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因縁  作者: メンタン
1章 キャリアスタート
6/22

リコール

 

 ついに大学を卒業し、社会人としてやっていけるのか、不安と共に希望も抱いていた。

 そう、考え事をしながらあっという間に帰宅した私は、卒業証書を両親に手渡した。

 それを見て、母親は相変わらず泣いていた。父親は母親を慰めながら言う。


「一もいよいよ社会人だが、困ったときにはすぐに連絡すること。それがお金のことだろうと何でもだ。私たちは家族だ。いいね」


 私は、首を縦にふった。

 そして父親の顔が、なにやら険しくなる。


「実はもう一つ言わないといけないことがある。一が大学を卒業するタイミングで言おうと考えていた。就職活動に影響を及ばしたくなかったんだ」


 私はなんだろうかと思ったが、”本当の両親ではない”との、打ち明け以上の驚嘆は無いだろう。慣れというのも怖いものだ。


「一には、年の離れた兄がいるそうだ。私も探してはいたものの足取りはない」


 少しの困惑はあったものの、冷静だった。実のところ、私は生みの親の顔さえ知らない。特に知りたいとも思わない。私の両親は迫田夫妻である。

 私は特別養子縁組で迫田家の実子扱いになったものの、兄は施設を抜け出し行方不明になっていたそうだ。

 私が二歳の頃に十四歳だったそうで、生きていれば三十四歳になっているはずだ。父は、もはや探す手立てがないという表情で、首を横に振り深く溜め息をついた。


 私は冷酷な人間なのだろうか。兄がいたといっても一分の記憶すらない。

 そして必死で探そうという気にはなれないのである。二十年前にいなくなった人間など、どう探すか手段すらも思いつかないからだ。


「ありがとう、父さん。後は僕が自分で探してみるよ」


 探す気などないものの、父親に自然に語りかける。

 兄は私のことを探しているのだろうか。はたまたこの世の何処かで朽ちてしまったのだろうか。全く以て想像がつかないことである。


 生みの両親の死の真相も、いい機会だったので聞くことにした。父は嫌な顔一つせずに当時の新聞を引っ張り出して、話してくれた。


 生みの両親は自動車の重要保安部品”ドライブシャフト”の不具合により、走行中に制御不能となり、中央分離帯に衝突し、車両が炎上して死亡した。


 当時のワイドショーは、そのニュースで持ちきりになり、センセーショナルな話題に国民の関心を集めたそうだ。

 当初は走行中にドライブシャフトが折れるわけがないと、整備不良が疑われた。管轄警察は車両の不具合と整備不良の両面から捜査を開始した。

 しかし、愛知自動車は該当車種の『リコール・不具合情報』を直ちに国土交通省へ届け出たのである。そうして状況は一変した。


 愛知自動車は当時、その事実を概ね認め、流通量が多い車種であったため、即座に大規模な無償回収、部品交換を行うこととした。


 該当部品を製作する仕入先へは調査を行い、原因の究明を図った。

 結果として、それは驚愕の内容であった。


 愛知自動車の仕入先であり号口メーカーの宮代精密(みやしろせいみつ)工業 が、ドライブシャフトの熱処理データを改竄し、大幅な強度不足の部品が納入されていたことが判明した。


 前代未聞ではあるが、非常に悪質であったため愛知自動車は宮代精密工業への350億円超の損害賠償請求を求め、提訴に踏み切ることとなった。


 宮代精密工業はそれを受けて、法廷に立つ前に、納入した部品とリコールの相当因果関係を認め、莫大な損害賠償請求が認められる形となった。

 また世間のバッシングは宮代精密工業へ向き、仕事どころではなかったであろう。


 翌年早々には、宮代精密工業は過剰な債務超過に陥り、倒産することとなった。


 概ねの解決を見るや否や世間の注目は次第に薄れていき、愛知自動車へのダメージは最小限に抑えられたといえるかもしれない。

 組み付けた責任はあるものの、仕入先が品質保証を行う取り交わしがある部品については検査データを改竄されては手の打ちようがないとの結論であった。


 これが、『宮代精密リコール事件』の全容である。

 父は胸クソが悪いと言いたげだ。


「一はこの事件の被害者である”宮野夫妻”の息子であり、施設に入った一を引き取ったのが私たちだ。一が生き残ったのは、託児所に預けられていたからだそうだよ」


 だが、愛知自動車は一時は信頼を落としたものの、そこから現在に至る二十年で品質保証体制を見直し、大規模な改善を実施した。

 結果的には、現在において国内シェア50%を誇り、世界の三大自動車メーカーとして君臨している。


 一連のリコール事件は、自動車部品の製造を行う会社にとっては決して他人事ではない。

 世の中の数万台の車の部品を製作する責任は、非常に重いといえるし、その過大なリコールリスクをも、一社において背負わねばならない危険を孕んでいる。

 私が足を踏み入れる世界は、正にその世界である。


 何の因果であろうか。私としては自分と同じ境遇の人間を生みたくないとの思いから一層気を引き締めた。


・ドライブシャフト

車輪と差動装置の間に着くパーツ。簡単に言えば動力を、エンジン→ドライブシャフト→駆動輪 へと、伝達する。



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