Memories(遠征隊の戦歴)
「沙チぃ、あんなタンカ切っといて帰らんのか?」
婆ットが私の肩で呆れたような声を出す。
私の目の前では、何年も設備更新されていないのだろう旧式の大型電光掲示板が、ジジジジ・・・と窮屈な音を立てていた。
討伐庁13階の査定ルームを飛び出してきた私だったが、すぐに頭は冷え冷えとしてきた。こんなんじゃ私、いつまでたっても成長しない。
すると、討伐庁の1階ホールで足が止まってしまった。ここは数々の名声と多大な犠牲に彩られた言葉狩りの歴史を伝える殿堂になっている。部屋には「大陸級」の化け物を討伐したときの新聞記事や、進化してきた銃や弾丸が展示されている。
特に壁に掲げられた掲示板は、天井に届くほど巨大。表示されているのは、アヴァロンで活動している「言葉狩り」のランキングだ。
手強い化け物を、数多く討伐するほどポイントが加算されて上位に名前が載る。
けれど巨大な掲示板とは言え、載るのは300人ほど。この街にいる言葉狩りの上位5%程度でしかない。
ランク上位者は当然街の英雄だし、テレビ出演やインタビューの依頼が来たり、企業スポンサーがつくことも多い。この掲示板に載ることは、大きな名誉なのだ。
「・・・・かっこいいよね」
隣で声が聞こえ、びくっとした。トキ野が、いつのまにか隣にいた。
「お、おいー。トキ野、驚かすなよ。気配消してんじゃねえよ」
私の肩で、婆ットが懲りずに私の合成音声で言う。今回はちゃんと私の気持ちを代弁してくれた。トキ野は、普段は気配がデフォルトで消えている。才能というか、体質なのだろう。
トキ野が見ているのは、掲示板の脇に立っている巨大な甲冑だった。約50年前に初めて派遣された「旧市街遠征隊」で実際に使われた武具だ。言葉の化け物は、旧市街から襲来すると言われている。
「私の目標はね。旧市街遠征隊に選ばれることなの。孤児院育ちの私たちがのし上がるには、言葉狩りが一番の近道よ。絶対」
多くの言葉狩りにとって、数年おきに派遣される遠征隊はあこがれだ。招集されるのは、ランキング上位者だけ。報奨金は10年は暮らせるほど超高額。何より、誰も見たことのない世界で、誰も見たことの無い化け物と戦える。そのロマンに惹き付けられる人は多い。私みたいな、おかしな動機で戦っている者を除いては。
掲示板を見ると「20歳以下、女性の部」の5位に、タカダ・トキ野を示す「T.TOK」の文字が燦然と輝いている。上位3位までが遠征隊に招集されるから、トキ野はあと一歩の位置にいる。今年の獲得ポイント、実に1564。現在、53ポイントの私とは天と地の差だ。
「ばっきばきに傷ついてるけどな。これ着てた奴、生きてたのか?」
熱を帯びるトキ野を婆ットが冷やかす。確かに甲冑に詳しい説明書きはない。
「生還したから、飾られてるんでしょ」
トキ野が当然という風に答える。
私は内心で首を振る。あまり知られていないが、それは違う。
この甲冑は、初回から5年後の「第二次旧市街遠征隊」が発見したものだ。この甲冑の持ち主は、激戦の旧市街から帰ってこられなかったのだ。
「私は、こういうの見るとちょっと怖いな」
口をついた不安に、トキ野が私の方を見る。
「沙チの話を聞いてると、私、分からなくなる。戦いたいの?戦いたくないの?」
痛いところを突かれた。兄貴が殺されて、捜査も打ち切られて、あとは言葉の化け物が見せる死者の姿から真相をつかむしかないって、私は考えた。みんなから反対されても、その思いは揺るがない。
でも、やっぱり私は怖いのだ。でも。でも!
「戦いたい。そう思うし、そう思い続けたいんだ。だから、トキ野。もう一度お願いする。戦い方を教えて欲しい。私が、強くあるために」
「でも、たぶん沙チが本気だしたら、私なんてすぐ追い越されちゃうよ。なんたって『理屈』に強いから」
隣にたつトキ野が腕を伸ばし、私の肩に手を回してきた。肩にとまっていた婆ットが、驚いて飛び立つ。
「いいよ。私、沙チに戦い方教える。お兄ちゃんには秘密にしないとだけど」
私は驚いて、トキ野を見た。頭上を飛ぶ婆ットの「ほう」という声も聞こえた。
シュ宇があれだけ激しく反対したあとだ。トキ野もてっきり反対かと思っていた。
「沙チは戦うのをやめないでしょ。私、沙チに死なれたくないし」
「まあ、私、強情だからね」
「分かってるじゃん!」
私たちは二人で笑い合う。私は思わず抱きついた。
「トキ野!ありがとう!」
私を抱き返して、トキ野は言う。
「犬だから」
「へ?」
「練習相手は、犬の群れだから。覚悟しといてね」
くっついたトキ野の体から、含み笑いをしている音が伝わってくる気がした。