第38話 アクシデント発生
火事、の声はいたるところから上がった。
驚いて辺りを見てみると、夏祭りの会場内で同時多発的に炎が上がっていた。
「花火が引火したのか!?」
「分からん、だが急いで逃げろ!」
その声を皮切りに、会場内にいた人はみな一斉に外へ駆け出した。
イベントは途中でストップし、紅音は困惑した表情できょろきょろと周囲を見ている。大丈夫だろうか。
「おい夏樹、ぼうっとしてたら死ぬぞ! 早く逃げろ!」
「あ、ああ」
「だめ、千華! 私たちがそっちに行っても邪魔になるだけだから!」
とっさに紅音を助けに行こうとした千華を、友里が腕をつかんで止めた。
「でも!」
「大丈夫、係の人たちが対応してくれてるから、ね?」
状況が分かっていなさそうな紅音だったが、すぐにスタッフ数人が紅音のもとへ駆け寄り、かばうようにして外へと連れだしていく。
幸いここは会場でも外側に近い場所だし、まだ火の手は回りきっていない。急いで移動すれば逃げ切れるだろう。
「おい、他人の心配してる場合じゃねぇよ! 早く走れ!」
徹に急かされ、俺たち五人も会場の広場を脱出すべく全力で駆ける。距離にして百メートルちょい、逃げるのに時間はかからない。
だが出火している場所が多すぎる。火のついた場所が点々とあって、出火原因が判然としない。それに急に風が強くなったせいで、火の回りが加速している。
間一髪、俺たちが広場を出たころにはもう、会場全体を炎が包んでいた。
想像以上に大規模な火災に俺たちは言葉を失う。まさに火の海という言葉がふさわしい光景だった。
そんなとき、消防隊が到着した。
「これは……ひどいな」
「燃え尽きる前に消し止められるかどうか……会場内に人は?」
「中央に十数人ほど脱出できずに取り残されているらしい」
まだ人がいるのか!? でもどうやってこの中から助け出すんだ!?
戦慄してしまった俺とは対照的に、消防隊の隊員は冷静に作戦を立てている。
「ひとまず中央部分までの道を作ろう。狭い範囲に散水して消火、救助するための通り道を作る。いいな?」
「「はい!」」
消防隊はポンプ車を広場の入り口につけると、放水を開始した。
燃え盛る炎の一部を水でかき消すと、延焼阻止の薬剤を散布する。それが炎を食い止める壁となり、救助のための通路が作られていく。
「あんな火事でも果敢に挑む消防の人たちってすげぇな」
「これなら、中にいる人たちを助けられるかも……」
作戦は順調のようだ。
俺にも何か出来ることはないか。
そう考えていたその時、激しい突風が俺たちや周囲の野次馬、そして消防隊を襲った。
風にあおられて火はさらに燃え上がる。
「ぐっ……なんだこれは」
風が止み、顔を上げた俺は消防隊のほうを見た。
すると、消防隊の前に一人の青年が立っていた。
20代くらいの金髪男性、だがアジア人だろうか。あまりに場違いな白いスーツを身に纏っているが、煤一つついていない。
「どきなさい。消火の邪魔だ」
消防隊の隊長らしき人が青年に指示する。
だが青年は肩をすくめるとヘラヘラと笑みを浮かべた。
「せっかく俺が火をつけたのに、すぐ消されちゃ困るっつーの。
しばらく何もしないでよ」
放火したことを飄々と告げる青年。全く悪びれる様子もない。
「馬鹿を言うな、中にいる人はどうなる!
そのまま邪魔をするというなら、無理やり放水を続けるぞ」
「どうぞどうぞ。ま、続けられるならね」
青年の挑発に激昂した消防隊長は、ポンプ車のホースの先を青年に向けた。そしてためらうことなく、青年に向けて放水した。
対して青年は左手をゆっくりと前にかざした。それだけで水は青年を避けるように割れ、地面を濡らすに留まった。
「な、何なんだお前は!?」
「ああ、やっと聞いてくれたか。
俺は凬乱、魔王様の手下の一人さ。そして、世界最強の風適性を持つ魔術師でもある」
青年――凬乱はさらに強力な風を消防隊へぶつけた。
身をかばうように体を縮める隊員たち。ポンプ車にしがみつくも、車両ごと後ろへとずり下げられていく。
「俺たちは魔術を見世物にしたり、金儲けに使うことを良しとしない。
だから今日ここでショーを見ていた君たちには、罰を与えなくちゃね」
「くそっ、これじゃ火が消せない」
暴風はついに消防隊を広場から追い出してしまった。
もはや誰も風の領域に入れない。
皆がそう思っていた時、人影が一つ、凬乱の下へと飛び込んだ。
「これ以上邪魔させないわ!」
「おや、君は鬼嶋紅音かな。ショーをしていた張本人だ」
電気を纏ったまま凄まじいスピードでタックルした紅音。しかし、風で勢いの大部分は相殺され、凬乱に軽い動作で回避されてしまう。
「日本で君は強力な魔術師の一人として有名だけど、俺には及ばないね。
やっぱり俗世にまみれた魔術師は、弱い」
「弱いとか強いとか、どうでもいいでしょ!
どんな理由があれ人を傷つけた方が悪なのよ! さっさとどきなさい!」
上からの落雷、全方位へのスパーク、直線的な電撃など、紅音はあらゆる手段をもって凬乱を攻撃する。だがそのすべてを何の気なしに避けた凬乱は、紅音を強風で地面に押さえ付ける。
仰向けで地面に貼り付けられ、紅音は身動きが取れない。
「有名といっても、所詮はこんなものか」
「くっ……離しなさい!」
「がっかりだよ。このまま死ね」
凬乱は、懐から拳銃を取り出した。
そして立ったまま紅音の左胸に照準を合わせ、引き金を無造作に引いた。




