東条湖編 おまけの話② その後
2001年3月20日に僕は東条湖を去った。
前日のお別れ会ではみんなが僕の部屋に集まってくれた。
タカ、かっちゃん、マサ、まさみ、まーやん、コズ
皆で飲み会をしたが、気を使って最後はコズと二人にしてくれた。
僕らは朝までセックスをしたが、淋しさが増す一方だった。
朝を迎え、皆は出勤し僕と那須君が残り部屋の退去の手続きをした。
シーツなどにみんなで落書きをしていたので、買取となったほかはそのままでよいという事なので、荷物を持って部屋を出た。
那須君を車で駅まで乗せていくことにした。
荷物を送る手続きを済ませ、切符を買って・・・という事を辻岡Ⅿに面倒見てもらいながらやっていた。
本当に何も一人で出来ない野郎だった。
そして、車が無いとマジで大変な仕事だった。
途中でおもちゃ王国によって、タカと熱いハグでお別れした。
「兄弟。また絶対会おう」
他のみんなも送り出してくれた。
マーやんからは、お菓子とおにぎりとサンドウィッチが沢山入ったビニール袋を貰った。
「どんだけ食べると思ってんの?」
笑顔で皆と別れた。
帰りは少し泣きながら、高速を140km平均で覚えたてのpunk rockをガンガンかけて東京へ急いだ。
2002年5月
リゾートの仕事を辞めて東京へ帰ってから約半年。
東条湖のお別れから約1年と少し
この頃東京の調布市で友達のAⅤ監督と同居していた。
毎日が退屈で、腐りかけていたのだが、ゴールデンウィークを利用して、東条湖へ行くことにした。
コズに会いに。
コズとは何となく連絡が来たり連絡したりしていた。
ただ、コズにはもう彼氏がいたので、本当に何となくだったが。
男はこういう時にダメさを発揮する。
仕事も辞めて金もない状態だったので、鈍行を乗り継ぎ15時間近くかけて、最寄りの新三田駅に着いた。
仲間には連絡していたが、ゴールデンウィークというのは超が付くほど忙しい時で、コズも仲間も会ってくれるか微妙な感じだったが、とりあえず来てしまったのだ。
案の定
コズは連絡が取れなくなった。
どこまでも振り回される男だった。
朝5時台に家を出て、到着が夜の8時くらいだった。
泊るところも確保していない。
これがロックだと思っていた。
馬鹿な若者が田舎の駅に一人。
するとメールが来た。
なんと、マサが仕事を終えて迎えに来てくれるとのこと。
嬉しくて涙がでた。




