第35話 夏祭りと浴衣
さらに数日後。
「夏樹、これ見て!」
朝、学校に来るなり千華が駆け寄ってきた。
手にはチラシのような紙を持っている。
「おはよう千華。それは何?」
「夏祭りだよ、夏祭り!」
夏祭り?
疑問符を浮かべる俺に、千華は紙を押し付けるように渡してきた。
白紙の面を裏返すと、筆で書いたタッチのフォントででかでかと『夏祭り』の文字が躍っていた。
日時は夏休みに入ってすぐの週末だから、あと三日後か。
「でもこのチラシがどうしたんだ? 夏祭りがあるから行きたいってことか?」
「それはそうなんだけど、ここに――」
と、千華が何やら言いかけたとき、友里が教室に入ってきた。
「おはよう、夏樹」
「ああ、おはよう。今日も千華に置き去りにされたのか」
「まったく、その通りよ。
寮からここまで数分くらいだけど、しょっちゅう先に行っちゃうんだから。一緒に寮を出る意味はあるのかしら」
「ご、ごめんね友里ちゃん。でも一緒に出発する約束しないと、寝坊したとき大変だし……」
肩をすくめて苦笑する友里に、千華は慌てて弁明する。
友里からすれば、せっかく一緒に登校しようとしても、千華が事あるごとに走って先に行ってしまっては面白くないだろう。
「それで、今日は何で走ってたんだ?」
「その夏祭りのチラシ、廊下に置いてあったんだけどね。千華ったら、そこに書かれている名前に反応しちゃって」
俺は手元のチラシの内容を確認する。
日時はいいとして、開催場所はここから徒歩十五分くらいの場所にある広い原っぱのある公園。そしてスペシャルイベント、鬼嶋紅音のトーク&バラエティショーとある。
「これか」
「そう、それだよ!
せっかく紅音ちゃんのファンを続けられるんだから、生の紅音ちゃんが見られるイベントは外せない!」
いやいや、数日前には思いっきりハグまでしてもらってたじゃん。
最近また仕事が忙しくなってきたみたいで、学校ではあまり紅音を見なくなったけど、しばらくすればまた校内で会えるだろうし。
「イベント観覧費は無料なんだ」
「地元の人限定のまさにスペシャルなローカルイベント! この機会を逃したらたぶん二度と行けないんだよ!
ね、二人とも夏祭り行こ? ね、ね?」
千華の猛烈なプッシュに、俺と友里はタジタジだ。
紅音のイベントがあるなら、外部からも相当な人が来て大混雑になると思うけど……夏祭りには行ってみたい。青春、って感じがするしな。
友里はどうなんだろうと思いそちらを見ると、友里も同時に俺のほうへ向き、お互いの目が合う。きっと同じことを考えているな。
「分かった。千華に付き合うよ」
「やったー! ありがとう夏樹!」
千華が喜びのあまりハグしてこようとしたので、俺は腕を前に伸ばして阻止。
教室はみんなに注目されるから、ちょっと、ね。
その後に徹と萌も誘い、俺たち五人は夏祭りへ行くことにした。
§
夏祭り当日の夕方、日が落ち始めたころ。
俺と徹は夏祭り会場の前で立っていた。
二人とも夏用の普段着で、上はTシャツにカーディガン、下はチノパンやジーンズといった具合だ。浮きも目立ちもしない。
「女子たちは遅いな……」
約束の時間を十分ばかり過ぎている。
棟が分かれているとはいえ、みな学内の寮に住んでいる。だから待ち合わせ場所を会場前にする必要はなかったのだが、友里に「いいから会場前で待ってて」と押し切られてしまった。
結果こうして少しの時間、待たされている。
待っている間に周りの様子を窺うと、人が徐々に増えているような気がした。
「だんだん人増えてない?」
「そうだろうな。やっぱり学外での鬼嶋の人気は今でもすごい、だから呼ぶだけでかなり集客すると思うぜ」
予想通り、かなり混雑してきたな。
会場は広いから、身動きが取れないほどではなさそうだけど。歩きづらくて、はぐれやすそうだ。
気をつけよう、と自分の中で唱えていると、遠くから手を振る人影が見えてきた。
「やっと来たか」
「お待たせー!」
千華、友里、萌の三人がそろって俺たちのところに到着した。
三人とも浴衣姿だ。
友里は紺の朝顔柄、萌は緑系の配色。千華はピンクの鮮やかな花柄の浴衣を身にまとっている。
「二人の着付けを見ていたら少し遅くなったわ。ごめんなさい」
「……別に構わないよ。俺たちも時間ちょうどに来たくらいだし」
浴衣に目を奪われ、応答がワンテンポ遅れてしまった。
「ま、三人の浴衣姿を見られるなら安いもんだ。似合ってるぜ」
ここで自然に浴衣姿に言及できる徹が羨ましい。
普段とは違った装いだが、確かに三人ともいつも以上に可愛らしく見える。
並んで歩いたら俺たちが浮いてしまいそうだ。
「――夏樹」
「なに、千華?」
俺が自分の服装を気にしていると、千華がおもむろに話しかけてきた。
顔を上げて千華を見ると、少しはにかんだ面持ちだ。
「私の浴衣、似合ってるかな?」
「あ、ああ――」
直接聞かれて答えるのも気恥ずかしいが、似合ってるよ、と言おうとした。
だがその時、俺は千華が背負っているものに気がついた。
「刀、持って来たんだな」
「もちろん! 今日は和服だし、違和感ないでしょ?」
違和感はないが、なさすぎて逆に目立つ。
例えるなら、時代劇風ファンタジー作品のコスプレっぽい。他の浴衣を着た女の子とは明らかに異質で、今も周りの人からちらちらと見られている。
まあ、様になってるっちゃなってるけどな……。
「うん、似合ってるよ本当に……」
「んふふー、ありがと!」
周囲の視線には全く気付かないまま、千華は満面の笑みを浮かべた。




