1 姉はノックしない
分厚い雲が空を覆った朝だった。
今日はエシオニア学園の入学式。
紳士クンがこの学園の生徒として登校する最初の日である。
紳士クンは自分の部屋の鏡の前で、自分の制服姿を眺めていた。
エシオニア学園の男子の制服は、
黒を基調としたブレザーとズボンに、ブルーのネクタイ。
同じ黒でも学ランのそれとはまた違い、独特のシブさのあるデザインである。
普段着だと男だか女だか分からない紳士クンだが、
この制服を着ると、ちょっと小粋なジェントルメンに見えない事もなかった。
(えへへ、この制服なら、ボクでもちょっとは男らしく見えるかも)
紳士クンもお気に入りのご様子。
そして鏡の前で色々と自分なりの男らしいポーズなどをとってみて、
鏡に映る自分の姿に見とれていた。すると、
「紳士~?もう準備できた~?」
と言いながら、撫子がノックもせずに紳士クンの部屋のドアを開け放った。
「わゎっ⁉」
完全に自分の世界に入り込んでいた紳士クンは、
慌てて男らしいポーズをやめて、いきなりドアを開けた撫子に抗議の声を上げた。
「お姉ちゃんっ、部屋に入る時はノックしてっていつも言ってるじゃないかっ」
それに対して撫子は、何ら反省する素振りもなくこう返す。
「何を女子みたいな事を言ってんのよ。着替えてるところを見られた訳じゃなし」
「うぅ・・・・・・」
撫子の言葉に口をつむぐ紳士クン。
紳士クンにとっては着替えを見られるよりも、
さっきのあのポーズを見られた事が恥ずかしいのだが、
撫子はそんな事に構わず、制服姿の紳士クンを眺めてこう言った。
「へぇ、あんたもエシオニア学園の制服を着ると、少しは男らしく見えるわねぇ」
「そ、そうかな?」
紳士クンは照れくさそうに右手の人差し指で自分の頬をかいた。
「で、でもお姉ちゃんもその制服を着ると、本物のお嬢様って感じがするね」
「それはつまり、この制服を着てない時の私は、相変わらずの男勝りな女だと言いたい訳?」
「ち、違うよ!そ、そういう意味じゃなくて・・・・・・」
「冗談よ。私もこの制服は気に入ってるし」
そう言って撫子も、さっきの紳士クンの様に鏡の前でポーズをとる。
ちなみに撫子が着ているエシオニア学園の女子部の制服は、
男子部のそれとは対照的に、白が基調となっていて、
セーラーカラーがついたワンピースになっている。
スカートの丈は膝下まであり、首元には青のスカーフが巻かれている。
全体的に清楚さをかもし出すデザインとなっており、
普段男勝りな撫子でも、それなりのお嬢様に見えた。
(制服の力って、凄いなぁ)
紳士クンは姉の制服姿を見てつくづくそう思ったが、
それを口にするとまたツッコまれそうなので何も言わなかった。
そんな紳士クンに向かって、撫子は言った。
「それじゃあ、行きましょうか」
「うんっ」
紳士クンはニッコリ笑って頷いた。
その時外では、空から大粒の雨が降り出していた。
この雨が、紳士クンのこれからの学校生活を大きく変える原因となってしまうのだが、
この時の紳士クンに、そんな事が分かるはずもないのであった。