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因縁  作者: メンタン
1章 キャリアスタート
4/22

家族

 

 先日の会社及び工場の見学と軽い面談にて、内定をいただいてしまった。

 履歴書は入社意思を固めたら持って来いとのことだ。普通は逆であろう…


 後日、電話にはなるが桜井係長の携帯へ掛けて、入社意思を伝えた。実は会社訪問から帰る前に桜井と連絡先を交換したのだ。


 桜井係長は喜んでくれたが、両親にはまだ話せていない。どうにも両親を裏切っている気がして、話したとしても認めてもらえないのではないかと気が気ではなかった。

 しかし、1μmでも良い、変わった自分を両親にぶつけてみようとも考えるようになっていた。


 私の中では既に"答"は出ている。斉藤製作所に入社して頑張ろうと。営業としてやっていけるかは不安だが。


 翌日の土曜日の夜に、打ちあけようと決意し寝ることにした。二時間ほど、あれやこれやと頭の中でシミュレーションしているうちに眠りについた。


 翌日は、両親がともに家にいた。特に外出予定もなさそうだった。

 私は、気持ちを落ち着かせようと少し外に出ることにした。たかがその程度、早く言えよと思うかもしれないが、私には一大事なのだ。


  有名な私立の高校に進学させてもらい、大学は国立大学に進学した。その結果が社員数百三十名の中小企業である。

 

 私の父は、貿易会社の次長として勤めており、私には日ごろから、地位やお金の大事さを説いている。

 また、それを得るためには、勉強をして大きい会社に入ることだと散々言われてきた。


 それを考慮すれば、とてもではないが、認めていただけるとは思っていない。

 もしかすると、初めての喧嘩になってしまうかもしれない。そうなれば私は立ち向かえるのだろうか。

 また、施設にいた私を引き取ってくれた恩人である両親に楯突くことなどできるのだろうか…


 夕食前までは心を落ち着けようと書店にいた。手に持つその本の情報は難解な古代文字に見えるほど、頭に入らなかった。


 時計は午後六時を指していた。いつまでも帰らない訳にはいかない。

 私はゆっくりと凄まじく重い足取りで、自宅へと歩みを進めた。


「ただいま帰りました」


「あらおかえりなさい。もうご飯ができますよ」


 私は頷いてリビングへ入ったが、父親はソファに座り、経済新聞を読んでいる。


 私の覚悟はもうできていた。神妙な面持ちで父に声をかける。


「大事な話があります。時間をください!」


 父は内心で何かを察したのか、黙って椅子に腰かける。母はオドオドしつつ父の横に座った。

 少しの静寂が続く…… 蛇口から滴る水の音が聞こえる気がした。

 その音を合図にしたように、意を決して私が口を開いた。


「ある会社から内定をいただきました。その、えと、社員規模百三十人程度の、ちゅ、中小企業です。もう、入社意思も固めて、先方の会社には伝えました」


 もはや焼けくそだったが、なんとか言葉を捻り出した。


 父親の目は直視出来なかったが、ふと母に目をやると母は涙を流していた。さらに父を見ると、父は微笑んでいるように見えた。


 予想だにしない光景に酷く混乱してしまう。


 父親が突如口を開いた。それと同時にゆっくり眼鏡を外した。


「一を引き取ってから本当の親御さんのことを伝えるか迷ったよ。でも、これは一が乗り越えないといけないと思った」


 父親も涙目になりながら続ける。


「伝えてからは一が私たちに我が儘も何一つ言わなくなって、進学先も何もかも、自分の意思を言うことがなくなったのは分かっていたよ。でもさ、こうやって自分のことを自分で決めて言ってきてくれたのは本当にうれしいよ」


 また父からは謝罪があった。


「すまない。一に余計なプレッシャーをかけていたのかもしれない。私も"父親らしいこと"がなんなのか。ずっとわからなかった」


 そこへ母が割って入る。


「今まで、辛かったでしょう。私たちは、一の決めた道を応援するわ。それに… 私たちは一のことを、心の底から息子だと思っています」


 涙が止まらなかった。これまでの人生で、これほど涙したことはない。


「今まで情けなくてごめんなさい… 気を使わせてごめんなさい… 父さん、母さん」


 父は私を抱きながら、声をかけ続ける。顔は見えないが声からして、父も泣いているのだろう。


「いいんだ。いいんだ」





 お互いに落ちつきを取り戻した頃、様々な話をした。不妊に悩む迫田夫妻が妊娠を諦めて、私を引き取ったときの話、私が小さかったころの話、真実を打ち明けて以降私が無意識によそよそしくなってしまった両親の苦悩などである。


 私は両親をまやかしの親だと思ったことは一度でもあっただろうか。いや、自信を持って無いと言える。しかしながら、無自覚に遠慮する気持ちがあったのだ。


 ただ、今日を以て真の意味で”家族”になることができたのだろう。血の繋がりなど難しい問題ではなかった。


 家族は皆泣き疲れながらも、リビングの雰囲気は心なしか暖かかった。


 時計は午後十一時を指している。


「父さん、母さん。おやすみなさい」


 私はただ一言、そう言って自室に戻り、一足早く寝ることにしたのであった。


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