4 お姉様の登場
プップップー!
これはオナラではなく、車のクラクションの音である。
そのクラクションとともに、紳士クン達の背後から、
黒色の高級車が、結構なスピードで走ってきた。
「危ない!」
このままでは姉もろとも車にひかれてしまうと悟った紳士クンは、
咄嗟に撫子を抱き寄せ、道の端に飛びのいた。
「わわっ⁉」
驚きの声を上げる撫子。
そんな撫子をかばう紳士クン。
その背後を黒の高級車が通過し、水溜りに入った際に、激しく水しぶきを上げた。
紳士クンがかばったおかげで撫子は全く濡れる事はなかったが、
紳士クンの方は、背中からお尻にかけて水びたしになってしまった。
この瞬間、紳士クンに向けられていた撫子の怒りは、黒の高級車に向けられた。
「こらーっ!危ないじゃないのよーっ!」
すると撫子の声が聞こえたのか、その高級車は水溜りを越えた所で急停車し、
再び紳士クン達の居る所までバックしてきた。
「こ、こっちに戻ってくるよ⁉
もしかして、今のお姉ちゃんの言葉に怒ったんじゃないの⁉」
紳士クンはうろたえながらそう言ったが、撫子は至って強気な口調でこう返す。
「何言ってんのよ!怒ってるのはこっちよ!もっと文句言ってやる!」
「ダメだよ!怖い人だったらどうするの!」
「その時は紳士が私を守ってくれればいいじゃないの」
「えーっ⁉」
などと二人で言い合っていると、紳士クン達のそばでその車は停まり、
運転席から、一人の人物が姿を現した。
しかしその人物は、紳士クンが思っていたような怖い感じの人物ではなく、
至って温厚そうな、白髪の老人だった。
だが老人とはいえ背筋は真っ直ぐで、パリッとした黒のスーツを着ており、
さながら何処かのお屋敷の執事のような雰囲気である。
そんな彼が、申し訳なさそうな口調で紳士クン達に言った。
「大変申し訳ございませんでした。お怪我はありませんでしたか?」
それに対して紳士クンは、
出てきた人物が怖そうな人じゃなくて良かったと思いながらこう言った。
「あ、大丈夫です。怪我とかはしてないですから」
すると傍らの撫子が、怒りが治まらない様子で口を挟む。
「だけどこの子の制服がビショビショになっちゃったじゃないの!
まだ下ろしたてなのにどうしてくれるのよ!」
「お、お姉ちゃん、もういいじゃないか。制服はクリーニングに出せばいいんだし」
「何言ってんのよ!せっかくの紳士の入学式が、これじゃあ台無しじゃないの!」
なだめる紳士クンに、撫子は声を荒げる。
と、その時だった。
白髪の老人が車の後部席のドアがガチャっと開けた。
すると同時に、今までザーザーと降っていた雨がピタッとやんだ。
そして開いたドアから、一人の女性が姿を現した。
その女性はエシオニア学園の女子部の制服を身にまとっていて、
身長は撫子よりも少し高く、それでいて二の腕や腰周りは撫子のそれよりも細い。
ブロンドで軽くウエーブのかかった美しい髪を背中までのばし、
鼻筋とアゴのラインは、モデルのように整っている。
そして吸い込まれそうなほど透き通った瞳を持ち合わせた彼女は、
紳士クンが今まで見てきた女性の中で(もちろん撫子も含めて)、一番美しかった。
そんな彼女が、紳士クン達の目の前に現れた。
すると同時に今まで空を覆っていた分厚い雲も、たちまち何処かに消え去り、
そこから現れた太陽が、彼女の姿をより明るく美しく照らし出した。
(ま、まさか、この女性の力で空が晴れたの⁉)
実際はただの偶然という設定だが、紳士クンがそう思うほどに、
彼女は魅力的なオーラを放っていた。