百人前
百人前
「素材になりそうな、牙も回収し終わったな。じゃあ、次の奴だ。二つ先の小部屋にまた新顔だ。ドラゴンはまだ気づいていないようで、近寄って来ない。」
「どんな奴ですか? 新種だったら、今度こそ私に命名させて下さい。」
今のうちから考えておくつもりだな。
まあ、変なのでなければいいのだが。
「う~ん、多分、内陸のお前達は知らないと思うが、カニという生物の超巨大版だ。横幅が4mくらいある。でっかい鋏のついた腕が二本と足が八本。とにかく硬そうだ。また、もし、生物の特性が活かされているのなら、水魔法は効かないだろう。」
「カニですにゃ? 知ってますにゃ! 美味しいですにゃ!」
ん? 猫に蟹は与えてはならないと、昔聞いた気がするが。
この世界の亜人、適当だな。
「知っているなら、話が早い。とにかく、それの黒くてでかい奴だ。でもって、あの鋏は凶悪そうなので、対策が必要だな。」
見た感じ、サラくらいなら簡単に真っ二つにされそうだ。
「それで、どうなされますの? 4mの鍋はありませんわ。」
クレア、お前は最近、キャラがぶれて来ている気がするぞ。
「取り敢えず、さっきと同じで行こう。俺が【忍び足の靴】を着けて偵察。お前達は部屋の手前で待機だ。」
「「「「「はい!」」」」ですにゃ!」
全員を通路で待たせ、俺はそろそろと部屋に入る。
うん、気付かれていない。
通路で待機している仲間にも気づいていないようで、巨大な蟹は、部屋の中央で微動だにしない。
じゃ、まずはいつも通りだ。
俺は、巨蟹に近寄って、【サラの剣山】を突き立てようとした。
その瞬間!
地面が割れた!
チッ!
スワレントラップだ!
危機感知では、こいつの小さな赤点が、巨蟹と完全に重なっていやがった!
激しい痛みが俺を襲う!
俺は、完全に巨大蝿取草に掴まった!
かろうじて、首だけが外に出ている状態。
しかし、身体は完全に拘束され、身動き一つ取れない!
腹に穴でも開いているのだろう。
下半身に、生温かい、水分の感触がある。
ステータスを確認すると、体力が、既に半分を切っている!
しかも、まだ減り続けている!
この調子じゃ、一分も持たないだろう。
更に、複数の耐性表示が、激しく点滅している!
様々なバッドステータスの塊のような攻撃だったのだ!
仕方ない!
俺は大声を上げて、助けを呼ぼうとした。
が、留まる。
ここで、大声を上げれば、巨蟹にも気づかれるだろう。
幸い、あいつはまだ微動だにしていない。
今ここで、あいつまで参戦させる訳には行かない!
「ヒール!」
俺は、小声で自分に回復呪文をかける!
しかし、変化が無い!
痛みも消えない!
そうか!
俺は【反射】効果のついた、【リフレクトシールド】を装備していたんだ!
これは、未知の魔物を相手にする時の必需品である。
慌てて、手を離そうとするが、完全に締め付けられていて、離れない!
「あれは、一体何ですの?!」
しめた! 仲間が気付いてくれたようだ!
現在、俺は【認識阻害大】の影響で、仲間からも見えない存在になっている。
スワレントラップも、普段は全く見えない。
しかし、スワレントラップは、顎を閉じると、見えるようになる。
俺が見えなくても、この大顎が見えれば、何が起こっているかは一目瞭然なはずだ!
「アラタ! 今行く! 縮地!」
馬鹿、リム!
リムが持っている杖は、【石化】効果の付いた奴に違いない。
しかし、今の、認識阻害をしていないお前じゃ、蟹に発見される!
案の上、巨蟹はリムに気付いて、鋏を振り上げる!
しかし、リムは全く意に介さず、杖をスワレントラップ目掛けて振るった!
「「「アラタさん! リムちゃん!」」」
「ヤバいっす! 挑発!」
異変に気付いた仲間が、全員、一斉に駆け込んで来た!
チッ!
巨蟹に挑発は効かないようだ!
大きな鋏がリム目掛けて振り下ろされる!
「リム!」
リムが巨大鋏に捕まるのと、杖がスワレントラップに当たるのは、ほぼ同時だった!
急速に、身体の締め付けが無くなる!
やっとの思いで、【リフレクトシールド】を離す!
更に俺は、リムを見る!
よし、幸い【リフレクトシールド】は装備していない!
ステータスを見ると、リムの体力が凄いスピードで減って行っている!
もう、100も無い!
まずは回復しなければ!
「ヒール!」
俺は迷わずリムを選択して、ヒールをかける!
俺のことは後回しだ!
俺もかなりヤバいはずなのだが、まだ死んではいないし、動ける!
まだ、脱出するには至らないが、それも時間の問題だ!
すぐにスワレントラップは石になるだろう。
「チッ!」
ヒールは成功したのだが、リムの体力は相変わらず減り続けている!
だが、半分、300くらいにはなったか!
リムも必死にもがくが、鋏は外れない!
「こっち来いや! オラァーッ!」
俺は、僅かに動くようになった足先で、必死に【認識阻害大】のついた靴を脱ぎ捨てる!
「ヒール!」
クレアだな。
ナイスだ!
俺の痛みが和らぐ。
その途端、巨蟹も俺に気付き、リムを挟んだまま、もう一方の鋏を俺に振り上げる!
「させないにゃ! ハイスタン!」
よし! サラ!
しかし、巨蟹の身体が一瞬淡い青色に包まれた!
不味い!
この色は反射だ!
サラも【リフレクトシールド】は、今装備していない!
まともに喰らって、硬直している!
ヤバい! ヤバい! ヤバい!
鋏が俺に迫りくる!
打撃だけなら、小手でガードして耐えられる気がするが、挟まれたら不味い!
下半身はまだ動かない!
首ちょんぱは御免だ!
「無敵!」
いきなり、俺の目の前が真っ暗になる!
見ると、カレンが巨大鋏に捕まっている!
俺の身代わりになりやがった!
しかし、【無敵】を使っているカレンなら、心配は無い。
30秒程度なら無傷なはずだ!
蟹の野郎は、文字通り、両手に美女でご満悦だろうが、俺は怒り心頭だ!
そして、やっと、身体が動くようになったので、俺は、完全に石化したスワレントラップを、身を捩じって割る!
「ヒール! クレアも、リムに回復!」
「はい! ヒール!」
「サラ! 腕の付け根を狙え! 魔法の矢は使うな!」
「はい! 精密三連!」
「縮地!」
俺は一気に蟹の後ろを取る!
「まずは俺の女を返せ!」
俺は、そう言うなり、リムを掴んで離さない、右手の鋏に組み付く!
力任せにへし折ろうとするが、流石に無理か!
「アラタ! 受け取りなさい! オールアップ!」
リムの奴! 無理しやがって!
俺とクレアの回復があるとは言え、痛みは凄まじいはずだ!
「これで百人力だな!」
俺は巨蟹の腕を、付け根からへし折った!
巨大鋏は、リムを挟んだまま、胴体から外れる!
「う、げほ!」
「リムちゃん! ヒール!」
再びクレアの声だ!
これでリムは大丈夫だろう。
「もう一人!」
カレンは、無敵の効果でダメージは受けていないようだが、やはり鋏から逃れられず、もがいている!
俺は迷わず、カレンを掴んでいる左の鋏にしがみつく!
ゴキッ! と、音がして、こっちもあっけなく胴体から外れる!
「これで、足は出ても、手は出まい! 皆、一旦距離を取れ!」
「「「はい!」」」
すると、巨蟹は口から、泡を吐き始めた!
ふむ、何をする気だ?
リムとカレンは、ミレアとクレアに救出され、今は俺以外、全員遠巻きに警戒している。
泡は直径50cmくらいになり、次々と空中に漂う。
その一つが、俺に触れた。
バンッという、乾いた爆音がし、俺は吹き飛ばされた!
「チッ! 即席泡爆弾のようだ! 皆、泡には触れるな! もっと距離を取れ!」
「「「「「はい!」」」」」
もはや、蟹の口の周りは泡だらけだ!
無数の泡が巨蟹の周りに漂い、近寄れそうにない!
「ふむ、なら、こういうのはどうだ?」
俺は【リフレクトシールド】を拾う。
「全員、部屋の外に出ろ!」
「「「「「はい!」」」」」
皆が、通路に退くのを確認してから、俺も、部屋の入り口まで【縮地】する。
俺は、【リフレクトシールド】を翳しながら、唱えた。
「地獄の業火!」
部屋中が炎に包まれる!
奴の身体は予想通り魔法を反射し、青白く光る!
そして、俺の盾も同様に光る!
だが、その瞬間、連続した爆音が響き渡る!
うん、魔法が相殺されるのは予想通り。
しかし、奴の放った、泡爆弾はそうはいかない。
もろに誘爆したようだ。
奴は、口の周りが見事に消し飛び、半月状の穴が開き、遂に力尽きたようだ。
その後、確認したが、リムも俺も大丈夫だった。
とは、言っても、ダメージを受けた時の状況は深刻で、リムは骨折していたようだ。
俺に至っては、やはり腹に大穴が開いていたようだが、今は回復魔法で綺麗に塞がっている。
この世界の魔法、本当に便利だ。
そういや、この世界で、医者とか見た事無いな。
「良く焼けています。今日の晩御飯は決まりですね。」
魔核を回収し終えたミレアが、俺に話しかける。
「で、名前は決まったのか? どうせ、また新種だろ?」
「そうですね。百人前ってところでどうでしょう?」
命名:ヒャクニンマエ
うん、うちのパーティーは健在だ。
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