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 朝、なんだか心地よい感触と若干のいき苦しさに目が覚めた。

 目を開けた俺の視界一杯に移ったのは肌色と白のコントラスト。

 一瞬、なんだこりゃ? と思ってから理解した。

 どうやら俺はレリのふとももに顔を挟まれているらしい。白いのは寝巻の短パンだ。

 レリの太ももは傍目にはほっそりとしているが、こうしてみるとなかなかどうして。ムチムチとしていて大変感触がいい。それになんだか良い匂いがする。

 俺の記憶だとレリは結構寝相がよかったはずだが、慣れぬ場所で寝苦しかったのだろう。

 なんにせよ、俺としては何の問題もない。むしろ嬉しいハプニングだ。

 俺はレリが起きるまでこの感触と光景を楽しむことにした。



 ――――そして一時間後、そこには全力疾走する俺たちの姿があった。


「ヤバイヤバイヤバイ~! 初日に遅刻とかシャレにならないって!」


 あれからいつまでも起きてこない俺たちに業を煮やした女将さんに叩き起こされた俺たちは、食うものも食わず宿を飛び出した。

 俺は知らなかったことだが、壁外警邏の仕事は契約の翌日からであり、しかも遅刻するとその日の基本給はなし(歩合給は出る)。また10日以上の遅刻、あるいは3日以上の休みでクビ。その時点で契約違反となるらしい。

 それを知った俺たちは慌てて武器だけ持って宿を飛び出し、現在に至るというわけだ。


「どーして起こしてくれなかったんだよ! ロベルト!」

「し、仕方ないだろ。俺だって寝過ごしたんだよ」


 嘘である。単に魅惑のふとももの感触に時間を忘れて浸っていただけだ。

 ぶっちゃけ、これで遅刻しても後悔は微塵もない。もし明日、同じような事態になったとしても、やはり俺は今日と同じ選択をするだろう。それが、男の生き方だ。


「つうかお前いつもは無駄に早起きで起こす必要なんかないじゃねえか」

「今日はなんか変な夢見て寝覚めが悪かったんだよ!」


 と、その時鐘の音が街に大きく鳴り響いた。一回につき一分なるこの鐘が三回鳴り終えた時、俺たちの遅刻が確定する。


「あ~~~! ヤバい!~~!」


 もうこりゃ無理だな。焦るレリをしり目に俺はもう諦めムードだった。


「あっ、そうだ! 閃いた!」

「おっ?」


 レリはクルリと反転すると俺の背におぶさってきた。熱めの体温に今朝の感触を思い出しちょっとドキドキ。


「さぁ、ロベルト! オドを使うんだ! それなら間に合う!」


 その手があったか!


「ってんなこと言われてもいきなりできたりしねーって」

「昨日は出来たじゃん!」

「ありゃ精神集中する時間があったからで、こんな余裕がない時は無理だっつの!」

「うるさい! つべこべ言わずにまずは試せ!」


 クソ、どうなっても知らんぞ!


「うぉぉぉ! なんか出ろ!」


≪【オド】の生成意思を確認。アシストプログラムを稼働します≫


「うわ! マジで出た!」

「やるじゃん、ロベルト! さぁ行け! ロベルト号!」

「ヒヒーン!」

「うひゃー! マジで早い! サラマンダー(アードリアン様の愛馬)より、ずっとはやい!!」


 なんかやめて、それ。


 道をレリを背負い駆けていく。今の俺には街往く人々は止まったように見える。混雑した人込みの隙間を縫うように駆け抜けると、まるで自分が風になったかのように錯覚する。


「あ、二回目の鐘が鳴った!」

「しゃーない、レリちゃんと捕まってろよ!」


 俺は大きく跳躍すると建物の屋根に飛び乗り、屋根から屋根を跳躍した。

 こうして人々という障害物を気にせず直線状に目的地に向かったほうが早い。

 そうして数十秒。なんとか三つ目の鐘が鳴る前に門へとたどり着くことができた。

 門には数名の兵士と数十人ほどの傭兵たちがいた。

 レリを降ろし彼らの元へと二人駆けよる。


「すいません! 遅れました!」

「遅い! ギリギリだぞ!」

「すいません……道に迷って」


 実際は寝坊したからだが、もちろん素直に言ったりはしない。


「田舎者はこれだから。もう組み分けは終わっている。今日はお前たち二人でやるんだな」


 そういうと彼は俺たちから興味を失ったように見向きもしなくなった。

 俺とレリは顔を見合わせると傭兵たちの集団の中に混じる。

 傭兵、といっても大体は俺たちと同じ田舎からの出稼ぎ組のようで、碌な装備もなく、酷いのは鍬などで武装しているだけの素人集団だった。彼らはおよそ5~10人くらいのグループを組んでいるようで、それぞれに兵士が一人ついている形となっていた。

 女性の姿はない。そのためか遅刻してきた以上に俺たちは目立っている気がする。特に純朴そうな村人グループのうち何人かは露骨にレリを見て顔を赤らめていた。さりげなくレリを隠すように立ち位置を変えると、視線は刺々しいものへと変わった。

 こりゃ、遅刻ギリギリだったのは案外幸運だったかもしれねぇな。早くきてたら絡まれてた可能性もある。

 そうして周りを観察しているうちに三回目の鐘の音が鳴り終わった。

 先ほど俺たちを怒鳴った兵士が台の上に立った。木箱の上に布をかぶせただけのシンプルな台だ。


「私はアルトリンゲン北門警備隊長クレーメンスである。これより壁外警邏を開始する。諸君らにはそれぞれ決まった地区についてもらう。場所については各班に付いた兵が知っているので指示に従うように。また、兵士たちは共に戦いはするが、諸君らを助けることが任務ではないので勘違いはしないように。注意として、討伐した魔物の数に応じて歩合給が発生するが、証明部位がないものはカウントしない。しっかりと回収するように。終了は就業の鐘の音と同時だ。では解散!」


 解散の声と共に傭兵たちは兵士に率いられ散っていく。


「あの……」

「なんだ……ってお前たちは遅刻ギリギリだったものか」


 クレーメンスは不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「すいません、俺たちの担当はどこに?」

「お前たちに付けられる兵士の空きはない。適当に遊撃として自由に見て回れ」


 遅刻ギリギリだったからかクレーメンスの態度はどこか冷たい。

 が、レリは気にした風もなく問いかけた。


「証明部位ってどうやって知ればいいん?」

「初回の貴様らが成果をあげられるとは思えんが、……まあいい。各証明部位はこの紙に書いてある。終わったら返せ、無くしたら今日の基本給は吹き飛ぶと思えよ」

「おー、ありがと。おっちゃん」

「おっちゃ……口の利き方には気を付けろ! ったくこれだから礼儀を知らん田舎者は」


 そういってクレーメンスはぶつぶつ言いながら去っていった。


「なんかいきなり偉い人に睨まれちまったみたいだな」

「平気平気。ちゃんとやってるうちに見直してくれるって」

「そうかねぇ」

「そんなことより早速仕事始めようぜ。サボってた方がまずいって」

「それもそうだな」


 頷き、適当に街道沿いを歩き出す。


「そう言えばさぁ、さっきは凄いあっさりオドを使えたよね」

「ん、ああ、そうだな」

「もう慣れたん?」

「慣れたっつうか。……ちょっと試してみるか」


≪【オド】の生成意思を確認。アシストプログラムを稼働します≫


「あ、出た」

「ああ、なんか、あっさりだな。体が覚えたのかな」


 微かに赤い靄が出始めた両腕を見つめる。でも、なにか最初時ほどは力が漲ってこない気がする。力の源泉が体の奥底に在って、そこから上澄みだけが出てきている感覚というか。

 まぁそれでもかなりの力を感じるのだが。


「ニハハ、なんにせよ、自由に使えるようになったなら良かったよ。振り回されるほどの力ならない方がずっと良いし、それができないなら何としても制御しなきゃいけない。でなきゃ……待つのは破滅だからね」

「レリ……?」


 そう語るレリの貌は常の能天気なものではなく大人びていて、その眼はどこか昏く、そして蠱惑的だった。

 初めて見るレリのその表情に、俺は戸惑いを覚えた。


「どった?」


 きょよんと首を傾げるレリ。その顔は見慣れたどこか抜けた笑顔だった。


「いや、なんでもない」


 気のせいか……。

 もしレリがいつもと違う風に見えたなら、きっとそれは俺が変わっただけだろう。短い間に、いろいろあったからな。


≪――――敵性脳波を感知、護身プログラムを起動します≫


「ん!?」


 身体が勝手に槍を構え、警戒態勢となった。

 この変な感覚は、あの時と同じ……。


「どうしたッ? 敵来た?」


 レリも慌てて弓矢を構える。

 敵の姿は見えない。だが、今の強化された感覚は枯草の中の微妙な違和感を見つけ出した。

 1、2、4、……7体。犬ほどの大きさの何かが、草むらから俺たちを狙っている。

 数で優っているのに襲ってこないのは、襲う前に気づいた俺たちを警戒してるから。

 臨戦状態に入ったことで、自然と心臓の脈動が早くなっていく。それに伴い供給されるエネルギーも増加。新たなエネルギーは主に感覚の強化に割り振られ、研ぎ澄まされた聴覚は敵の心臓音も聞き取れるまでになり、疑似的な読心を可能とした。

 警戒と欲望が敵の中で鬩ぎ合う。――――敵を倒したい。倒し満腹になるほど血肉を啜りたい。共食いで生き繋ぐのももはや限界。ここで食えねばどうせ飢えて死ぬ。――――だが倒せるのか? 敵は二体だが襲う前に気づいた。侮れない敵だ。ここは引くべきかもしれない。弱い敵はいくらでもいる。わざわざ強い敵に当たることもない。

 思考のシーソーゲーム。それを俺は冷静に、それでいて興味深く観察していた。心拍音だとか、汗の匂い、かすかな体の震えが、言葉無き動物たちの言語として変換される奇妙な感覚。それに夢中になっていた俺は、レリから注意をそらしてしまった。


「ロベルト……」


 レリがかすかに怯えた声を出す。ハッと我に返った。

 天秤が傾く。――――怯えた。強者は怯えない。怯えたならば弱者だ。弱者は餌。我々が餌を怯える必要などどこにもない。

 撤退と戦闘。釣り合っていた両天秤は一気に戦闘へと傾き、そうなれば野生の者たちは早かった。

 枯草から次々と飛び出してくると我々に襲い掛かってくる。その主な標的はレリ。怯えているものから始末していくのもまた、本能。俺はレリの前に庇うように立つと、姿を現した敵すべてを槍で払っていった。

 敵の正体は中型犬ほどもある巨大なネズミ、ドッグラットだった。肉食で、性格は極めて獰猛かつ狡猾。弱いものを積極的に狙うその性質から、被害に遭うのは女子供が多い。ゴブリンと並ぶ人類の敵だ。

 打ち据えられたドッグラットは悲鳴を上げ地面にたたき落されるも死んではいない。理由はうまく穂先を使えなかったのもあるが、単純に威力不足だ。軽い棒で叩いても威力はたかが知れている。俺は内心で舌打ちしてオドを槍へと注ぎ込んだ。

 俺の経験不足による失敗は、しかし致命的なものではなかった。即死ではないといっても骨は砕けておりネズミたちの動きは鈍い。そこに立ち直ったレリの矢が一本づつ確実に撃ち込まれていく。3体ほど死ぬと、ネズミたちも逃げようとするが逃がす理由はどこにもない。一足飛びで間合いを詰めると作業的に槍で串刺しにしていった。


「ふぅ~…………」


 すべてを片付け、辺りに敵がいないことを確認すると一息ついた。


「お疲れ、ロベルト」

「おう、そっちもお疲れさん」

「なーなー、アタシ達もしかして、さいきょーかもー」


 美味いことドッグラットを倒せたレリはご機嫌だ。


「かもな。予想以上に楽ではあった」


 槍の強化を忘れるという失敗はあったが、それでも尚楽勝だったことを考えれば俺たちの力量は少なくともこの辺に出る魔物に劣るものではないということなのだろう。


「えっとドッグラット7体だから3500エーンか。初めて数分でこれなら結構良いペースじゃね?」

「だよな。さすがに連続して出会うことはないにしても30体は終わりまでに倒せば一人日給合わせて10000エーンだぞ」

「日給の相場の二倍! テンション上がるぅ~!」


 一日1万エーン。一週間で7万エーン。ひと月30万エーン。うち半分を村に仕送りするとして残りは15万エーン。そのうちいくら宿代として出すかは知らないが、十分遊ぶ金はある。

 そう考えると、地面に転がるネズミたちの死骸がデカイ銀貨に見えてくるから不思議だ。


「レリ!」

「ロベルト!」


「「狩るぞォォォ~~~!!!」」


 俺たちは、天へと吠えると勢いよく駆けだしたのであった。





 

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