第3話 初めての友達
バスと新幹線で約三時間。
俺たちは『国立魔術高等学校』に到着した。
「魔術高校だー! やっぱり広いね!」
「そうだね。人はあんまりいないけど、まだ春休みだからか」
受験のときに来たから知ってはいるが、敷地はそれなりに広い。
というのも魔術高校は大学や研究機関が隣接する施設。建物は分かれているが塀などで仕切られてはいないので、一見するとかなり広い場所だ。
寮も敷地内にあるはずなので、入り口の校内マップを確認して移動する。
たぶん東のほうに……あったあった。
水色とピンクそれぞれの色で塗られたアパート二棟が、並行するように建っている。
その二棟の間に、一階建ての白い建物があった。
外に開かれた窓口へ行き、俺は中の職員さんに声をかけた。
「すみません、今日入寮する者なのですが、担当の方はいらっしゃいますか」
「新入生の方ですね。少々お待ちください」
少し経ち、現れたのは二十代後半くらいの女性だった。
赤縁のメガネを掛けていて、知的な印象を受ける。
「こんにちは! 私は女子寮寮監の崎森です。隣の方も、入寮する新入生ですか?」
「はい、そうです」
「それじゃあ、二人のお名前を教えてください」
俺と千華はそれぞれ自分の名前を伝えた。
「梶山夏樹くんと宮下千華さんですね。カギを渡すので少し待っててください」
そう言うと、崎森さんは窓口の下に潜りこんだ。
おそらくその辺に戸棚でもあるのだろう。ごそごそと物音がして、俺たちに渡すカギか何かを探しているようだ。
「えーっと、Aにはない。B、C、D……っと、あったあった二人とも」
再び窓口に顔を出した崎森さん。その手にはA4サイズの白い封筒二つを持っていた。
封筒の宛名面には大きめのシールで「D組 梶山夏樹」「D組 宮下千華」と貼られていて、俺たちはそれぞれ自分の名前が書かれた封筒を渡される。
何気なく入学後のクラスが分かってしまったな……と思いつつも、俺たちは何も言わずに封筒を受け取った。
「ここに部屋のカギと入学後に必要な資料が入っているので、大切に取り扱ってください。いいですね?」
俺たちは頷いた。
「では早速、部屋を案内します。
宮下さんは私が案内するんですが、梶山くんは先に部屋へ行ってもらってもいいですか? 男子寮の寮監はいま別の人を案内中なので、あとで案内に向かわせます」
「分かりました。部屋番号は?」
「あ、封筒の中のカギに書いてあります」
封筒の中を手で探り、カギと思しきものを取りだす。
金属製でギザギザした切り欠きのある、ありふれた家のカギだ。
カギについたプラスチック製のタグには『301』と書かれている。
「ありがとうございます。では俺は部屋に行きますね」
「お願いします」
「夏樹、また後でね!」
窓口にいる千華が俺に向かって大きく手を振る。
新生活の始まりでテンションが上がっているのか、千華はいつもより心なしかハイになっているようだ。良い笑顔である。
その浮かれように少し恥ずかしくなった俺は、苦笑しながら小さく手を振り返し、寮に向かって歩いて行った。
「あ、男子寮はブルーの建物です! そっちは女子寮ですよ!」
……どうやら俺も少し浮かれていたようだ。
方向転換して正しい男子寮、壁が水色に塗られた建物へ向かう。
男子寮棟に入って、俺は改めて自分の部屋番号を確認した。
301号室。ということは三階にあるのだろう。
そう考えて近くにあった階段を上っていると、上から足音と声が聞こえてきた。
「……とまあ説明はこんなもんだ。質問はあるか?」
「特に無いっす」
「よし、まあ分からないことがあれば俺にいつでも聞いてくれ。起きていれば答える」
「了解ーっす。ありがとございました」
二階で俺はその足音と声の主、二人組と出会った。
一人はかなりガタイのいい三十代くらいの男性。
もう一人は俺よりも少し背が高いが、ほぼ同年代だと思われる。茶髪を立てた髪型をしたイケメンだ。
「お、見ない顔だな。お前も新入生か」
ガタイのいい男性が、俺を見て話しかけてきた。
「あ、どうもはじめまして。新入生の梶山夏樹です」
「よろしく、梶山。俺は男子寮寮監の蓼谷だ。
ちょうど良かった、いまこっちの新入生への説明が終わったところで、事務室に戻ろうと思っていたんだ」
蓼谷さん――寮監と呼ぶことにしよう――は、にっ、と白い歯を見せるように笑みを浮かべ、右手を差し出す。
俺はその手を握り、握手を交わした。
大きくて暖かい手だ。父親を思い出す。
ふと右肩を突かれたのでそちらを見ると、茶髪のイケメンが俺を興味深しげな目で見ていた。俺がそちらを向くと、そいつは軽く右手を上げた。
「新入生だし、俺も自己紹介。
三上徹、都内出身だけど一人暮らししたくて寮に来た。
新入生どうし、これからよろしく!」
「うん、よろしく三上」
「気軽に徹って呼んでくれよ! こっちも夏樹って呼びたいからさ」
初対面なのにやたら馴れ馴れしく接してくる徹。
だが悪い気はしない。
これがイケメン補正というものか。
「分かったよ、徹」
「オッケー夏樹。同じ寮に住む仲間としても、仲良くしような」
爽やかに笑いながら俺に向けて右手を差し出す徹。
俺がその手を取ろうとすると、徹はなぜかするりと俺の手を避けて、そのまま俺の肩に手を回してきた。
突然距離をゼロに縮められて、さすがに俺は動揺する。
「寮監の説明が終わったらさ、家に来いよ」
「へっ!?」
「ちょっと雑談がしたいだけさ。別にいいだろ?」
「ああうん、そうだね……」
「よし、じゃあ絶対来いよ!」
「分かった……」
――はっ!?
ぼーっとしている間に俺が徹の部屋へ行くことになっている!
まだ会って一分しか経っていないよ!
「それじゃ、俺は302号室だから。またな!」
「ちょっ」
俺がまた口を開く前に、徹は階段を上がって去ってしまった。
しかし徹の部屋は302。俺のお隣さんだ。
それなら今後浅からぬ付き合いになるかもしれないし、挨拶がてら気軽に行ってみるか。




