17 俺たちの危機
報告会は谷口氏によって残りの情報が出された後は膠着状態に陥っていた。
警察などに告発しようにも証拠がないからだ。
「今時パソコンを使わずに処理してると思ったら、そういうことかよ」
大林が愚痴るのも無理はない。
「何が『クリエイティブな部署に高性能なパソコンを優先して回す』だ」
大塚が吐き捨てるように吠えた。
「まったくだよな。自分たちの犯罪を露呈させないためにデジタルデータには残らないようパソコンを使わないんだからさ」
竹嶋が同意しながら愚痴る。
「うちの部署は助かっていたけど、そういうカラクリがあったと知ると複雑だよ」
植木は悩ましげな表情を浮かべるのも無理はない。
俺も同感だ。
しかしながら愚痴るだけでは解決策にはつながらない。
「今日は吐き出すだけで終わりにするか」
俺が提案すると皆の視線が集まった。
半分は非難めいた目を向けてきている。
これはどうにか解決したいという思いが先走っているのだろう。
いずれにせよ注目を集めるのは苦手なんだが言葉を引っ込める訳にもいかない。
「素人が簡単に証拠なんて見つけられる訳ないだろ」
「そうは言うけどさ」
竹嶋が反論しようとするが俺はそれを遮る。
「義憤に駆られて突っ走った結果、人死にが出たら責任が取れるのか」
「っ、いくらなんでも……」
「大袈裟だと思うのか? だとしたら認識が子供レベルだね」
「なっ」
「相手は年季の入った犯罪者なんだぞ」
「どうして、年季が入ってるなんてことが言えるんだ」
竹嶋が噛みつくように反論してきた。
感情にとらわれ冷静さを失っているのは間違いあるまい。
「おい、竹嶋。熱くなるな」
俺と同じことを感じた谷口氏にたしなめられたものの引っ込みがつかない竹嶋の目には険が乗っていた。
「お前自身がずっとITを導入しない経理の話をしたばかりだろう」
「あ」
さすがにヒントを出せば気付くか。
「具体的にいつからかはわからんが、ここ数年のレベルじゃないのは確かだ」
「それだけ長い期間、何処にも気付かれないなんて普通じゃないだろ」
俺が谷口氏に追随すると竹嶋も頭に血が上ったような状態からは抜け出せたようだ。
「考えたくもないわね」
沢田が溜め息まじりに漏らした。
「うちはブラック企業じゃないと思っていのに、ブラックどころかクライム企業だったなんて」
「いや、それは違うだろ。会社ぐるみの犯罪じゃないんだから」
「そうだな、俺たちは被害者だ。犯罪者は社長と経理部長だけだって」
大林と大塚が沢田の言葉を否定する。
「そんなことより、明日からどうするかを考えるべきだろ」
植木が脱線していた話を前に進めようと切り替える。
「下手に動けないなら、いつも通りに出勤して仕事をするしかないだろう」
岩本がそう言うが……
「そのいつも通りが難しいと思うけどな」
今度は佐々木がツッコミを入れてきた。
「こんな大変なことを知って普段通りにできるなら役者になってるさ」
「それでも下手に嗅ぎ回らなきゃ誤魔化しようはあるって」
大塚はそう言うが、楽観視がすぎると思う。
少なくとも件の経理部社員は生きた心地がしないだろう。
社長たちに気付かれれば何をされるかという恐怖がつきまとうことになる。
そういう意味では谷口氏の報告は軽率だったと言わざるを得ない。
「それしかないか」
大林が唸りながら言った。
確かに素人集団には打つ手なしの状態である。
だからといって何もしないのは本気で危機感を感じていない証拠だ。
向こうに気付かれたら終わりと言っても過言ではない。
最低でも罪を被せられてしまうだろう。
下手をすればこの世から消されることだって充分に考えられる。
そういう悪辣な輩が存在することをイジメで殺されかけたことのある俺は身に染みて知っている。
それは比喩ではない。
消されることは決して大袈裟なことではないのだ。
犯罪に手を染める連中を常識の範疇で考えてしまうと痛い目を見ることになる。
ましてや連中は出来心でやってしまったような初心者ではない。
振り切った犯罪者ならば息をするように常識を逸脱した行動を取ると思っておく必要がある。
さすがに不幸な当たりくじを引いてしまうのが誰になるかまではわからないがね。
本命は経理部社員と言いたいところだが、この場にいる全員が同率首位だ。
あとは事実を知ったという重圧に負けない精神力があるかどうかで結果が変わるかもしれないくらいか。
どうやら一肌脱ぐ必要ができてしまったらしい。
結局、この日の報告会は煮え切らない格好で終わりとなった。
おかげで俺にはひとつ仕事ができてしまったが強制された訳でもキャンセルできない訳でもない。
しかしながら、やらないと仲間が死ぬ恐れがある。
ならば行動するしかないだろう。
後悔したくはないからな。
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一旦、家に帰ってイリアに事情を話してから作戦行動に入る。
同行すると言われるかと思ったのだがイリアは希望しなかった。
「私が同行してもお役に立てないでしょう。むしろ、この世界の常識にまだまだ疎い状態では足手まといにすらなりかねません」
理由はそういうことだった。
ネットサーフィンしながらだったので言い訳のように聞こえてしまったもののスルーしておく。
とにかく明日も仕事だし早々に片付けて休みたい。
「じゃあ、行ってくる」
「はい。お気をつけて」
イリアに見送られる格好でイマジナリーカードの【どこで門】を使って敵地へと向かう。
まあ、会社なんだけど。
夜間はセキュリティが働いているが、出入り口や窓さえ通過しようとしなければ意外に引っかからない。
所詮は中小企業である。
セキュリティにかけられる予算も限られているのだ。
まあ、普通は侵入経路さえ監視すれば何も問題はないので重要視されていないとも言えるのだけど。
そんな訳で出入り口を使わずに会社に潜り込めばセンサーは作動しない。
実は前にもこの方法で忍び込んだことがあるので自分のデスクの前に出てきても緊張感はゼロだ。
「潜入成功っと」
軽口まで呟いてしまった。
ここから先は、そんなことじゃいかんのだけどね。
前回はゴールデンウィークの前日にスマホを忘れて回収に来ただけだが、今回は犯罪の証拠をつかむ必要があるからな。
まずは【闇夜の目】カードで昼間のように見える視界を確保する。
窓から入ってくる明かりや誘導灯などで真っ暗闇という訳じゃないが、ハッキリ見えた方がいいのは確かだからな。
続いて指紋を残さぬよう薄手のゴム手袋をはめれば準備完了。
満を持して社長室へと向かう。
証拠かその手がかりがあるなら、ここだと踏んでいたからだ。
社長室の前に立つと、いやが上にも高揚してくる。
「ここから先は普通じゃないんだよなぁ」
前回のスマホ回収時、せっかくだからと夜の社内で怪盗ごっこをして冷や汗をかかされたのだ。
社長室だけは何故かバリバリのセキュリティが配されていたのでね。
トラップやセキュリティなどを見抜く【罠感知】カードを使ってなかったら侵入者として通報されていたことだろう。
大人になって厨二病じみたノリで動いたおかげで命拾いするとは思わなかったさ。
まず普通にドアを開けてはいけない。
出入り口と同じように開放を感知するセンサーがあるからだ。
それを誤魔化せても赤外線センサーがワイヤートラップのようにセットされているあたりが執拗だ。
「普通、そこまでするか?」
思わずボヤくが、それだけではない。
社長室には他には設置されていない監視カメラまであるのだ。
「何かありますって言ってるようなもんだよな」
とはいえ、それだけで黒と決めつける訳にはいかない。
どうにかして証拠をつかまないと。
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