新居祝
新居祝
俺達がリビングに出ると、皆がブランチを食べていた。
「皆、おはよう。昨日は、その、ありがとう。」
「「「おはようございます。アラタさん。」」」
俺の思い過ごしかもしれないが、全員、何かすっきりした顔をしている。
まあ、あれだけ頑張ったしな。
皆に加わって食事を取りながら、俺は今日の予定を話す。
「今日は、俺の世界の風呂を作りたい。なので、俺は街で買い出しだ。誰かアイテムボックスに余裕のある奴がついて来てくれると嬉しいのだが。」
「じゃあ、私ですね。リムちゃんは、ミニ工房と、魔核や素材の大半を持ってくれていますから。」
「よし、じゃあ、ミレア、後でついてきてくれ。残った者は引き続き掃除とか頼む。」
「「「「はい。」」」」
「あ、その前に、アラタさん。ヤットンさんが応接室でお待ちですわ。」
ヤットンの方から用がある事は珍しい。
いつも気が付いたら側に居るという感じだ。
どういった要件なのだろう?
「今日は、ヤットン。待たせて済まない。」
「今日は、近衛様。早速ですが、陛下がお会いしたいそうです。何でも、新居のお祝いをしたいとか仰っておられました。」
祝ってくれるのは嬉しいのだが、内容にもよるな。
取り敢えず用心はしておくべきか?
仕方がないので、俺はミレアを連れてヤットンと城に向かう。
いつもの会議室に通されると、カサードとイーライ、それにお付きが二人居た。
「おお、待っておったぞ、アラタ。何でも新しい屋敷を手に入れたようじゃな。お主が帝都に腰を落ち着けてくれるのは、儂にとっても嬉しいのでな。細やかじゃが、祝ってやりたいのじゃ。」
確かにカサードからすれば、今まで半分以上ダンジョンに籠っていた俺が、帝都に拠点を持つ意味は大きいのかもしれない。
「カサードさん、ありがとう。例のオークションのおかげだよ。」
あえて、カサードが買ってくれたことには言及しない。
仮面をつけていたしな。
ばらされると彼も困るだろう。
だが、カサードはこの一言で顔が緩んだように見える。
「それでじゃ、おい、お前達。」
カサードは横に控えていた侍女と思しき二人に声をかける。
一人は30代前半くらいだろうか、ほどけばかなりの長さになるであろう、紫の髪を綺麗にまとめ上げたご婦人だ。
眼鏡をかけていて、理知的な印象。
今でもだが、若い頃は相当な美人だったと伺える。
もう一人は見た目はまだ子供の亜人だ。
紫色の耳に、紫の尻尾。種族は分からないが、スコットの着けていた猫耳を思い出す。
ひょっとして、これが本家本元の猫人族?
しかし、かなり可愛い。将来が楽しみな子だ。
「勇者近衛子爵様、初めましてざます。私はこの城の侍女長、マリーヌ・スワレンざます。陛下のご命令により、今日から貴方様のお世話をさせて頂くざます。お気軽にマリンちゃんと呼んで欲しいざます。」
ん? 気のせいかな?
俺の横のミレアを見て、一瞬口元がせり上がった気がしたが?
しかし、何だ? この、ざます調は?
しかも、マリンちゃんって?
「初めまして、勇者近衛子爵様。私はマリーヌの娘、サラ・スワレンと申しますにゃ。12歳ですにゃ。父が猫人族でしたので、私も猫人族ですにゃ。よろしくお願いしますにゃ。」
つい最近まで聞いたことのある語尾だな。
ふむ、スコットの言う通り、猫人族はこうなのか。
「これが儂からのアラタへのお祝いの一つ目じゃ。優秀な侍女なので、何なりと身の回りの世話をさせるが良いじゃろう。当然、彼女達の給料は城持ちじゃ。」
なるほど、カサードのお祝いとはこういうことか。
祝いにかこつけて、俺達の屋敷を見張らせようという魂胆だろう。
確かに俺達はこれからもダンジョンに潜るので、家を空けることが多くなる。
その間の管理をしてくれるなら非常に助かる。
カサードの紹介なら間違いは無いだろうし、肩書も侍女長だ。
きっと、かなりの人だろう。
しかし、何故そんな偉い人が俺に?
そして、一つ目とは?
俺は少し悩んだが、断る理由も思いつかない。
ここは、ありがたくカサードの厚意を受けるべきか?
見張りなら既にヤットンが居るし、今更気にしてもしょうがないな。
「ありがとう、カサードさん。俺もこれから家を空けることが多いと思うので、助かるよ。では、改めて初めまして、マリーヌさん、サラちゃん。俺は近衛新、アラタがファーストネームだ。これから宜しく頼む。ミレア、お前も挨拶を。」
ん? ミレアの様子が変だ。
顔がこわばっている。
「お、お久しぶりです。スワレン様。こ、これからも宜しくお願いします。サラちゃんも、久しぶりですね。」
ふむ、ミレア達の元上司ということか。
彼女の様子からすると、相当厳しい人だったのだろう。
「ミレアちゃん! 私の呼び方はマリンちゃんざます! 全く陛下も甘いざます! こんな不義理をした娘に、何のお咎めも無いとは呆れるざます! しかも、勇者様のお側になんて!」
俺はカサードを見る。
「わ、儂はアラタの厚意を無駄にしたくなかっただけじゃ。そうじゃ! 用事を思いついたのじゃ! 後、ヤットンから聞いておる。アラタが欲しかった風呂とやらは職人を手配させたので、そろそろ屋敷に着く頃じゃろう。後はお主達に任せる。では、失礼するぞ。」
カサード、逃げたな。
ふむ、大体見当がついた。
恐らくだが、マリーヌさんは優秀なのだが、カサードは苦手だったのだろう。
体のいい厄介払いか?
しかし、カサード、用事を思いついたって、ストレート過ぎるだろ!
でも、二つ目、風呂の件については素直に感謝だな。
恐らくヤットンが、昨日俺達が家を見ている時に、俺が喋った事を報告したのだろう。
職人については、リムにテレフォンで連絡を取り、来たらシャワー室を見て貰ってから待たせるように頼んだ。
俺が一人で納得していると、イーライが進み出て来た。
カサードは既に居ない。
侍女二人も、ミレアと一緒に先に屋敷に向かわせた。
「勇者近衛様、お久しぶりでございます。はい、全て陛下から伺っております。」
こいつの要件は予想がつく。
魂の転移のことだろう。
「もし宜しければ、そのお身体に移った時の魔法の事を詳しくお聞かせ下さい。」
俺はあの魔法はかなり危険な部類だと認識している。
俺達のケース以外で成功するかどうかは分からない。
だが、もし誰にでも使えるのなら、使い方によっては無限の寿命になり得るのだ。
なので、俺達限りで、できれば封印しておきたい。
「う~ん、祭祀長の教えてくれた方法を実践したら、たまたま上手く行ったとしか。その件については感謝している。だが、多分あれは、俺達のような二重魂でないと、成功しないのじゃないか?」
「そうでございますか。しかし、引き続き研究はさせて頂きますので、何かあればお教え下さい。」
「うん、祭祀長、世話になったな。」
俺はそうは言ったが、勇者の召喚についてもそうだが、これ以上研究はして欲しく無い。
なので、二重魂限定と添えたのだ。
自分はその恩恵に預かっていながら、と言われれば辛い。
しかし、あの魔法は、この世界の神の領域に片足を突っ込んでいる感がある。
「では、最後に私から宜しいでしょうか?」
「ん? ヤットン、風呂の事をカサードに言ってくれて助かったよ。おかげで、自分で作る手間が省けた。」
「あれは私の独断でございますが、近衛様が喜んで下さったのなら何よりです。それとは別に。私達はこれより、勇者橘様を重点にお仕えしろ、と陛下より指示されました。なので、今までのようにいつもお側に控えることが出来なくなりました。」
なるほど、城の中なら彼等もそれほど困らなかったが、家に入られると無理があるという事か。
マリーヌさんという代わりが出来たので、これからはミツルに付けという事だろう。
「そうか、ヤットン、今まで本当に世話になったな。ミツルの事は頼んだ。彼がもしダンジョンに潜るのなら、色々と教えてやって欲しい。面倒な事を言うようなら、遠慮なく俺の名前を使ってくれ。俺の言う事なら多分聞いてくれるはずだ。」
「はい、ありがとうございます。橘様は恐らくシスのダンジョンに入られるかと。後、近衛様がダンジョンに向かう時は、テレフォンでお知らせ下さい。今まで通りお送り致します。」
なるほど、外での見張りは今まで同様と。
「分かった。ダンジョンに行く時は知らせるので、頼む。」
「かしこまりました。」
屋敷に帰ると、カサードの手配してくれた大工達が待っていた。
俺は彼らに俺の構想を説明する。
「そうでやすか。あっしは長野様のお屋敷もさせて貰いやした。なので、勇者様の考えは分かるつもりでやす。」
「おお、それなら話が早いな。」
「で、近衛様はどういった材質がいいでやすか? 長野様の時は石造りでやしたが。」
「俺は木材がいいと考えている。無理なら石でも構わないが。」
「木材なら、加熱装置に少し手間がかかりやす。そこだけ石かレンガになりやすが、構わないでやすか?」
ふむ、湯を沸かす装置も付けてくれるようだ。
昨日は魔法で温めたが、そんなのがあるならとても便利だ。
しかし、ナガノさんも作らせたのか。
彼女も一般的な日本人だったと言う事だろう。
「そこは任せる。形と大きさはさっき言った通りだ。」
「分かりやした。木材だと、加熱装置以外は簡単なんで、3日ほど時間を頂きやす。」
「うん、ありがとう。」
「じゃあ、早速今からかかりやす。何かありやしたら、ここに来て下せぇ。」
大工の棟梁と思われる男は、寸法を測り始め、てきぱきと部下に指示を飛ばす。
側に居ても邪魔になるので、俺はリビングに行く。
リビングに入ると、マリーヌさんの前に、サラを含めて全員が整列していた。
どうしたことかと俺が聞く。
「ま、マリーヌさん、これは?」
「勇者近衛子爵様、これはいいところにざます。彼女達に奴隷のするべき事と侍女としての心構えを説明していたざます。」
何か全員疲れ切った顔をしている。
「い、いや、マリーヌさん、彼女達は確かに身分こそ奴隷だが、俺の大事な仲間だ。そして俺の伴侶でもある。奴隷扱いは勘弁して欲しい。それと、俺のことはアラタでいい。子爵とかはこそばゆい。」
「そうざますか。なら仕方無いざます。でも、勇者様にお仕えするのは一緒ざますから、その教育だけは、私が責任を持ってさせて頂くざます。それではアラタ様、私のこともマリンちゃんとお願いするざます!」
うん、全て理解できた気がする。
しかし、俺よりも年上の女性に、ちゃんづけは流石にきつい。
「分かった。教育とやらの方は任せる。しかし、俺にマリンちゃんは無理だ。『マリンさん』、若しくは『マリン』、これが最大の譲歩だ。」
「え? 『マリン』、そう呼んで頂けるのざますか? そ、それは是非とも『マリン』でお願いするざます!」
ふむ、彼女は呼び捨てにされたほうが嬉しいようだ。
良く分らんが、これはこれでいいのだろう。
その後、マリンは全員に指示を出し、彼女達は散っていく。
一人取り残された俺は、することも無いので、ソファーに座る。
すると、マリンが紅茶を淹れてくれる。
伊達に侍女長は張っていなかったのだろう。
すべての動作が自然で、全く卒が無い。
「マリンさん、じゃなかった、マリン、こういうことを聞いていいか分からないが、あの、サラちゃんは、どういうことだ? マリンの娘と言っていたが。あの年では城で働かせて貰えなかったと思うが。」
マリンが話してくれる。
あの子は亜人の血のほうが勝ってしまったので、見た通りの猫人族だ。
帝国では亜人への差別が残っており、年齢は問題無いのだが、亜人は城では雇って貰えないそうだ。
だが、彼女にとっては可愛い一人娘だ。
自分同様、立派な侍女になって欲しかった。
以前から彼女はカサードに相談していたので、今回、俺の話を持ってきたということだ。
確かに俺はカレンという亜人を仲間にしているので、俺ならば差別の問題は無さそうだ。
つまり、カサードは彼女を厄介払いしたのではなく、母娘で働ける環境を提供してやったと言う事だろう。
彼女にとっては、カサードの粋な計らいという事か。
「あの娘、サラにも、ちゃんと教育しているつもりざます。親の眼ですが、侍女として決して恥ずかしくないざます。でも、もし亜人がお嫌なら、遠慮なく仰って欲しいざます。」
「マリンさん、いや、マリン、了解した。俺にはそんなつもりは全く無い。見ての通り、カレンも居る。母娘共々頑張ってくれ。じゃないな、宜しく頼む。」
「そんな! 殿方は軽々しく頭を下げてはいけないざます! あの娘にもアラタ様のご厚意にはきちんと報わせるざます。」
「ところで、マリン、彼女達の事だが。」
「はい、承知しているざます。アラタ様の伴侶、つまり、将来は娶られる。そうざますね。」
「うん、彼女達次第だが、俺はそのつもりだ。貴族ならば、複数の女性との結婚も可能と聞いているしね。なので、マリンにも知っておいて欲しかったんだ。」
「全く、アラタ様も優しすぎるざます。他の二人はいざ知らず、クレアちゃんとミレアちゃんには勿体無いざます。でも、安心して欲しいざます。全員、アラタ様の妻として相応しい女性にするざます。」
ふむ、厳しそうだが、悪い人では無さそうだ。
確かに、これなら安心できる。
「まあ、厳しくなり過ぎないように頼む。特にカレンは元冒険者で、侍女の仕事なんかは全く知らないはずだ。彼女達の今の役割は、ダンジョンでの俺の従者だ。マリンの基準だけで判断しないでやって欲しい。」
「承知したざます。」
マリンとの主な話はそこまでで、少し雑談を交わしてから後、彼女は台所に入って行く。
何やらクレアとサラに指示をしているようだ。
多分、晩飯の準備だろう。
「マリン、俺はちょっと出る。魔法書を買いたい。晩飯までには戻れると思う。リム、ついて来てくれ。」
リムが飛んで来た。
凄く嬉しそうだ。
ちょっとの間だが、マリンの下でさぞやしごかれたのだろう。
外に出ると、リムが俺の腕に手を回してくる。
ふむ、伴侶というのが効いてしまったようだ。
俺は少し照れ臭いが、彼女に任せる。
魔法書は以前からの懸念事項だ。
できればもっと早く買いたかったのだが、今まで何とかなっていたという事もあり、後回しになっていた。
イーライに頼めば見せてくれそうだが、今日の事もあり、これ以上は借りを作りたく無い。
「昨日の買い出しで、俺もおおよそだがこの街は分かった。あの店で良かったか?」
「そうね。私の知っている限りでも、あの魔法屋の品揃えが一番いいわね。」
お目当ての魔法屋に入ると、店の主人が俺達を一瞥する。
尖った耳、これが噂に聞くエルフ族だろうか?
なんでも、魔法に関してはエルフの右に出る者は居ないそうだ。
「いらっしゃい。おやおや、これはとんだお客様だ。その年でその魔力。エルフでもまず居ないね。あんた達が勇者って奴かね?」
見ただけで俺達の魔力が分かるとは凄いな。流石はエルフと言う所か?
「まあ、そうらしい。それでご主人、魔法書が欲しい。できれば上位のだ。」
「ほほーう、あんた達ならその資格はあるようだね。系統は光と闇、それと火、風、土、水、おや、次元と回復もかい。」
「流石だな、ご主人。その系統で頼む。」
「ほほーう、ほぼ全系統だね。だが、うちにも上位の魔法書は少ない。と言うよりも、上位の魔法書そのものが殆ど無いんでね。うちにあるのはこれくらいだね。」
主人はそう言いながら、奥の棚を物色する。
そして、カウンターに2冊の本を並べた。
「これは、火と回復の上位版だ。初級のなら他にもあるがね。」
「初級のは、土と次元が欲しい。他は持っている。後、鍛冶師に関わるスキルについての本があれば、それも頼む。」
土魔法の適性がありそうなのはリムだけだが、あるのならば、買っておいて損は無い。
リムを見ると、彼女も頷いた。
主人は黙って再び棚を物色する。
そして、更に4冊を並べる。
「あんたら運が良かったね。土は土木工事に使われるから、人気が高い。次元は使える奴が少ないから、需要が無い。両方最後の一冊だね。そして、鍛冶師関連はその2冊だね。」
「ありがとう、それでいくらだ?」
俺は日本の本屋のように立ち読みしたかったが、この世界でそれは許されないだろう。
「白金貨3枚と金貨2枚、と言いたいが、あんたらのような人なら、金なんかよりいい物持っているだろう。それでどうかね?」
ふむ、武器屋と一緒か。
魔核だな。
しかし、この世界、こういった物はやたら高い。
「リム、頼む。」
「じゃあ、ドリルモグの魔核でどうかしら?」
「そうだな。あれも俺達が命名したからレアなはずだ。」
実は腐るほどあるのだが、大量に放出すると、相場が崩れそうで遠慮していた。
だが、ここなら問題無いだろう。
リムがカウンターに魔核を置く。
主人が手に取って鑑定しだした。
「ほほーう、これは見た事の無い奴だね。でも、これだけだと少し足りないね。」
リムがもう一個置く。
「うん、これで充分だね。貰い過ぎなくらいだね。」
主人はそれで満足したようだ。
俺達は早速その場で目を通す。
全く参考にならないようなら、できるかどうか分からないが、買い取って貰うつもりだ。
「こっちは参考になりそうだ。鍛冶師関連も使えそうだ。」
「こちらも知らない事がちゃんと載っているわ。」
どれも懸念したような事が無かったようで、安心した。
帰ったらすぐに読みたいな。
「うん、ご主人、いい買い物だった。もし他に上位の魔法書が手に入ったら教えてくれ。」
「ほほーう、これはいい客に当たったようだね。じゃあ、手に入ったら教えるよ。」
俺達は屋敷の場所とマリーヌの事を伝えて店を出る。
外はもう暗くなりかけていた。
早く帰ろう。皆が待っているだろう。
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