卒業
国立名東大学の卒業式も無事終わり、四月の入社を待つのみとなった。
卒業式には、両親が後方で見守っていた。卒業式典の後は、両親と記念撮影をした。何度も着込んだリクルートスーツではなく、職場で使うために両親が買ってくれた、薄いストライプのスーツをあえて着用していた。
母は涙もろい節があり、毎度のことながら号泣して、父親と私が慰めるのが定番になっていた。なんだかくすぐったい気分になる。
就職先が内定し、両親へ打ち明けたあの日以降、家庭内の雰囲気が激変したのである。私もよく話すようになったし、父親は鼻息を荒くしながら、金属加工の本や図面の読み方などの書籍をやたらと買ってきては応援してくれる。母親はよく泣く。相変わらずだ。
両親はゼミの宮崎教授へ挨拶すると、深々と頭を下げた。結果的にはきっかけを作っていただいた宮崎教授には私も頭が上がらない。
私は、ゼミの打ち上げがあるとのことで、参加することにし、両親にもそう伝えた。両親は心なしか嬉しそうだった。以前の私ならまず参加することはなかっただろうし、両親もそれをわかっているのだろう。
ゼミのリーダーが付近の居酒屋を予約しているそうだった。
ゼミ内に特段に懇意にしていた人間はいないが、あえて言うならば、加藤だけは話すことがよくあった。「迫田は四月から独り暮らしか?」などと、他愛もない会話をしながら店へ向かう。
リーダーは店につくと、段取りよく席へ向かい、メンバーへドリンクを聞いて回る。こういう人間が営業向きなんだろうかとふと考えた。
この店は"名東大学駅"から目と鼻の先にある。
特別きらびやかではないが、大学の付近の店ということで、客層は非常に若く見えた。
ドリンクが行き渡り、ゼミのリーダーが声高に叫ぶ。
「宮崎ゼミの今後の必勝を祈願して、カンパーイ!」
それに呼応して各々が乾杯した。仲の良いメンバー同士で盛り上がっている。そんな中、私は加藤と就職先や今後のことを色々と話した。
「なんか、迫田って変わったよな。エンジニアセールスになるってのもびっくりだし」
「そう? まあいろいろと、ね」
私はお茶を濁した。
「なんだよそれはよう。俺はお前のこと友達だと思ってるじゃんね!」
加藤はすでに酒が回ってしまっている。
だが実際どうなのだろうか。確かにたまに遊びにいったりはしていたし、趣味のアニメやゲームも気が合うとは思う。しかし、友達の定義がよくわからない。
私は早口に答える。
「気の合う奴だと思うよ」
そう答えると加藤は嬉しそうだった。加藤はUターン就職で地元の銀行員になるそうだ。頻繁には会えなくなることを加藤は寂しがっていた。
また、ゼミ内で私の内定先を聞いた人間は、大抵何かを察した様な顔をする。それはそうだ。法曹を目指し、法科大学院へ行く者、愛知自動車に入社する者。十人十色居る中で私は名の知れない中小企業である。
しかし、加藤は唯一、自分のことのように喜んでくれていた。
加藤とは一回生の頃に、好きなゲームのことで話したのが馴れ初めだ。
FPS(ファースト パーソン シューティング)ゲームと呼ばれるジャンルである。読んで字の如く、一人称視点でのシューティングゲームのことだ。最も簡単に要約すると、銃の打ち合いである。
オンラインでチームを組んで対戦することもでき、出不精の私は、よくボイスチャットを用いて、加藤とゲームに勤しんでいた。世の人々はゲームと聞いて、負のイメージを抱くかもしれない。だが私にとっては唯一のコミュニティであり加藤とのつながりだった。
この先離れていても、何かしら繋がっていれればと願った。
二時間ほど経ったであろうか、二次会の参加可否を聞かれたが、私は帰宅することにした。卒業証書を両親に渡したかったのだ。
加藤は一言「じゃあな。また」と呟いた。それに応じて私は「おう。またな」と応じた。
冬の寒さが残るなか、私たちはお互いに背を向けてそっと、歩きだした。