時間と父上様にはご注意を!
懐かしく、優しい感情に包まれている。
あぁ、これは夢だ。
昔あったことを見直している。
「君はヒーローを信じるかな?」
顔はぼやけていてよく見えないが、ダンディーな声で、目の前の人物が男であることがわかった。
「うん!僕、ヒーロー大好き!将来の夢はレッドになることだもんね!!信じてるに決まってるじゃん!」
甲高い少年の声。
とうっ!と言いながら、
男の人に向かってパンチやキックを繰り出す。
「おー、君にはかなわないよ。はははっ」
男がさも愉快そうに笑いながら。
少年の頭を優しく撫でた。
「君はきっとヒーローになれるよ・・・」
なぜか、最後に物悲しそうな印象を残して。
+++
ピピピピピッ・・・!
けたたましく耳元で時計が鳴る。
・・・うるさい、
今日は土曜日じゃん。休みじゃん。なんで俺は時計セットしたんだ?
時計は午前5時を示していた。
なぜか異常なまでに早い。
ちなみにいつもの休日は昼まで寝て、平均睡眠時間は10時間だ。
友人に語ると、「腐ってない?」とか言われたが、失敬な話だ。
発酵と言ってくれよ。
大事な睡眠を邪魔された俺の目覚めは最悪だった。
しかも昨日は2時まで起きていたからかなり眠い。
イライラしてたまらなかった。
3時間睡眠とか・・・意味わからないよ。
ということで、気持ちよく二度寝をはじめた。
20分くらい経っていただろうか。
ふと、《人間とは忘れちゃいけないことを思い出すことが仕事だ》という友人、霧下の名言を思いだした。
なんでそんな話をしたのかは思い出せないけど。
「・・・あ。」
・・・・・・俺も例外ではなかったようだ。
つまり、大事なことを思い出したのだ。
あんちゃんに怒られる!
お目目パッチリ!という感じになったが実際は腫れぼったい目を薄ら開けて俺はすぐに着替えを始めた。
釣具や防寒具などの重装備を持って部屋を出て階段を降りた。
そのところまでは良かった。
俺的にはかなりベストタイムを叩き出して、ロスした時間を完璧に取り戻したかのように感じていた。
だが、そううまくいかないこともあるもので。
「幸信」
残念なことに、玄関まで出たところでマイファーザーに捕まった。
てかこの時間に普通に起きてるの!?早くね!?
それとも寝てないの?!
とりあえず、疑問は脳内だけにしておいて。
「ちょっと釣りに出かけてくる。今日は朝飯いいや。そして薬も飲まないけど見」
「見逃すわけないだろ」
きっぱりだな・・・最後まで言わせてくれない。
「一日くらいよくね?」
「よくないから。さっさと飯食え。そして薬を飲みなさい」
威圧感がなかなかの我が父。ムキムキの筋肉の化け物みたいなヤツだ。
逆らう気にすらならない。実の息子でさえ殺しかねないからな。
まあ最後のは流石に冗談だが。
と言うか冗談であって欲しい。
「・・・」
ということで結局、飯食って薬飲んで出かけた。
融通の利かない親を持つと大変だ。
こりゃ、あんちゃんに怒られるかな・・・
+++
時は少し流れ、俺は通っている高校の近くの沼にいた。
「で、お父さんに朝から捕まったの?」
「そう、ひどくね?」
俺が遅れてきたせいか、ちょっと不機嫌そうにしている目の前の女の子、俺の彼女の杏瑠、通称あんちゃんだ。
「でも、今の医療じゃ治せない難病なんでしょ?」
そう言うと、不機嫌そうな顔からいつもの表情に戻った。
でも俺といるときはそこまで表情変化は無く、現在無表情になっただけというところだ。
ちょっとの表情変化にわずかながら気付けるようになったことに我ながら感心する。
「・・・らしいね。こんなに元気で熱すら小学校2年の時に出したきりの健康体なのに」
実際、難病とか言われても意味がわからない。
元気だし、それも人一倍他の人よりも。
親から嘘つれている気分だ。
「バカは風邪ひかないらしいよ?」
そう言っていたずらっぽく少しにやりと笑うと、釣竿を沼に向かって振るった。
まだ薄暗い沼に、ちゃぽん!という音が響く。
「うるせ!」
同じように俺もあんちゃんにならって釣竿を振って沼に糸を垂らした。
俺は釣り初心者で、ここでの釣り5回目だが計3匹しか釣ったことがない。
つまり何回かはボウズだ。
しかし、あんちゃんは昔からやっていたらしく毎回5、6匹釣っている。
あ。それと、一応この娘は俺の彼女なわけだけど、俺達が付き合ってることは誰も知らない。
ばれたらいろいろ面倒くさいからな。
この娘と会ったのは俺が高校で入った演劇部でだった。
部活内でのあんちゃんは男子部員たちに目線の的になっていた。
本人は気付いていないようだが、それはそれはものすごいものだった。
もともと人気のありそうなルックスしている上に、部員で女子は一人しかいなかったことが更なる原因となったのは言うまでも無い。
ヒートアップしてアプローチをかける男どもが多く、俺は最初、そんな様子を見て馬鹿やってんなーと遠巻きに見ていた。
今でもその人気は衰えず、アプローチをかける男勢は変わらない熱量であんちゃんに接している。
そんなこんなで、付き合ってる事がばれると多方面から殺されかねないわけだ、俺が。
まぁ、そんな高嶺の花の杏瑠を好きになり、なおかつどうアプローチして付き合うに至ったかというと・・・。
「あ。来た!」
回想していると、あんちゃんの竿に獲物がかかったようだ。
・・・回想はまた今度にしておこう。
「あんちゃん、流石!重くない?大丈夫?」
しかし、心配する俺をよそにプロかと思わせるような動きだ。
いや、プロなんて実際見たことないから知らないけど。
身のこなしに比例してるのか難なく魚を釣り上げた。
「・・・あー、奇形種かー」
魚を見て残念そうにしている。
釣り上げたのは奇形種と呼ばれる突然変異の生物だった。
それを目の前にして落胆したようだ。
語調が少し変わるだけで、表情はあまり変化しないけど、その顔は言うまでも無く、可愛い。
面食いだったんだなぁ俺。
「そういえば最近増えてるって、地元ニュースでも言ってるよな。何が原因なんだろうな」
俺は、目の前で杏瑠が釣り上げた眼球が四つある不気味な魚をまじまじと眺めていた。
突然、何者かに見られているような、そんな気がして、見渡したがもちろん誰もいなかった。
錯覚。
(・・・・はははは!)
どこからともなく笑い声が聞こえた気がした。
俺たちを嘲笑っているかのような・・・
でもこれも、錯覚。
きっと錯覚なんだろう。
そう納得するしかない。これが俺の病気の症状の一つだから。