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因縁  作者: メンタン
1章 キャリアスタート
2/22

迷い

 

 今日は面接の予定はなかったが、家に居たくなかった私は、大学へ向かっていた。


 単位については問題なく取得済のため、あとは卒業論文の提出のみとなる。本日の目的は、教授のもとへ行くことにあった。電車に揺られながら、ぼうっと様々なことを考えている。


 私は、迫田一(さこたはじめ)。両親に言われるがまま、旧帝大と呼ばれる愛知県の国立名東大学に現役で入学した。

 私は大して興味のない法学部の門を叩いたが、その実私の意思はどこにも存在していなかった。

 存在していないというのは、語弊があるかもしれない。存在してはならなかったという方が正しいだろう。


 私は一歳の頃に、本当の両親を交通事故で失っている。単独事故で、原因は車両の不具合リコールによるものであったそうだ。

 身寄りもなく一度施設に入っていたことを、両親からは十四歳の頃に、真相として聞かされた。

 当初は戸惑いがあったにせよ、今の両親が私を育ててくれたことは事実であり本当の両親だと思っている。故に本当の両親のことを掘り下げるのは些か(はば)かったのだ。


 しかしどうにもその頃より、両親に反発することに対して、無意識に後ろめたさを感じたり、人生の分岐点では両親の意見を鵜呑みにしてきた節があったと今ではそう思う。


 何故かはわからない。

 実子ではないことへの後ろめたさが、心の奥底に存在していたのかもしれない。


 就職活動の開始当初より、父親の意向に沿う形で大手商社をはじめとして、エントリーする企業を選定していた。


 特段将来のビジョンが無かった私は、言われるがまま面接を受け続けた。しかしながら、結果は燦々たるものであった。


 理由はわからなかった。自分が低俗だと見下してきた、ろくに学ばず遊び、話をしてみればパチンコや女性の話ばかりの人間が、順調に就職活動を終えるのを見ていると、どうにも思考と感情に歯止めが効かなくなってしまう。


 ゼミ内のSNSでは、早くも卒業旅行の計画が挙がるなど、自分が取り残されてしまっていた。


「一、お前は今まで頑張ってきたんだ。きっと大丈夫さ。父さんが保証する」


 父親はよくそう言うが、殊更にその優しさが痛いのである。


 テレビで見たことがあるが、面接で落選し続けると自己が否定されたように感じ、やり場のない感情から自殺してしまう人が多いみたいだ。


 この状況ではその感情も理解できなくはない。


 そんな折に、所属するゼミの宮崎教授から大学へ来ないかと連絡があった。それが今日の行動である。家には居たくなかったので、ちょうど良いタイミングだった。


 名古屋にある国立名東大学は、家から三十分ほどで到着する。

 どこにも寄り道をせず、教授の研究室へ向かった。

 法学部の棟は、大学の正門から真新しい経済学部の棟の先、他の学部棟に比しては、非常に古い建物が法学部棟である。


 教授の研究室に入ることも久々だったと考えながら、軽く二回ノックをした。


「どうぞ」


 タバコの影響であろうか、教授の声はいつも低くしゃがれている。

 私は静かにドアを開けた。


「迫田です。ご無沙汰しています」


「座って」


 学生のレポートを纏めていたのか、背中越しに呟いた。


 数分後、向かいの席に座った教授から、就職活動の進捗を問われた。何か見透かされているような気がして、現状と自分の想いを話した。教授は私の状況について、数度相談したこともあり、よく知っていた。


 教授は私が話している間は一秒たりとも目を逸らさなかった。

 話し終えた十秒ほど後であろうか。おもむろに教授が口を開いた。


「君の境遇や思いは理解しています。君は自分がこんなに頑張っているのに何故誰も認めてくれないのか、そう考えてきた。違うかね?」


 教授は無表情のまま、更に話を続ける。


「厳しいことを言っているかも知れないが、世間は同情はしてくれない。自分が変わるしかないんだ。一度自分で何かを見て、決断してみなさい」


 そう言いながら、一枚の封筒を手渡され、開けるよう促された。


 そこには、株式会社斉藤製作所(さいとうせいさくしょ)と書かれたパンフレットが入っていた。


 パラパラとページを捲っていく。社員数百三十四人…… 中小企業ではないか。

 それを見たとき、苦虫を噛み潰したような父親の顔が浮かんでしまった。


「私の知人がそこの営業部の係長をやっていてね。若い人間を採りたいそうだ。君にその気があるなら取り次いでみようと思う。もちろんその知人は信用できる方ですよ」


 教授からは軽くだが、会社概要の説明を受けた。確かに中小企業ながら安定はしていそうだ。


 斉藤製作所は国内大手自動車メーカー向けにエンジンやトランスミッション部品を納入する創業六十二年、社員規模百三十名程度の中小企業である。


 ここ数年においては、複数メーカーの号口(ごうぐち)部品を受注する等、目まぐるしく成長をしている。

 また、売り上げの主軸は【号口及び試作部品の受注】と、あった。

 教授曰く、一例として号口は道を走る自動車に組付けられる量産品。

 試作とは、号口化に向けて様々なフィードバック及び改良を行うフェーズであるそうだ。

 試作専門の会社も多々あるものの、エンドユーザーの開発プロジェクト有無により、売上の波が上下に振れてしまうケースが散見されるらしい。

 逆説的に言えば、号口を持っている企業は、売り上げが安定するのだろう。


 自動車部品の試作から量産までの一連の流れに携われるのは、本当に楽しそうではある。

 そのとき、ふと思った。いつもそうである。このような場面では、父親が言った通りの学校を選んで、部活も決めて。


 今まで自分で何かを決断したことがあっただろうかと。


 就職活動にも行き詰まっており、藁にも縋りたい私は、その場で教授へ取り次ぎをお願いした。


 私は教授へお礼を言った。中学校を卒業して以来の初めての反抗、いや反抗という言葉は不適切だろうな。

 父の意向を無視したその行動は、大手を振って報告できるものでは到底ないだろう。


 後日、斉藤製作所からの連絡を待つ形となった。



 本当にこれで良かったのであろうか。


 迷えば迷うほど深みに嵌っていく。


 帰りの電車では、父への説明をどうするかについてしか、頭には浮かばなかった。




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