた。
【裏の瞳】を解除しなくて良かったが、それどころではない。
「冗談じゃないぞ」
すぐさま【遮断する壁】カードを準備した。
バチッ!
俺の周囲に展開している見えざる壁に弾かれたところを新たに用意した【遮断する壁】で閉じ込める。
すかさず【浄化消毒】で消し去る。
が、しかし……
「ウソだろぉ!?」
またしてもレーダーに赤い光点が出現する。
「二度あることは三度あるじゃねえっての!」
愚痴りながらも同じ要領で撃退する。
「ちっ、面倒な」
またしても生き霊が発生した。
それだけではなく別の問題も発生している。
今の体当たりで俺を守っているはずの見えざる壁に異変が生じたのだ。
明らかに反発する力が弱くなっていた。
あの体当たりに攻撃力があるみたいだな。
怨念か執念のなせる業なのかは知らないが、このままでは突破されかねない。
バチッ
やはり反発が弱くなっている。
それでも生き霊の動きは止められたので【遮断する壁】で封じ込めた。
今度はすぐには消さない。
消えなければ次は出てこないはずだと踏んだからだ。
「……………………………………………………」
しばらく様子を見たが追加は来ない。
無限増殖する訳ではないのは朗報と言えるだろう。
まあ、無限再生する恐れは残っているのだけど。
とはいえ、今のまま放置する訳にもいかない。
見えざる壁で永遠に封じ込められるなら話は別だが、いずれ脱出してくる恐れが出てきてしまってはね。
まずは【穢れは無に】で弱らせておく。
これで時間は稼げるだろう。
その間にまずは【遮断する壁】を複数枚用意して見えざる壁を強力なものに展開し直す。
続いて大量に【遮断する壁】と【浄化消毒】を用意した。
ここからは根比べだ。
下手をすると明日の朝まで延々と続くかもしれないが仕方あるまい。
その場合は病欠させてもらおう。
さすがに完徹してから仕事なんてやってられないからね。
睡眠は大事だよ。
読んでくれてありがとう。
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