表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/9

Fishbowl(金魚鉢)

 突然、強烈な閃光に襲われた。


 私は思考がまとまらない。・・・・なに?一体なにが起きたの?


 追い詰めたはずの男、サクが発光する異様な「腹」から三つの「文字」を引っ張り出して・・・


 言葉の化け物の「素体」にも似た素材で出来た、その文字は「RAY(光線)」。


 それがサクの手の中で、本当に激しい閃光へと変わった。


 しかも単なる光じゃなかった。物理的な圧力を持って、私を吹き飛ばしたのだ。


 全身を鈍器で殴られたような感覚。


 私はチャチな物見小屋の壁をぶち破りながら、高さ15メートルの鉄塔から放り出された・・・のだろう。体を支えるものが何もない。しかも閃光に目をやられ、何も見えない。視界が真っ白だ。


 青空も見えず、トキ野がいるはずの砂地も見えない。重力の魔手が私の身体をひっつかんで、地面へと叩き落とそうとする。


 死


 あー、死ぬのか。私、最後まで使えない奴だった。自虐的な念が頭をよぎる。


 だけど、脇腹に何かが突っ込んできた。


 スイカくらいの塊。私の気持ち悪い相棒、コウモリ機械人形のバットが、体当たりをかましてきたのだ。


 「沙チ、柱につかまれえええ」


 バットがめりこんで、わたしの身体は鉄塔の方へと飛ばされる。


 うげっ! いったぁぁぁぁぁい


 背中をバットで殴られたような感覚に、乙女にあるまじきカエルのような声が出てしまう。


 でも、とにかく。私は押し付けられた鉄塔の柱を無我夢中で抱え込んだ。


 「立てるぞ!」


 バットの声が聞こえる。目が見えないまま恐る恐る体を下ろすと、足場があった。


 生き・・・てる?


 なのに。


 く、くるしいっ・・・。


 安堵するヒマもない。誰かが私の首を思い切り、両手で締め始めた。体が宙づりになる。

「てめええ・・・沙チに何すんだ」

 バットが何かにぶつかる、鈍い音がする。だが、両手は緩まない。


 考えるまでもない、私を締め上げているのは、

「イシマル・沙チ先生、よくお生き残りで」

 閃光で私を吹き飛ばした男、サクだ。彼は自分の攻撃で目をつぶさず、慣れた鉄塔を素早く移動できるのだろう。あっというまに私のところまで、鉄塔を飛び渡ってきたわけだ。


 「スラムの秘密を・・・・私たちが『()()()()()()()()()()』ことを」


 私、そこまで言ってないじゃん・・・・!独りで盛り上がってんじゃねえよ!という声を、首締め状態の私は当然出せない。


 「墓場まで持って行ってもらいますよ。ああ、少し言葉の意味が違いますかね。不学なもので、すみません」


 ・・・こ、この!


 私は宙づりになった足で思い切りサクを蹴りつけるが、男の体はビクともしない。弱い。私はやっぱり、弱い。


 「ここから投げ落としてもいいんですが・・・また、コウモリ機械に邪魔されても厄介だ。このまま、墓場に行ってもらいますよっっ」


 サクの両手に、さらに力が加わる。

 加わる。

 加わる。


 頭が朦朧としてくる。・・・・なに?死ぬの?私?

 ・・・・本当に?


 そのとき遠くから、パンパーンと乾いた銃声が響いた。高校の運動会のヨーイドンみたいな。三途の川へのヨーイドンか?


 だけど違った。サクの力が、急に緩んだ。


 「はあっ、はああああっ」

 足場に落とされた私は、必死で空気を吸い込む。目を開くと・・・眼前の光景が見えるようになっていた。


 真っ青な空を背景に、サクは両肩から鮮血を噴き出していた。

「が、うぎゃああああ・・・・」

 サクは痛みにもがき、足場から・・・。わたしは叫ぶ。

「バット!このままじゃ」

「分かっちょる。あらよっと」


 飛翔するバットがサクにぶつかって、思い切り鉄塔の外へ弾き飛ばした。サクの体は、はるか下のバラック建の小屋に墜落して、轟音をたてて粗末な屋根を突き破る。


「鉄塔下の地面に落ちるよりは、助かる可能性は高いじゃろ」


 地面を見下ろすと、瓦礫の中でサクがもがいている。生きているようだが、もう私たちを攻撃はできないだろう。


「沙チぃぃぃぃぃ、ごめん!遅くなって!」

 鉄塔のふもとには、トキ野がいた。血と汗と泥まみれの酷い姿だ。私もだけど。トキ野は右手で銃の形をつくり、バンと撃つ真似をした。


 分かってる。はるか上空の鉄塔にいる私とサクのところまで、地上から射撃する。首を絞めているサクの両肩を正確に撃ち抜き、両腕とも使用不能にし、私を逃れさせる。そんな芸当ができるのは、この場にトキ野しかいない。


 でかした!トキ野。わたしはそう叫び返そうとしたが、締められていたノドが十分な声を出さない。代わりに、わたしは大きく手を振った。


 「沙チ、ここは安全な場所じゃないぞ。下りてこれる?」

 トキ野が言う通りだ。うん。大丈夫。

 

 けれど鉄塔の下に降りると、さあ万事解決なんて現実は待っていなかった。サクを撃退したことは、周りから丸見えだった。そしてスラムがひそかに行ってきた「悪行」が、サクだけの仕業であるわけがない。


 鉄塔を取り囲むように現れたのは、鎌や斧などの武器を持った数十人のスラム街の住民たちだった。


 彼らは一様に粗末なシャツを着ていて。腹から、淡くオレンジ色の光があふれている。


 最前列の男が口の端を引きつるようにあげて、シャツをまくりあげる。


 その腹はサクと同じように、陽光が差し込んだ金魚鉢のように透けていて。中には数々の文字が、たゆたっていた。


 「記す者(スクリプター)・・・・!」


 サクも力を使うときに口走ったその言葉を、今度は私の隣にいるトキ野がつぶやいた。彼女の息づかいは、金魚鉢に詰め込まれたウサギのように苦しげだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ