3.契約
狭い洞窟の中から出て少し開けた場所に移動してきた。
洞窟の中では気づかなかったが立ち上がったサエモンは大きい。全長4メートル位ありそうであった。そんな相手に今から挑もうとしている事実に冷や汗が出てきた。
緊張を解そうと手をグーパーする。不思議と腹痛は消えておりどこにも異常はなかった。
「ルールはさっき言った通りだ。儂に指一本でも触れられたらお前の勝ちだ。時間制限は、無し。フィールドはこの山全てとする」
「分かりました」
「せいぜい頑張れよ。よし、じゃー始めっ」
サエモンは、号をかけると大きく跳躍し山の奥へと消えて行った。アイリスは見失わない様にその後を追いかける。
30分後。
案の定サエモンの姿を見失った。アイリスは肩で息をする程疲れていた。
近くにあった丸太に座りこむ。屋敷から逃げてきてから一度も着替えていないのでアイリスは寝間着のワンピースのままだった。山の中を駆け巡っている為、所々穴があいたり汚れている。
サエモンの条件を何も考えずに聞いていたアイリスだが、この山全体が範囲だと広すぎる。ひとっ飛びで数メートル先を行ってしまうサエモンに対してまだ幼いアイリスの足では到底追いつけそうにない。
「でも…絶対勝ちたい」
幸いアイリスには時間が有り余っている。何日掛かろうがサエモンを必ず捕えると決めた。
一週間後。
完全にサエモンの姿を見失った。序盤の数日間は時々姿を現したサエモンであったが後半には全く姿を現さなくなってしまった。
(どうやってサエモン様を見つければいんだろ…)
一度姿が見えれば煌々と光る白い毛並みのお陰で追うことが出来るが全く姿が見えない今、何を手掛かりに進めば良いか分からない。ただ幸いなのは野生の動物に会わない事であった。
(サエモン様の言っていた通り私の力に怯えて皆んな隠れているのかな?)
魔力が弱い動物達は姿を現さないとの事だったが、サエモンの様に強い獰猛な獣が出てきた場合アイリスには太刀打ち出来る手段がない。その為サエモンの動向意外にもそういった野生の動物達の動きも把握しなくてはならない。
山の中を歩いていると土が湿った所にやって来た。足をとられ凄く歩きづらい。
「ん…この足跡…」
アイリスの他にも足跡があった。小動物の足跡だろう細かい跡が残っていた。その跡を追って歩みを進めると川に出た。
アイリスは、走って川のほとりに行くと両手で水をすくいごくごくと飲み干した。
「美味しい…」
水筒に入っていた雨水が底をつきそうだった為、貴重な水分源に出会えた事が嬉しかった。十分に水分を補給すると水筒にも補充しておいた。
辺りを見回すと川に向かってついている足跡、川から山に向かっていく足跡が無数にあった。この川は動物達も利用している様だ。
(ここにいればサエモン様にも会えるかも)
アイリスは暫く川の近くに身を潜める事にした。
数日粘ってみたが、サエモンは一向に現れなかった。
「そんな上手くいかないか…」
アイリスは次の作戦に出た。それは、川からあまり離れない所で背が高い木に登る事だ。30分程かけて木に登ると辺りを見回してみた。サエモンの姿らしきものは見当たらなかった。
(これも失敗か…)
肩を落とし木から降りようとした時、キューキューという動物の鳴き声が聞こえてきた。発生源は川の方からである。目を凝らして見てみると今迄一度もアイリスの前に姿を現さなかった小動物達が水を飲んでいた。耳が細長く四足歩行で毛並みが灰色の動物である。確かライビという名の動物であったはずだ。
(急いで戻らなきゃ)
アイリスは木から滑る様に降りると川へ向かった。ライビを捕獲する為だ。
物陰からライビの動向を見守ると、ライビ達は遊んでいるのか川でバシャバシャとしていた。一呼吸置き、意を決して走り出すとライビ達の長い耳が立ち上がり森の中へと走り出した。アイリスもそれに続き森の中まで追いかける。
「捕まえたっ!!」
あれから何日間もライビを追いかけ続けたアイリスは、遂に捕まえた。長い耳を束ね片手に持つ。ライビは諦めたのか、野生の本能で敵わないと悟ったのか力を抜き大人しくしている。
「ここはどこだろ…」
ライビを追い掛けるのに夢中になり自分が森のどこら辺にいるのかが分からなくなってしまった。
日も落ち始めている事から枝を集め焚き火をし始めた。何日も山の中で過ごした事で火を付けるのはお手の物になっていた。
石を削り作ったナイフでライビの首を切り血抜きをし、皮を剥いだ。可愛らしい見た目のライビを捌くのは気が引けたが空腹には勝てない。
屋敷にいた頃よく血抜きをさせられていた為慣れたものだ。
焚き火で炙ったライビの肉は少々筋があったが美味しかった。久しぶりのお肉に食欲が止まらない。ライビ1匹分をペロッと食べてしまった。
1ヶ月後。
段々とサエモンの居場所が掴めてきた。山の小動物達はサエモンとアイリスを避ける様に活動している為、アイリスがいない方角に進めばサエモンがいるのだ。それが分かってから何度かサエモンの姿を拝める様になった。但し未だに指一本も触れられてはいなかった。
神獣だけあって動きが素早く一度の跳躍で大分先まで行ってしまう。それなら、アイリス自ら動かずサエモンをおびき寄せ捕獲しようと自前の罠を設置した。しかしことごとく見破られ罠は知らずに通った小動物達を餌食にした。
(どうすればサエモン様に触れられるのかな)
今日の戦利品を貪りながら思案する。山の生活にも大分慣れた。落ちこぼれと称されていた前の生活より断然今の生活の方が楽で自由である。毎日歩き回っているせいか体力もついた。日に日に自分が逞しくなっているのを感じる。
うーと唸りながら集めた葉のベッドに横たわる。するとポツポツと空から雫が降ってきた。
「あっ…雨…ん?…あ、雨だっ!」
次の日も朝から雨が降っていた。アイリスは小さい洞窟でじっとしながら嬉々として空を眺めていた。
数時間後、雨が晴れた。アイリスはすぐ様立ち上がり駆け足で山の中を進んだ。そしてお目当ての場所に着くとその場に崩れ落ちた。雨でぬかるんだ土がべっとりとアイリスの膝についてしまっている。だがアイリスは足が震えて立てない様だ。
「…っ、ゃ…やっと…やっと…捕まえられた…」
アイリスが見つめるその先には手作りの罠に引っかかったサエモンの姿があった。綺麗な毛並みが雨に濡れいつも以上にキラキラと光っている。
震える足を叱咤し立ち上がるとサエモンに近づき優しく体に触れた。
「サエモン様、捕まえました」
「よく頑張ったなアイリス。まさか回避した先の先の先迄罠を準備してるなんてな。大したもんだ」
アイリスは、雨で自分の匂いを薄くし罠を何個も仕掛けて置いたのだ。それもサエモンが避ける事を想定して10個も罠を仕掛けていた。
「はい…ありがどっうございまずっ」
アイリスは、達成感からか涙が止まらなかった。ボロボロと年相応に泣くアイリスをサエモンは優しく見守ってくれた。
アイリスが泣き止んだ後、川に赴き汚れた膝や手を綺麗にした。
「綺麗にしたらこちらに来い」
4足で立ち上がった大きなサエモンの前に向かい合う。
「約束通り、お前の契約獣となろう。今から契約の儀をするから儂の言った通りにしろ」
「はい…よろしくお願いします」
「まず儂の頭にお前の頭をつけろ」
頭を垂れたサエモンのおでこにアイリスのおでこをくっつける。
「汝、我に呼応する者。主人アイリスが命じる。我の僕となり付き従い、共に未来を開かん―――」
「汝、我に呼応する者。主人アイリスが命じる。私の僕となり付き従い共に未来を開かん。サエモン様、私の契約獣になって下さい!!」
「っ…!…承知した…」
少々違う言葉であったが、アイリスらしいと思いサエモンは微笑んだ。
すると、2人の足元に魔法陣が現れアイリスの身体中に電流が駆け巡る。その電流はアイリスの全身を駆け巡りサエモンに通じ契約の証が刻み込まれていく。
程なくし浮かび上がっていた青い道筋と魔法陣は消え失せた。
「これから宜しくお願いしますね。サエモン様」