Appraisal(査定の時間)
夕暮れ。赤。血。
窓の外は、真っ赤な夕焼け。
そして私は血のしたたるような、真っ赤な極厚ステーキにかぶりついていた。
「細い体に、よくそんな入るね」
目の前でシュ宇がタイプライターを打ちながら、呆れた声を出す。
「まあ、その分、下から出してるからね」
私の声が答えた。だが、そんなこと私が言うわけがない。
「婆ットーーーー!私の声、勝手に合成しないでよ!」
私は肩に止まっていた婆ットをつかみ、渾身の力を込める。
「ぐぎぎぎぎ・・・気持ちいい!」
赤いレンズの目玉が気持ち悪くひっくり返って、婆ットはがくんと脱力した。
「死んだの?」
私の隣に座るトキ野が、不思議そうに婆ットをつつく。私の肩に爪を食い込ませてるから、落っこちない。起き上がりこぼしのように、トキ野につつかれて、ぐらぐらしている。
「あ、そこ・・・気持ぢいいっ!」
トキ野の指に反応して、婆ットが体をびくつかせる。
「あれ?なんか、可愛いかも」
トキ野の趣味にもドン引きである。
それはともかく。
シャワーを浴びてさっぱりした私たちがテーブルを囲んでいるのは、討伐庁の中央庁舎13階。通称「鬼の査定部屋」だ。壁のほぼ全面がガラス窓なのは、査定の公明正大さを表していると言われるが、どうだか。
ただ、目の前にいるシュ宇は優秀な監督官だと思う。幼なじみの戦果であっても、有利にしてくれたり絶対にしない。本当に優秀な監督官だ。くそ。
言葉の化け物を倒したあとの「査定」は、言葉狩りにとって報酬やランキング争いに関わる超重要な仕事だ。誰が、どのくらいの働きをしたのか。それを討伐現場に立ち会った監督官が、言葉狩りの意見を聞いた上で評価する。それが「査定」だ。
だから今、テーブルの向こうに監督官のシュ宇が座っている。そしてテーブル手前に私、さらに隣には長距離射撃で化け物に一撃を加えたトキ野が座っている。言葉狩りは殊勲者だから、一応丁重に扱われる。体力回復のため、食事をしながら査定を受けたいと言えば、認めてもらえる。
ただ、厚切りステーキなんてがっつりしたものを食べているのは私だけだ。シュ宇とトキ野の前には、ホットコーヒーが置かれているだけ。このフロアには同じようなテーブルが12も並んでいるが、せいぜい軽食のサンドイッチをつまんでいる人がいる程度だ。なんで、みんな高い物食べないんだろ。討伐庁持ちなんだから、もったいない。
そんなことを考えていると、シュ宇がタイプライターを叩く手を止めた。
「討伐した化け物は、難度Cの『SINの龍』。人的被害なし。物的被害は・・・直下の道路が若干損傷」
「優秀でしょ」
私はにんまりしてアピールする。余裕ある態度が、監督官に足元を見られないコツだ。
「だが、主たる討伐者であるイシマル・沙チは戦闘中、攻撃回避が困難に。そこをタカダ・トキ野が爆裂弾で、吹き飛ばして救った」
シュ宇の切れ長の目が光る。
「この経緯に間違いはないな」
「異議あり!それではまるで、私が脇役みたいです」
私の隣で、トキ野が紺色の髪を揺らして手をあげた。ここは学校かよ。
「イシマル・沙チは戦闘中、ゆ・だ・んから攻撃回避が困難になったんです。そこをチームを組んでいるわけでもない私が、ぜ・ん・いで救ったの。その点、査定に反映してもらい、ポイントは2人で二等分することを要求します」
「ぐぬぬぬぬ」
私は思わずうめいた。まあ、本当のことだけど。トキ野は怒っている。私が死にかけたことを。だから、こんな嫌がらせを。
でも私だって理屈は得意だ。必要な反論はさせてもらう、トキ野め。その白い肌をすぐに紅潮させてやるからな。
変態親父のようなことを考えながら、私は発言した。
「そもそも私が一人で戦うことになったのはですね。トキ野が、どこかに行っちゃったんです」
「うっ!」
隣でトキ野が素っ頓狂な声をあげる。
「私とトキ野は今日、高校から一緒に帰っていたんです。そこでポケベルに討伐庁から化け物発生連絡があって。すぐ近くだったから、私はす・ぐ・さ・ま駆け出しました。でもトキ野が気づいたらいなくなっていて」
実は私は知っていた。トキ野がどこへ行ったのか。
シュ宇がトキ野に、つまり自分の妹に目を向ける。
「本当なのか。タカダ・トキ野」
トキ野が目をそらす。
「それは、確かにそうだけど・・・」
「どこに行っていたんだ」
「・・・・・・・・・・・・トイレ。今日ちょっとお腹壊してて」
テーブルの下で、トキ野がぐっと私の足を踏みつけてきた。 いだっ! それでも私は表情を変えず、話を続ける。できるだけ誇らしげに。
「どうですか!確かに私が未熟さからピンチに陥ったのは事実です。しかし、私は普段から万全の体調管理をおこない、だから一番に化け物に対峙できた。いわば火中の栗を拾い、千尋の谷を自ら駆け下りて、河童の川流れしたという奴です。そのときトキ野はトイレを流していた訳で、どちらの貢献度が大きいかは明白では?」
「「・・・・・・・・・」」
シュ宇とトキ野が、私の流麗な理論に絶句している。
「沙チ、あんたって理屈は得意なのに、相変わらず・・・」
シュ宇も加わり、兄妹が口をそろえる。
「「ゲスいなあ」」
「にゃっ!」
変な声が出た。でもそうなのだ。私は理に走るあまり、思いやりに欠けるところがある。自覚はしているのだ。
それでもシュ宇は少しは納得してくれたようで
「ただ、一番槍で現着したのは確かだ。発生連絡から5分で、化け物に向けた飛行に最適なビルディング屋上に到着している。それは評価すべき点ではある」
おおおお・・・・。
「ゆえに。査定を伝える。今回の討伐における成果は3対1と評価。Cランクの化け物討伐に与える32ポイントを分配し、沙チに24ポイント、トキ野に8ポイントを与える。報奨金も同じ割合だ」
トキ野主張の二等分から、かなり盛り返した!客観的に見ても、妥当な配分だろう。ちらと見ると、トキ野も「まあ、こんなもんか」という顔をしている。ふっかけやがって。
シュ宇が「異論はないな」と念押ししてくる。だが、私はもう一度、手をあげた。
「監督官いいですか?」
シュ宇の深い青色の瞳には「これ以上わずらわせるな」という真っ赤な炎がちらちらと燃えている。
「私のポイントを8ポイント、トキ野にあげたいと思います」
「「え?」」
また、兄妹の声がかぶった。
シュ宇がはあとため息をつく。
「おいおい、事実上の二等分だろ。それなら始めから・・・」
「いえ、討伐での評価は譲る気はありません。でも、助けてくれてありがとう、って気持ちと・・・」
トキ野が私の横顔を見ているのが分かる。私は照れくさくて、トキ野の方を見られない。
「不器用ねえ、沙チって。さすがハカセだわ」
「いや、違うの。感謝の気持ちと、あとこれは代金のつもり」
「代金って、何の?」
私が思いきってトキ野の方を見ると、きょとんとする美少女の顔があった。
「教えて欲しいの。狩りの仕方を」
真剣な顔で伝えると、私の友人は困った表情を浮かべた。トキ野は恐る恐るといった風に、テーブル向こうのシュ宇に目を向ける。
シュ宇の瞳の中には、さっきまでとは別の炎が燃えていた。怒りか拒絶か、どちらにしろ激しい色をしている。
「沙チ、監督官ではなく、お前をずっと見てきた年長者として言う。ダメだ」
やっぱり、の反応だ。私は壁に打ち付けられたピンポン球のように反発する。
「なんで!?いいじゃん!私が死んだら困るでしょ」
聞かない私に、シュ宇が大声をあげた。
「俺は沙チが討伐に出ること自体、ずっと反対してきただろ! 沙チ、自分が未熟だと思うなら、戦う化け物のランクを下げろ! EでもFでもGでも、Zでも!絶対安全圏の中でだけ戦え!」
・・・Zランクって、そんなんいないし。逆に強そうだし。
「トキ野だって大物を討伐してるじゃない。私だけなんでダメなの?!」
「・・・・トキ野とお前は違うんだ」
「私が部屋に引きこもって、理屈ばかり勉強してた『ハカセ』だから? お前には無理だって、またそう言いたいの? うんざりだよ。私の限界を、勝手に決めないでよ・・・」
言っているうちに涙が出てきた。
「沙チ、お前、悟を追いかけてるだけなんじゃないか?」
死んだ兄貴を追いかけてるって? 何言ってんだ。図星だよ。くそっ。
私はシュ宇の手元にある書類をひったくって、荒々しくサインして突っ返した。
「帰る!」
私は怒りにまかせて、きびすを返して歩き出したところで・・・思い出した。
テーブルに戻って、シュ宇に聞く。
「今日の討伐報酬って、いつ振り込まれる?」
「・・・明日から週末だから、3日後だ」
「遅いんだよ! 週末はもやし祭りだバカヤロー!」
私は今度こそきびすを返し、全力でフロアの出口へと駆けだした。
肩に乗り続けていた婆ットが、失神から目覚めたように突然「バカヤロー」と叫んだ。オウムか。それとも、私に言ったのか? ああん?