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タッパーはドアノブにかけてお返ししました。

作者: いづる

3つのお題から小説を書くというもの。

以前に書いたものを手直しして投稿させていただきます。

今回のお題

『黒い炭酸』『ビニール袋』『光』


  ガタンゴトンガタンゴトン

 小さなボロアパートの一室がその音と共に揺れる。遮光カーテン越しに明るい光が真っ暗な部屋を一瞬だけ照らした。


「んっ…」


 少し肌寒いなと身をよじり薄目で部屋をぼんやりと見渡す。ガタゴトと煩く私を眠りから覚ませた音は遠ざかり、そこはとても静かで真っ暗な空間だった。ここは本当に自分の部屋なのかと疑うほどに暗いが、今もたれているソファは店先で人目見て気に入り、自身で購入したものだ。


 今は何時だろうか。まだ寝ぼけた頭で思い、暗闇の中携帯電話を手探りで探す。


 あった。


  電源を入れるとそれは手元をぼんやりと照らした。

 18時20分。どうやら2時間ほど眠っていたようだ。


  携帯電話の光を使い部屋の電気をつけ、早々にカーテンを閉める。この部屋はアパートの一階。電気をつけてカーテンを開けたままだと外の通行人に部屋の中を見られてしまう。

  一人暮らしの女性の部屋だと分かると空き巣に目をつけられるらしい。ついこの間テレビで防犯対策特集が組まれていた。同じくその特集を見ていた友人は私と物騒だと話した翌週に、マンションの高い階の部屋に引っ越した。只今失業中の私には到底真似できない。

 冷蔵庫から黒い炭酸飲料のペットボトルを取り出し渇いた喉に流し込む。鼻をつんっと炭酸が抜ける。


  甘い。


 糖分で胃が起きたのかお腹が空いてきた。

 夕飯はどうしようと考え頭を働かせていると、玄関からチャイムが鳴った。はーいと声を上げそうになる口を手で抑え、返事はしないで覗き穴から外を覗く。

 何度も言うが近頃は物騒なのだ。宅配行者を装って部屋に侵入したり、玄関を見て家族構成を分析する危ないやつらが居るらしい。これもテレビの受け売りだが。

  覗き穴を覗くと見覚えのある女性が立っていた。


「あの~加藤さん居ますか」


  彼女は控えめにドアに向かって声をかけ、もう一度チャイムを鳴らす。

  今度ははーいと声を上げて玄関を開けた。

  私の顔を見ると彼女は顔を輝かせ、元気良く挨拶をした。


「あ、加藤さんこんばんは。良かった~。やっぱり帰ってたんですね」


「こんばんは。早めに帰ってたんだけどちょっと寝ちゃってて」


「そうだったんですね。電気がついたので帰って来たかなと思って来ちゃいました。待ってましたよ」


 彼女は隣の部屋に住む山内さん。美容師の見習いをしているらしく、今日も可愛く巻いた明るい髪をふわふわと上下させている。


「待ってたって?今日はなにか用事かな」


  私の問いかけに山内さんは照れくさそうに、後ろに隠していた物を前に突き出す。


「久しぶりに早く帰宅できたから今日は自炊しようと思って、気合い入れて作ったんです。でも作りすぎちゃって。加藤さん夕飯まだだったら…どうですか。むしろ私を助けると思って食べてください。実はお鍋にまだいっぱい残ってて~」


 捲し立てるようにそう言うと、山内さんは大きめのタッパーをずいっと私に押し付けた。


  成る程、お裾分けね。


「あーうん。丁度夕飯何にしようかなって思ってたから頂きます」


「わぁ!良かったぁ!ありがとうございます。食べたら明日感想聞かせてくださいね」


 受け取ったタッパーからはカレーの匂いがした。



 最近私少し髪の毛切ったんです。加藤さんもイメチェンどうですか。お安くしておきますよ。そうだね、考えておくよ。それより最近物騒だからね、戸締り気をつけて。などと軽くやり取りをすると山内さんに別れを告げて部屋の鍵をかける。

 耐熱性だからそのままチンして良いですよ。山内さんの言葉を思い出しタッパーをそのままレンジに放り込んだ。

 まさかお隣さんに夕御飯のおかずを頂けるとは思っていなかった。

 白米は常備してるし今晩はこれに適当に野菜切ってサラダでいいかな。

 夕飯作りの手間が省けたことにより、少し上機嫌で先ほどの炭酸に再び口をつけた。






 山内さんは二ヶ月前に引っ越してきた子で、引っ越し挨拶の際のも愛想が良くアパートの通路で会った時もいつもにこにこしていて可愛らしい。このアパートの他の住人は顔を合わせても挨拶することはほぼない。むしろ彼女の様な人の方が珍しかった。年が近いせいなのとお隣で良く顔を合わせる為程よく仲が良くなった。お菓子を沢山貰っただとか友達が働いている先でケーキをおまけして貰ったなど、今回の様によくお裾分けしてくれることがあった。いい子だ。

 彼女から手料理を頂くのは初めてだが自信はあるようだったし、きっと不味くはないだろう。


「いただきます」


 白米の乗った皿にタッパーからカレーを移し、スプーンで口に運ぶ。

 うん、まあ不味くはない。

 ちょっと変わった味がするけど、カレーなんてそれぞれの家庭で味が違ったりするものだ。

 そんなことを思って二口目を口に運んでいると携帯電話が震えた。先日引っ越したあの友人からだった。


「もしもし。どうしたの」


「もしもし。あのさ、この間私引っ越ししたじゃない」


「うん」


「ちょっと予想より部屋が広くって、良かったら一緒に住まない?」


「え?何故」


「今あなた失業中じゃない。私と住めば家賃代だって浮くでしょう」


 急な提案に私は頭を捻る。


「いくら友達だからって家賃も払わずに住まわせて貰うなんて悪いよ」


 それに、と続けようとして口の中に違和感を感じた。

 ん?なにか歯に挟まった。


「あなた鈍感なのよ」


 電話の向こうの彼女の声のトーンが落ちる。

 私の意識も彼女に戻される。


「私ずっとあなたのことが好きなのに」


「え」


「やっぱり気づいてなかったのね」


「う、うん。好いてくれてるのはわかっていたけどまさかそっちの好きとは」


 彼女が溜め息を吐くのを耳元で感じた。

 彼女とは学生の頃から話が合うし、就職してからも一緒にいる時間は確かに思い返せば多い。しかし彼女から特別扱いやそれらしきアピールを受けたこともない。


「あなたは私のことどう思ってるの。やっぱり友達以上にはなれないのかしら」


「女の子として嫌いな訳じゃないよ。ただ、友達だと思ってたからちょっと驚いてる。それに一緒に住もうだなんて急展開すぎて」


「そうね。それはちょっと飛び過ぎたかも。でもあなた今お金に困っているでしょ、丁度いいかなって思ったのよ」


「そんなにお金に困ってるように見える?」


「そんなこと言ってないじゃない。私が理由をつけてあなたの近くに居たいだけよ」


「……なかなかに積極的だね」


「あなたが鈍感だからよ。ちょっとはくらっと来たかしら」


「うん。ちょっとね」


 そこで会話が途切れてしまい沈黙。耐えかねてこちらがおーいと呼びかけると、煩いちょっと黙っててと返答が返ってきた。電話の向こうでどうやら彼女は照れているらしい。ちょっと可愛いなと思った。


「と、とりあえず返事が欲しいの」


「うん。ちゃんと返事をするよ。でもちょっとだけ時間をくれないか。頭の中整理するから」


「わかったわ。連絡待ってる」


 通話を終了し携帯電話を机に置くと軽く息を吐いた。まさか彼女が私のことを好きだったなんて。鈍感だと言われたけれどそんな素振りはあっただろうか。告白されて嬉しい気持ちもあるが、なんだか現実味がない。

 色々な思いを巡らせていると口の中の違和感を思い出した。歯になにか挟まっている。指で挟んで取ると蛍光灯の光にかざした。

 なんだろうこれ。

 薄茶色で細長くてちょっと透けている。まるで。


「髪の毛だ」


 口に出してから隣人の髪色を思い出す。ああ、彼女の髪の毛かな。長いから料理中に入ってしまったのかもしれない。

 折角持ってきてくれたけど人の髪の毛が入った物はあまり食べたくないな。

 どうしようか考えて、捨てることにした。

 ごめんなさい。

 タッパーに入った残りのカレーを流しに流す。するとジャガイモ、ニンジン、玉ねぎに混ざってルーの中から均等に刻まれた大量の髪の毛が出てきた。


「え」


 驚き過ぎてタッパーを流しに落とす。

 まさかとは思い、先ほどまで手をつけていたカレーライスをスプーンでつついた。案の定こちらにも髪の毛は混入していた。

 最近私少し髪の毛切ったんです。彼女の発言を思い出す。最近どころかこれを料理中に切ったのでは。要らぬ想像をしてしまい気持ち悪くなった。

 近くにあったビニール袋を引っ掴み、中に吐く。

 なぜ彼女がこんなことを。

 パニックになった私の頭からは既に、先ほどのまでの電話の内容などぶっ飛んでいた。





 

 その後直ぐに私はそのボロアパートを出て、そしてあの子と同棲することとなった。

 後日隣人のことを別の友人に話すと、入っていたものが髪の毛だけで良かったねと意味深な言葉を返されてしまい、ひと月はカレーが食べられなくなった。



 髪の毛の他に、何か入っていたのか知るのは隣人だった彼女のみ。



 世の中は物騒だ。

 男女問わず気を付けましょう。


読んでいただきありがとうございました。

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