15 左の目尻は動かない
それに対する紳士クンの答えはこうだった。
「勿論ですよ、いやだなぁ」
「・・・・・・」
その言葉に太刀は再び黙り、ある一点に視線を集中させた。
その一点とは、紳士クンの左の目尻である。
撫子は嘘をつく時、左の目尻がひきつるクセがある。
しかし目の前の彼女は、左の目尻はピクリとも動いていない。
それは彼女が撫子ではなく紳士クンだからなのだが、
これを太刀はどう判断するか。
目の前の彼女は本当に撫子で、その撫子が本当の事を言っていると判断するのか、
それとも、目の前の彼女自体が撫子ではないと判断するのか。
・・・・・・そんな中、太刀が下した判断はこれだった。
「早く来い撫子。打ち合わせを始めるぞ」
そう言って太刀は、踵を返して歩き出した。
それはつまり、太刀が紳士クンを撫子だと判断したという事だった。
それを悟った紳士クンは、太刀の背後でホッと胸を撫で下ろした。
実に堂々とした演技だったが、内心かなり緊張していたのだ。
そんな紳士クンの肩にそっと手を置いた令が、ウインクをしながら言った。
「それじゃあ行きましょうか、ナッちゃん」
「はい・・・・・・」
かくして令の作戦は成功し、紳士クンは撫子として生徒会室へ。
そして撫子は紳士クンとして一年菫組の教室へと向かった。
しかしこれで万事解決ではない事は、紳士クンも撫子も分かっている。
そんな中唯一令だけが、やけに楽しそうな笑みを浮かべているのだった。




