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因縁  作者: メンタン
1章 キャリアスタート
9/22

初の客先

 初日は研修といいつつも、各部署への挨拶まわりと日頃の業務の説明から行われた。

 営業部は試作営業課と量産営業課に分かれており、試作営業課が名前の通り、試作部品の営業を行う。

 人員は常谷さんと安田さんに私だ。


 量産営業課が量産部門の営業や管理を行う。

 人員はあまり関わりがないが、杉浦さんと並川さんが担当し、両営業部のトップとして、桜井が係長として音頭をとっている。

 課長が不在なのは、当時の課長が、一年前に定年退職をしたとのことらしい。


 各営業には客先が割り当てられており、どのメーカーも大企業ばかりである。

 私にはトランスミッション部品や電動化部品を製作する、『刈谷産業』が割り当てられる予定だ。

 当分は桜井係長に同行してのOJTとなる予定である。


 主たる製品としては、主に内歯車やはすば歯車に関わる部品や、差動装置と呼ばれるデフ関連の部品を受注する。

 また、付随する部品や、モーター部品等も取り扱っている。


 今後の世界の展望として各国が電気自動車への転換を表面している。

 そのため、どのメーカーにおいてもEVやFCVの部品を、躍起になって取り込んでいる。


 何故そこまで必死になるのかは簡単な話である。

 電気自動車が主流になれば、当然に内燃機関のエンジンがいらなくなる上に、トランスミッションも不要となる。

 部品点数が大幅に減少すれば、当然ながら加工メーカーは、商売あがったりとなるのは明白であろう。


 だが、それは私が考えることではない。経営者が一番理解しているし、対応する方針を打ち出して従業員はそれに従えば良いことだ。


 今日は、挨拶を終えたあと担当する客先の部品について教えてもらい、サンプルを見たりしながら定時の十七時半に退勤した。

 とは言っても入社前に桜井からは、資料を渡されており、ある程度は把握していたのですんなりと理解することができた。

 歯車などの知識も、入社前から基本的な知識は叩き込んでいたのが幸いした。

 しかし、特に歯車は、世の人々達が考えているであろう単純な機構ではなく、理解に苦戦しそうだと感じざるを得ない。




 定時に退社したものの、アフターファイブと呼ばれる時間に、何をして過ごすのか心得ていない。

 すると、携帯電話が振動していることに気付いた。

 車を停めてスマートフォンを見ると加藤からであった。


「もしもし迫田。一人暮らしはどう?」


 加藤から近況報告と私からも同じく近況を話した。

 どうやら他に本題があったようで、加藤は鼻息を荒く話す。


「新作のバトルフォース4ってゲーム今日出るけど、オンラインで一緒にやらないか。一緒にやってたゲームの新作だよ」


 加藤とは相変わらずだった。

 帰りにゲームを買って帰ると伝え、最寄りのゲームショップへ立ち寄ったが、人気ゲームにつき品切れだ。


 加藤にその旨を電話で話すと非常に残念そうであった。

 ネットショッピングで注文する旨を伝え、夕飯の材料を買って帰宅した。

 多少の料理の心得はあったので、軽く野菜炒めを作ろう。

 料理をしている時間はすごく落ち着く。料理が自分へのスパイスになりそうだ。


 これからの楽しみの一つにしよう…


 夕飯を済ませた後は、洗濯やカッターシャツへのアイロン等を一通りすませて、日課であった金属加工や歯車についての書物を読み漁り、寝ることにした。




 翌日も六時半に起きて、早めに出社した。


 今日からはついに営業先へ同行することになる。

 桜井係長からは、中小企業につきまともな研修なんぞ有るわけがないと、宣告されていた。


 中小企業あるあるだろうか。


 加藤は半年間の社内研修の後に配属先が決まると言っていた。

 どっちが正しいのかはわからない。やって覚えるか、勉強してからやるかの違いだ。

 前者は尻拭いをする人間がいて初めて成り立つ。桜井係長は、それだけはきっちりやると豪語していたが。


 そう考えながら事務所へ入り各々へ挨拶をした。

 ミーティングが始まり、各営業が今日のスケジュールと受注した案件についての報告をし、桜井係長がそれに指示を出している。


 予定表には桜井係長と私がペアになっていた。

 朝からすぐ出ていくそうで、桜井係長からは名刺を大量に持っていくよう指示を受けた。

 桜井係長のボロボロの名刺入れと対比して、まだ小綺麗な私の名刺入れはパンパンに膨れていた。


 ミーティングが終わり社用車へ向かう。


「迫田よ、土地勘はあるか?」


 だいたいはわかることを伝えると


「じゃあ運転よろしくー。細かい道はまた言うわ」


『いきなりかい』とツッコミを入れたくなったが当分自重しよう。


 目的地の刈谷産業は、世界屈指のトランスミッションのメーカーであり、愛知自動車や海外主要メーカーへ部品を納入している。

 よく考えると入社二日目から、そのようなメガ企業へ営業に行くなど大丈夫なのであろうか。


 雑談をしながら暫く車を走らせると、一時間ほどで刈谷産業へ到着した。

 入門手続きが必要であり、機密情報漏洩の観点から、カメラ付き携帯電話などの持ち込みも制限される。


 今日は部品の納入も兼ねていたため、車両乗り入れでの入門となった。

 入門するとその光景に圧倒された。社内には道路と信号があり、標識まである。

 全く以て信じがたい光景だ。さながら一つの街へ立ち入ったと錯覚させられる。




 桜井係長の指示に従い、納入場所へ到着した。


「どうもでーす!」


 桜井係長は受付に気持ちの良い挨拶をする。


「おいーっす」


 これも、お馴染みのやり取りなんだろうな…



 さて、試作部品においては号口部品とは違い、午前中に納入があったりフレキシブルな対応が求められるケースが多い。

 刈谷産業では、納入受付時間が五時半までになるので、試作部品の定期便は専属ドライバーが三時半に出発することになっているが、今日のように営業が伺うことも多々発生するのだ。


 そこで納入と途中工程品の引き取りを併せて行う。


 先ほど車内では、引き取りについて桜井係長に尋ねた。


 途中工程品とは、旋盤加工はA社で行い歯切りはB社で、熱処理はC社で行い、研削やホーニングはまたA社で。 等と、工程が分割されるケースがあり、A社が製作したものをB社が受け取り製作することになる。


 その際の引き取りも納入受付場所で同時に行っていた。


 斉藤製作所では旋盤から研磨まで、設備が一通り揃っているため、一貫して加工が可能で且つ強みでもある。


 当然ながら物流工数の低減はリードタイムを減らすことに寄与し、顧客満足度も向上する。と、桜井係長からは聞いていた。


 なるほどなと、頭では理屈だけ理解が出来る。


 桜井係長は慣れた手付きで納入を済ませた。

 そこから刈谷産業の打ち合わせロビーへ移動をする。

 また社内は広く、何処まで行っても綺麗な建物ばかりだが、ロビーはその一角にあるようだ。


「お世話になります。斉藤製作所桜井です。ロビーに新人君連れてきたよー」


 陽気で実に馴れ馴れしいが信頼関係の裏返しだろうか。


 ロビーには打ち合わせブースが並び、各社が納期や加工の打ち合わせを行っているようだ。


 一分ほど待つと、三十代後半と思われる小柄な男性が姿を見せた。


「こんにちは。初めまして。刈谷産業第二調達部の佐々木です」


 にこやかに名刺を差し出す。対応して私も名刺を差し出した。


「斉藤製作所営業部の新入社員の迫田一と申します。宜しくお願い申し上げます」


 佐々木さんは、私の名刺入れを見て、笑いを堪えきれなかったようだ。


「すんごいパンパンだねえ。びっくりしちゃったよ」


 桜井係長も一緒に笑い始めた。


「佐々木さんが迫田君の名刺交換第一号やでな。この人はこえーぞー。怒らせんときや」


 おそらく冗談だろうが佐々木さんの名刺には主任担当者と書いてあるあたり役職者だろう。


 桜井係長は続ける。


「佐々木さん今年はどう? 」


「え、桜井さんが出来ない出来ない言うもんで仕事なんかなくなったよ」


 下らない冗談の会話の中にも、どこか上品さを感じさせる。


 まあ社会人一年生が、偉そうに何を言っているのかと思い直した。

 佐々木さんはどうやらデフ関係の部品をメインで手配し、部下も数人を視ているそうだ。


 佐々木さんが本題に入る旨を桜井係長に伝え、図面を広げると桜井係長の表情が一変した。


 怖いくらいの集中力で目が図面の端から端まで舐めるように動いている。


 私も必死で見つめる。


 薄いなあ、ええと、基準はあそこで、基準は、ええと、自習している知識をフルに稼働しても理解に時間がかかる。


 それに対し桜井係長は、十秒ほど図面を見た後顔を上げる。


 佐々木さんがそれを見て、声をかけた。


「どう、やれそう。この案件で設計さんが困ってるらしい。斉藤さんなら問題ないと思ったけど」


 すぐさま桜井係長が早口で話し出した。


「うーん、まず厚み的には歪みが心配やね。治具あてて、受け面をこっちの加工面で代用すりゃ多分うちでもやれるね。納期は?」


 驚きよりもまず、憧れが先行した。

 あんな仕事がしたい。こんな人になりたい。


 これほどモチベーションが高い自分とは、齢二十二年まで生きてきて初めて対面しただろう。自分が変わっていく。


「寸法さえきちっと出ればいいよ。信頼してるしね。納期は二週間くらいはあげれそう」


 桜井係長は頷いて答えた。


「他に難しいとこはないしなあ。納期も問題ないですわ」


 佐々木さんは予想通りとのしたり顔をして、指でOKサインを出した。


「助かりますわ。迫田君も桜井さん見てしっかり学びなよ。お手本がいるんだから」


 言われるまでもなかった。

 とにかく吸収したい。自分の知らない自分が次々顔を出す気がする。

 ここまで情熱を持って何かをするのは、人生で初めてかもしれない。


 そこからは各担当者と名刺交換をし、軽い雑談をして無難にこなすことができた。


 帰りの車中では桜井係長と様々な話をする。


「営業は信頼が大事なんや。嘘ばっかり吐いてるとお客様には絶対にボロが出るんや。そうなると、本当に困ったときも話すら聞いてくれなくなるからな」


 私は運転しながら頷いた。


「それにしてもお前スジが良いな。やっぱ賢さって大事なんやね」


 私は謙遜した。取り立てて何もしていないではないか。




「やっぱ間違ってなかった…」



 私は運転している中で、はっきり聞き取れなかったものの、桜井係長がボソッと微かに、意味深なことを呟いたのを横目ではあるが、見逃さなかった。


・リードタイム

製品を製作する際に掛かる工数のトータルを指す


・EV、FCV

電気自動車及び燃料電池車


・ホーニング

製品の内径を精密研磨にて仕上げる際に用いられる加工法。

加工面は独特のクロスハッチとなり、潤滑油の保持に寄与する。

(精度が良すぎると油が保持できない)




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