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因縁  作者: メンタン
1章 キャリアスタート
3/22

訪問

 

 教授の元へ伺って、斉藤製作所の話を聞いてから3日ほど経過していた。


 家のなかでは、未だに就職活動を行っていると装っていた。今日もスーツを着用し、フラフラと外出しようと考えていたときである。


 スマートフォンから着信音が聞こえた。また、液晶画面には見知らぬ番号が表示された。

 私は斉藤製作所からであろうと察しため、急ぎスマートフォンの応答をフリックするが、なかなか出られない。


 そうして、手間取っている間に切れてしまった。

 冷ややかな感覚が全身を巡った。身体は汗ばみ、フリックできなかった指先も、手汗で濡れていた。


 ここでも父親への後ろめたさだろうか、無意識に気を張っていたのだろうか。


 一息ついた頃、折り返しの電話をかけることにした。

 その番号へ掛けなおしたが、1コールもしないうちに電話が繋がった。


「株式会社斉藤製作所です」


 女性の事務職員だろうか、甲高い声で会社名を呼称する。


「あの、先ほどお電話をいただきました、あ、迫田と申します。おそらく人事担当者の方だと思いますが、取り次ぎをお願い申し上げたいです」


 緊張からか敬語、謙譲語、丁寧語がごちゃ混ぜになってしまっていた。


 事務職員は嫌味のない笑い方で笑った気がしたが、すぐに当初の口調に戻る。


「少々お待ち下さい」


 そう言った後、すぐに保留音が流れてきた。


 その十秒程後だろうか、男が電話に出る。


「どうも営業部桜井です! 迫田君ですか?」


 イントネーションが関西寄りだろうか。さらに元気を通り越し、うるさい声だったことと、人事担当者と思っていた私は呆気にとられたが、すぐに応答した。


「あ、はい。迫田です」


「緊張してるやろ。そんな緊張せんでええから。宮崎教授から聞いてるよ。一回会社にきて話を聞いてみんか。いつこれそうや?」


 いくら目下とはいえ、このようなフランクな話し方で良いのだろうかと思いながら気に留めぬことにした。


 そうして十五分ほど話しているうちに、会社への訪問日まで強引に決められてしまった。流石に営業で且つ係長なだけあって、凄まじいコミュニケーション能力だと感心した。




  -訪問日当日-


 朝は母親もいなかったため多少は気楽だった。


 斉藤製作所へは電車で向かったが、愛知自動車がある街だけあって交通機関が充実していない気がする。車を買えと、暗に意思表示をしているのではと疑いたくなる。


 ほどなくして最寄り駅に到着した。

 駅を出てみると、当たり前ではあるが、名古屋に比べて少し寂しい。斉藤製作所は、最寄り駅から徒歩20分ほどだが、経路など知っている筈もなく、スマートフォンのナビゲーションを頼りに歩みを進める。


 しばらく案内通りに歩くとスマートフォンから、到着したと音声が聞こえた。目的地のマークは幾分先に見えるが、よく見ると会社の敷地の中央にピンが刺さっている。


 さらにその先の信号を渡った先には、大きな正門が目視できた。


 正門は大型トラックが出入りするのだろうか。15mほどの広さがある。


 中小企業とは言うものの建屋は思ったよりも大きいと感じた。また、工場と思わしき建屋が8棟、さらには営業事務所と思われる建屋で構成されている。

 百三十四名の社員で、回せるとは思えない広さである。


 正門を越えてすぐ左に、白い建屋が見える。おそらくは営業事務所であろう。


 だが、緊張で三十秒ほど入るのを躊躇ってしまう。


 私はその後深呼吸をし、意を決して事務所に入った。


 すぐさま、女性の事務員が駆け寄ってきた。歳は二十歳そこそこ程度だろうか。身長は150cm程度で一目で可愛いと思ったが、女性に無縁だった自分は眩しすぎて、一切直視出来なかった。


「迫田様ですね。桜井を呼びますので、そちらのブースに掛けてお待ち下さい」


 事務員の方は、頭をピョコっと下げてデスクへ戻っていった。

 ブースに座り、机上に目をやる。樹脂製の机には、多数の圧痕がついていた。

 おそらくは、金属製品のサンプルを机上に転がしてときのものだろうと察しがつく。


 ピンポンピンポン

「桜井係長事務所までお願いします。桜井係長事務所までお願いします」


 三十秒ほどして、桜井係長が事務所に戻ってきた。

 身長は180cmは超えているだろう。髪型は某ダンスグループの人間を写したような人だった。実際、関わり合ってこなかった苦手なタイプである。


「こんにちは。営業部係長の桜井です。今日は遠いとこからありがとう。早速やけどまずは会社案内するわ。安全メガネと帽子貸すから付いておいで」


 町工場程度だろうと、高を括っていたが安全管理もしっかりしていそうだなと感心した。桜井は、早足で工場を案内していく。


 まずは号口棟に案内される。

 屋内は機械の加工音がごうごうと鳴り響いている。

 綺麗な全自動化ラインを見て、ピタゴラスイッチみたいだなと感じたが、量産にも色々な種類があるのだと、桜井係長は機械の音にも負けない声で説明する。

 全自動化ラインのほかには、各エンジニアが部品の取り外しや加工を行う手付けラインも多々あった。


 次に、試作棟に足が向く。そこは異次元にいると錯覚を覚えるほどに、機械がひしめき合っていた。


「うちは旋盤、歯切り、シェービング、マシニング、研削からワイヤカットまでなんでもあるからね。社長も設備投資には妥協せんからな。特に旋盤と歯切り加工は得意分野やでな!」


 正直に言って、何を話しをしているのか理解ができなかったが、推察するに概ねどんな加工も対応できるという意味であろうか。


 桜井係長は私に話し続ける。


「試作はさっきの号口に移行する前に、試作メーカーが加工して、加工時の問題点や熱処理の変化量とかをフィードバックしたり、客先で破壊して耐久力とかを試験するためにあるんや。でも新規開発プロジェクトがなかったらこの建屋に閑古鳥が鳴くで」


 教授にも軽くは聞いたが、要するには強度などの問題がないことをしっかり実証したうえで、実際に車として組み立てるのだろう。


  私は桜井の言葉に頷いた。それを見て桜井は続ける。


「試作加工は号口の単価に比べれば、想像できんくらい高いんや。さっきの一つの号口部品が一個250円やったとしたら、試作は加工単価が2000円~4000円くらいかな。まあ定量的に仕事量が無いことと、スポット発注とかもよくあるし、設備の原価償却も考えなアカンねん。やからそれだけ違って当然なんや」


 一通り加工現場を見て回り、最後は非常に寒い部屋に案内された。

 立て札には品質管理部とある。


「ここは品質管理部で、加工したものを測定して、出荷前の最終判断をする部署や。寒いのは金属は温度変化で寸法が変わるから、一定の温度じゃないとアカンねん。三次元測定器が四台、真円度測定器、歯車測定器、形状面粗度複合測定器まで一通りは揃っとるで!」


 その設備の凄みがわからない私は首をひねる。

 そうすると、桜井係長は一つの部品を手にした。


「この部品のここの長さって何mmの精度で加工してると思うんや?」


 知っている訳がないが、山勘で答える。


「1mmくらいですかね」


 桜井係長は手でバツ印を作って答えた。


「そんな加工してたらお客さんにしばかれてまうわ。誤差0.03mm以内の寸法で管理しとる。30ミクロンの誤差やぞ、想像つくか? しかもさっきの三次元測定で0.0001mmまで測定できるんや。まあそこまで求めるメーカーはないけどな」


 自動車部品の精巧さに驚きつつ、時として武器にもなり得る"クルマ"についてそれは当たり前なのだろう。

 そのときである。ふと、顔も知らない生みの両親のことが頭を過った。何故かはわからない。車両の不具合による事故で亡くなったからだろうか。だが深くは考えなかった。


 品質管理部を出た後、桜井から感想を聞かれたが、語彙力が多い少ないの問題ではなく、想像がつかなかった世界に凄いとしか言いようがなかった。工場の案内が始まってから一時間半も立っていた。


 ふいに桜井が話す。


「どうや、うちに来てみいへんか。俺が面倒見るし、この業界は手に職つけたら何処へでも行けるで。すぐにとは言わんけど、前向きに考えてほしい」


 終身雇用が崩れつつある現在は、確かなスキルを身につける上では、良い環境なのかもしれない。

 また、中小企業の人材難も進行しているとよく聞く。現に桜井が営業も現場も皆大手志向ばかりで、まともな人が受けに来なくて四苦八苦だと言っていた。

 だが私をまともだと判断した、その根拠は理解ができなかった。


 実際に会社を見てみると、確かに魅力はあると感じたが、そのことを父には何と話したら良いか、想像しただけでも深海魚が深海から浅瀬まで、一気に引き揚げられる気分だったのであった……



・号口

試作フェイズが完了し、量産品として流すこと。


・試作

設計者が仕様(材質や製品の寸法などを含む)を開発及び企画→図面を作図→製作→評価試験(実際に他の部品と組み付けてみる等)→問題点を改善→製作→評価(問題なし)→量産化 と、なる。

当然に上手くいかない製品は試作期間が長くなる傾向にある。



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