Fishbowl(金魚鉢)
突然、強烈な閃光に襲われた。
私は思考がまとまらない。・・・・なに?一体なにが起きたの?
追い詰めたはずの男、サクが発光する異様な「腹」から三つの「文字」を引っ張り出して・・・
言葉の化け物の「素体」にも似た素材で出来た、その文字は「RAY(光線)」。
それがサクの手の中で、本当に激しい閃光へと変わった。
しかも単なる光じゃなかった。物理的な圧力を持って、私を吹き飛ばしたのだ。
全身を鈍器で殴られたような感覚。
私はチャチな物見小屋の壁をぶち破りながら、高さ15メートルの鉄塔から放り出された・・・のだろう。体を支えるものが何もない。しかも閃光に目をやられ、何も見えない。視界が真っ白だ。
青空も見えず、トキ野がいるはずの砂地も見えない。重力の魔手が私の身体をひっつかんで、地面へと叩き落とそうとする。
死
あー、死ぬのか。私、最後まで使えない奴だった。自虐的な念が頭をよぎる。
だけど、脇腹に何かが突っ込んできた。
スイカくらいの塊。私の気持ち悪い相棒、コウモリ機械人形のバットが、体当たりをかましてきたのだ。
「沙チ、柱につかまれえええ」
バットがめりこんで、わたしの身体は鉄塔の方へと飛ばされる。
うげっ! いったぁぁぁぁぁい
背中をバットで殴られたような感覚に、乙女にあるまじきカエルのような声が出てしまう。
でも、とにかく。私は押し付けられた鉄塔の柱を無我夢中で抱え込んだ。
「立てるぞ!」
バットの声が聞こえる。目が見えないまま恐る恐る体を下ろすと、足場があった。
生き・・・てる?
なのに。
く、くるしいっ・・・。
安堵するヒマもない。誰かが私の首を思い切り、両手で締め始めた。体が宙づりになる。
「てめええ・・・沙チに何すんだ」
バットが何かにぶつかる、鈍い音がする。だが、両手は緩まない。
考えるまでもない、私を締め上げているのは、
「イシマル・沙チ先生、よくお生き残りで」
閃光で私を吹き飛ばした男、サクだ。彼は自分の攻撃で目をつぶさず、慣れた鉄塔を素早く移動できるのだろう。あっというまに私のところまで、鉄塔を飛び渡ってきたわけだ。
「スラムの秘密を・・・・私たちが『言葉狩りを狩っていた』ことを」
私、そこまで言ってないじゃん・・・・!独りで盛り上がってんじゃねえよ!という声を、首締め状態の私は当然出せない。
「墓場まで持って行ってもらいますよ。ああ、少し言葉の意味が違いますかね。不学なもので、すみません」
・・・こ、この!
私は宙づりになった足で思い切りサクを蹴りつけるが、男の体はビクともしない。弱い。私はやっぱり、弱い。
「ここから投げ落としてもいいんですが・・・また、コウモリ機械に邪魔されても厄介だ。このまま、墓場に行ってもらいますよっっ」
サクの両手に、さらに力が加わる。
加わる。
加わる。
頭が朦朧としてくる。・・・・なに?死ぬの?私?
・・・・本当に?
そのとき遠くから、パンパーンと乾いた銃声が響いた。高校の運動会のヨーイドンみたいな。三途の川へのヨーイドンか?
だけど違った。サクの力が、急に緩んだ。
「はあっ、はああああっ」
足場に落とされた私は、必死で空気を吸い込む。目を開くと・・・眼前の光景が見えるようになっていた。
真っ青な空を背景に、サクは両肩から鮮血を噴き出していた。
「が、うぎゃああああ・・・・」
サクは痛みにもがき、足場から・・・。わたしは叫ぶ。
「バット!このままじゃ」
「分かっちょる。あらよっと」
飛翔するバットがサクにぶつかって、思い切り鉄塔の外へ弾き飛ばした。サクの体は、はるか下のバラック建の小屋に墜落して、轟音をたてて粗末な屋根を突き破る。
「鉄塔下の地面に落ちるよりは、助かる可能性は高いじゃろ」
地面を見下ろすと、瓦礫の中でサクがもがいている。生きているようだが、もう私たちを攻撃はできないだろう。
「沙チぃぃぃぃぃ、ごめん!遅くなって!」
鉄塔のふもとには、トキ野がいた。血と汗と泥まみれの酷い姿だ。私もだけど。トキ野は右手で銃の形をつくり、バンと撃つ真似をした。
分かってる。はるか上空の鉄塔にいる私とサクのところまで、地上から射撃する。首を絞めているサクの両肩を正確に撃ち抜き、両腕とも使用不能にし、私を逃れさせる。そんな芸当ができるのは、この場にトキ野しかいない。
でかした!トキ野。わたしはそう叫び返そうとしたが、締められていたノドが十分な声を出さない。代わりに、わたしは大きく手を振った。
「沙チ、ここは安全な場所じゃないぞ。下りてこれる?」
トキ野が言う通りだ。うん。大丈夫。
けれど鉄塔の下に降りると、さあ万事解決なんて現実は待っていなかった。サクを撃退したことは、周りから丸見えだった。そしてスラムがひそかに行ってきた「悪行」が、サクだけの仕業であるわけがない。
鉄塔を取り囲むように現れたのは、鎌や斧などの武器を持った数十人のスラム街の住民たちだった。
彼らは一様に粗末なシャツを着ていて。腹から、淡くオレンジ色の光があふれている。
最前列の男が口の端を引きつるようにあげて、シャツをまくりあげる。
その腹はサクと同じように、陽光が差し込んだ金魚鉢のように透けていて。中には数々の文字が、たゆたっていた。
「記す者・・・・!」
サクも力を使うときに口走ったその言葉を、今度は私の隣にいるトキ野がつぶやいた。彼女の息づかいは、金魚鉢に詰め込まれたウサギのように苦しげだった。