16 会社の危機?
結論から言うと退職は保留となった。
勢いで突っ走るとろくなことにならないのは明白なんだし当たり前のことだろう。
引っ越しだけは済ませたけどね。
スピーカーオバさんにイリアのことを知られたせいで根掘り葉掘りされてうんざりしていたから逃げた訳だ。
新居は前と同じような間取りだけど家賃は少し安いところにした。
その分、通勤は余計に時間がかかるのが難点だ。
少し前からイマジナリーカードで通勤しているから関係ないけどね。
会社では今まで通りというかクズ男がいなくなった分だけ仕事がやりやすくなったと言える。
如何に奴が仕事のできない無能だったかが改めてわかったさ。
こんな具合に忙しくも平穏が続く中で合間に上手い稼ぎを創出できないかを考えるのが日課になりつつあった。
そんなある日の午後、谷口氏からショートメールが届いた。
[会社がヤバいぞ]
そのメッセージを見た瞬間どうヤバいんだよとツッコミを入れたくなったさ。
他の平社員同盟にも同じメッセージが送られていたらしく、アフター5の報告会が急遽決まった。
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終業時刻になってすぐに電話をかけた。
イマジナリーカードの【夢現に】を使って話の内容はもちろん電話をかけていることも余人にはわからないようにした上でだ。
電話の相手がイリアなので一緒に住んでいるなどと知られた日には、どんな反応をされるかわかったもんじゃないからなぁ。
スピーカーオバさんのことが、ちょっとしたトラウマになっているのかもしれん。
ちなみに【夢現に】の効果は他者に対象の言動を誤認させるというものだ。
見られないようにするだけなら【光学迷彩】があるが、あれは使いどころが難しい。
いきなり姿が消えれば騒ぎになるのがオチだからな。
それに今回の場合だと声は聞かれてしまうので意味がない。
『はい』
すぐにイリアが電話に出てくれた。
2台目のスマホを用意して持たせた甲斐があったというものだ。
ちょっと練習しただけで抵抗なく文明の利器を使えるようになったのはありがたいことである。
それどころか空いた時間はパソコンを使って情報収集に勤しんでいるほどだ。
お陰で諸々に馴染むスピードなどは俺の想像をはるかに超えて異様とも言えるほどに速かった。
まあ、日本語だけは【通訳いらず】カードを使って習得させたけど。
でないと新聞や本も読めないしネットサーフィンで調べ物をしようにもお手上げ状態になるからな。
もちろん引っ越すまで外では「ニホンゴワカリマセーン」で通してもらったさ。
「すまない、俺だ」
『何かありましたか?』
「同僚に誘われて食事をしてから帰ることになった」
『わかりました』
「それから帰りは少し遅くなると思う」
『そうですか。では、私も済ませておきます』
「すまない。それじゃあ切るよ」
『はい』
電話を切ると同時に【夢現に】カードもオフにする。
「おーい、行くぞぉ」
ちょうど同じ課の植木が声をかけてきた。
危ない危ない。サクッと電話を終わらせてなければ置いてけぼりを食らうところだった。
「ああ、いま行く」
返事をした俺は植木と連れだって外に出た。
「で、今夜は何処なんだ?」
「カラオケボックスだ」
「は? 誰の趣味だよ」
「いや、そうじゃなくて話を聞かれないようにしたいらしい」
「居酒屋でも充分じゃないのか?」
「誰かが跡をつけられても完全に個室だからシャットアウトできるだろ」
まあ、居酒屋よりは乱入しづらいか。
「そんなにヤバい話を聞かされるのか」
「らしいな。詳しいことは誰も知らないみたいだが」
「植木も聞いてないんだよな」
「もちろんさ。能登の方が聞いてるんじゃないのか? 密偵の茂とは親しかっただろう」
親しいと言われると返答に困る。
確かに会社では話す方だと思うが休みの日まで連むようなことはないからな。
故に谷口氏の趣味も知らない。
「聞いてないぞ。今日の集合場所だって知らなかったし」
「そうなると、いよいよもって謎だなぁ」
「そこまでヤバい話なら大量にリストラされるとかかもな」
「え~っ、勘弁してくれよぉ」
辟易したと言わんばかりのしかめっ面で植木は愚痴る。
「まだそうと決まった訳じゃないだろ」
「だけど、こんな形で報告会があるなんて初めてじゃないか」
「拍子抜けするような内容であってほしいんだがな」
「無理だろう。嫌な予感しかしないって」
「だな」
それ以後は目的地に到着するまで、お通夜のような状態が続いた。
口を開けば話が悪い方へと進む気がしてならなかったのは植木も同じだったのだろう。
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カラオケボックス前で平社員同盟の面子と合流して中に入った。
俺や植木と同様に予感めいたものを感じているようで皆一様に陰鬱な雰囲気を漂わせている。
大部屋に案内したカラオケボックスの従業員は歌う気あるのかと訝しんだはずだ。
「では、報告会を始めよう」
全員が席について一息をついたところで谷口氏が話し始めた。
皆の刺すような視線が一斉に集まるものの織り込み済みだったらしく動じた様子は見られない。
「社長が粉飾決算をしていた。それもかなりの額になると思われる」
「「「「「ウソだろぉ──────────っ!?」」」」」
いきなりの爆弾発言に全員が絶叫した。
報告の場をカラオケボックスにして正解だったな。
「大声は控えよう」
谷口氏は淡々と注意するのだが、その態度が事態のヤバさを物語っていた。
皆もそれを感じたようで気圧されたようになっている。
「マジなのか?」
谷口氏の同期である岩本が険しい表情で問う。
「ああ。金額の確定にまでは至っていないが裏は取れている」
「誰からだよ」
「経理部に決まってるだろ」
「そんなネタ、よく仕入れられたな」
呆れながら吐き出すように言ったのは佐々木だ。
「良心の呵責に耐えかねてってところかな」
「そいつが社長の共犯なのか」
そんな風に険のある表情で聞く竹嶋。
「いいや。共犯は経理部長だ」
だろうな。一社員よりも権限のある部長の方が会計操作はしやすい訳だし。
「それを知ったのは偶然で向こうには気付かれていないらしい」
「今のところは、だろう?」
俺の問いに谷口氏は頷いた。
「ああ。気付かれたら何をされるかわからんからな」
「そうかしら」
受付嬢の沢田が疑問を呈する。
「うちの会社って割とまともな方でしょ。犯罪まがいなことはしないんじゃないかしら」
「甘いね。ホワイト風に振る舞うことで悪事の隠れ蓑にしていたなら最後まで隠し通そうとするに決まってる」
大林が沢田の言葉を否定する。
「だよなー」
大塚が追随した。
「その経理にすべての罪をおっ被せるくらいはしてもおかしくはないって」
「それは……」
沢田もそう思っているようで反論できずに言い淀む。
「最悪の場合は遺書をでっち上げてってこともあるかもしれん」
「ちょっと!」
大塚の発言が何を意味するのか察した沢田が非難の声を上げた。
「大塚はそういう恐れがあると言っただけだ。むしろ心配しているんだよ」
谷口氏がフォローする。
「ごめんなさい」
「いいや、自分にデリカシーがなかった。こっちこそすまない」
互いに謝罪して最悪のケースについては沈静化するかと思われたのだが。
「危惧される状態を放置する訳にはいかないよな」
大林が待ったをかけた。
「じゃあ、どうするんだよ」
竹嶋が先を促す。
「告発するのが筋だろうさ」
「警察か? 証拠がなければ動かないぞ」
「それなんだよなぁ」
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