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「んで、ロベルトはなんかやりたい仕事でもあんの?」
「それが今のところなんもないんだよな」
レリと二人、女将さんに見送られ宿を出て、宛てもなく歩きながら話す。
「ん~、ロベルトは地頭は弱くないとは思うんだけど、いかんせん教養がないから頭を使う仕事は無理そうだよね」
「それは俺もそう思う」
「となると肉体労働系になると思うけど、それでいてアタシも一緒にやれる仕事となるとやっぱ限られてくるよな~」
ちょっと待て。
「え? お前、俺と同じ仕事やんの?」
「え? やらないの?」
いや、そんな不思議そうな顔されても。
「お前ならもっと楽な仕事あるだろ……っていうかお前働く必要なくね?」
レリは確か行商人用に毎回お小遣いもらってるし、今回ここに来るってことで結構な額をもらっていたはずだ。
「そりゃ遊ぶお金には困ってないけどさ、一人じゃつまんないし」
「お前なー、出稼ぎは遊びじゃねぇんだぞ」
「でもロベルトと一緒ならたぶん楽しいっしょ?」
ぬ。
にへら、と笑うレリに思わず押し黙る。
「つーわけでなんか二人でできる仕事探そうぜ。案外二人だからできる仕事もあるだろうしさ」
「……しゃーねーな」
結局いつも俺が折れるんだよな。まぁ嫌じゃないんだけどさ。
「とりあえずさ、カール兄が言ってた傭兵ギルドに行ってみようよ。警備隊の仕事もそこから委託で来てもらってるって言ってたし、他にも仕事があるかもしれないしさ」
悪くない提案だ。俺は頷くと歩き出そうとして、立ち止まった。
「傭兵ギルドってどこよ?」
「聞けば?」
◆
街往く人々に幾度か無視されようやく捕まえた親切なご老人に道を教えてもらい何とか傭兵ギルドへとたどり着くことができた。
といっても見掛けは完全に酒場で、木製のドアは半壊し中の様子は丸見えとなっていた。
中では昼間だというのに赤ら顔で飲んだくれている中年男たちがたむろしており、一見してだと入るのに躊躇う空間と化していた。
「たのもー!」
そんな空間に躊躇なく踏み込んでいく能天気娘が一人。
おっさんたちの視線がこちらに痛いほど集中した。
慌ててレリの袖を引き小声で話しかける。
「おまっ、何いきなり目立ってんだよ」
「ヘーキヘーキ、いざとなればロベルトがついてるし」
「俺頼みかよ!」
一人だと割かしビビリなのに俺と一緒だと無意味に気が大きくなるのはレリの悪癖の一つだ。
「なんだぁ? ここは坊主たちみたいなガキの来るところじゃねぇぞ」
ひげ面の熊みたいな大男がヨタヨタと覚束ない足取りでやってきた。
「なーなー、アタシたち出稼ぎでこの街にやってきたんだけど、なんかいい仕事ない?」
「随分人懐っこいお嬢さんだな……まぁいいや、とりあえず一杯おごってくれや、それがここの流儀だぜ」
「おっぱいでもいいけどな!」
後ろのテーブルからそうヤジが飛ぶと酒場中が爆笑の渦に巻き込まれた。
「おっぱいは嫌だけど、ビールくらいなら良いよ。マスター、ビールをこの強そうな人に一杯お願い」
「肝っ玉の強いお嬢ちゃんだ、まるでうちのかあちゃんみたいだぜ、気に入った! なんでも聞きな!」
そういうとおっさんは手近なテーブルに腰掛けると運ばれてきたビールを一気にあおった。
「さぁて、何が聞きたいんだったか。そうそう出稼ぎだったな。つってもここで紹介されんのは大抵が荒事だ。お嬢ちゃんみたいなのはどっかの酒場かなにかで働いた方がチップで稼げると思うぜ」
「働くのはこのロベルトだよ。アタシはその手伝い」
「コイツがぁ?」
そう言っておっさんは俺を品定めするようにじろじろと眺めると、フッと興味を失ったように目をそらした。
「コイツじゃ無理だろ。タッパ(デカさ)はあるが戦う奴の身体つきをしてねぇ。それに度胸もなさそうだしな」
「ロベルトは結構強いよ」
「ほーん」
全く信じてなさそうなおっさんだったが、俺のことなど心底どうでもいいのか特に反論することはなかった。
「ま、いいや。ホントに戦えるってんなら警備隊の仕事をすりゃあいい。壁外警邏、なんて小難しい言い方をしてるが実際は街の周りの魔物駆除の仕事だ。倒せば倒すだけ金が入ってくる。護衛なんかの仕事も紹介してるがそっちは見掛けも重要だからお前らには無理だな」
「ふんふん」
レリがおっさんの言うことをメモしながら聞いていると、おっさんは目を眇めて言った。
「字が書けるなら尚更良い仕事が他にあると思うがねぇ。ま、いいや。もし傭兵になりたいならマスターに言いな。なるだけなら3歳児でもなれるのが傭兵だぜ」
それだけ言うとおっさんは元居たテーブルへと帰っていった。
レリはその背にありがとうと声をかけるとメモ張をしまった。
「じゃ今度はマスターに話を聞きに行ってくるか」
そういってずんずんとレリは進んでいく。俺は慌ててその背を追いかけた。
「マスター、壁外警邏の仕事がしたいんだけど」
「……この紙にサインをしな。文字が書けないなら100エーンで代筆してやる」
「大丈夫」
そういってレリは紙を手に取り、文字が読めない俺のためにわざわざ読み上げてくれた。
「えーと何々? 日給アガサ銀貨一枚+歩合制。日給がちょっと低いな。歩合制は……魔物の種類と数によって違うのか。ドッグラット一匹500エーン。ゴブリン一体2500エーン。オーク一体10000エーン。その他の魔物は討伐時に査定、って……ドッグラット5体かゴブリンを一体倒さなきゃ他の仕事の日給にも届かないじゃん。オークなんか素人じゃ絶対倒せないし」
オークは正規兵3人と同等の戦力があるといわれる魔物だ。それが10000エーンとは。はした金で命を賭けろと言ってるようなもんだ。つくづく人の命が安い。
「嫌ならやめろ、他の仕事を探すんだな」
「こんな条件で人が集まってくんの?」
「誰もが文字を読めるとは限らん」
ヒデェ。
「ま、いいや。ロベルトなら平気でしょ」
「なに?」
驚きに目を見張るマスターの前でレリはさらさら~っと俺とレリの二人分の署名をしてしまった。
マスターは眉をしかめながら羊皮紙を受け取るとため息をついた。
「文字が読める教養があるくせにここまで頭が悪いとはな。宝の持ち腐れという奴か」
「ちゃんと理解してるから大丈夫だよ」
「……わかっていると思うが、最低一つは勤務しないと契約違反で借金を負うことになるぞ」
「平気平気」
いや聞いてない。平気じゃない。
「お、おい、レリ! 借金って」
「大丈夫だよ、ちゃんと勤務すれば」
そういってレリは俺に耳打ちをする。
「(違約金だってアタシの所持金のうちだし)」
なら良いか……いや、良くない。なんで出稼ぎに来て金が減るかもしれない仕事しなくちゃいけないんだよ。
「なぁレリ、今からでも頭を下げて……」
「ロベルト」
レリが俺の目を見つめていた。
そのまっすぐな視線に思わず口を噤む。
「大丈夫だって、アタシと二人ならさ。それに……」
「それに、なんだよ?」
「それに、ロベルトは少しでも戦いの経験を積んで強くならなくちゃいけない気がするんだ」
なんだそりゃ、と鼻で笑うことはできなかった。
レリの感は結構当たる。そしてそれを無視したときは必ずといっていいほど痛い目に遭ってきた。
「わかったよ……」
俺はしぶしぶ頷くのだった。
◆
酒場を出た俺たちは、次は武器屋へと向かった。
さすがに魔物と戦う以上、ちゃんとした武器がないと心許ないからだ。
そうして武器を探しはじめてようやく先ほどの署名が早まったものだったと実感した。
高かったのだ、武器がべらぼうに。
最も安く、碌に戦えそうもないスモールソードの値段が50万エーンだった、といえば俺の後悔が分かってくれるだろう。
仕方なしに俺たちは表通りに並ぶ信用出来そうな武器屋を諦め、裏路地にある武器屋を探し始めた。
姿は見えないのに確かに感じる視線におびえながら店を探すこと一刻(約30分)。
鉄を打つ音を響かせる店らしき家を見つけた。
最初は看板も何もないので民家かとも思ったが、よく見ると地面に看板が落ち埋もれていることがわかり、店であることが判明した。
かなりの不安を抱えつつ、背に腹は代えんとレリと二人店内へと足を踏み入れた。
店内は、外観からは予想できないほど整然と武器が並んでいた。床板や壁はかなりボロイが並ぶ商品はどれも磨き上げられ店主のこだわりが伺える。
カウンターには小柄な女性が退屈そうに頬杖とついていた。
「おや、珍しい。お客さんかい」
そういってこちらへ歩いてきた女性は、はっきり言って奇妙だった。身長は子供ほどしかないにもかかわらずその顔は中年の女性そのもので、胴体はずんぐりと太い。一目で違う人種ということが見て取れた。
「あの、もしかしてここはドワーフのお店なんですか?」
レリが遠慮がちに問いかけた。
「ドワーフ?」
「そういう種族がいるんだよ。身長は子供並みだけど人間の数倍は力持ちで鍛冶や細工のセンスに優れてるんだ。だからドワーフの鍛冶屋っていえば大抵は一流を指す……んだけど」
店内を見渡すレリの声は後半しりすぼみになって消えた。
そんなレリにドワーフの女性は快活に笑った。
「安心おし、うちのとーちゃんは商売が下手なだけで腕自体はちゃんとドワーフのものだよ。んで、今日は何がほしいんだい?」
「えっと、こっちのロベルトになにか武器を見繕ってくれないかな。初心者でも扱いやすくて頑丈で、それで、その……なるべく安いのを」
「ふむ……」
ドワーフの女性は顎に手を当てこちらをじろじろと観察し始めた。
なんだか今日は観察されてばかりだ。
「うーん、まるっきり素人だね。大方魔物狩りでもしようってんだろうけど、アタシはお勧めしないねぇ」
「……こう見えて紅玉士っていっても?」
「お、おい!」
唐突に俺が玉士であることをばらしたレリにぎょっとする。
別にバレルとまずいわけではないが率先してばらすことでもない。人の妬み嫉みは恐ろしい。それは、素朴なアードリアン村にもあったものだ。ましてや街ともなれば、創造するだに恐ろしい。
「へぇ、玉士。なるほど、それじゃあ見掛けじゃわからない」
ドワーフの女性は先ほどとは違う鋭い視線で俺を見た。
そして奥から一本の槍を持ち出してきた。2mほどの装飾も何もない極めてシンプルな槍だが、奇妙な点が一点。柄から穂先まで同一の黒い金属で作られているのだ。それが蠱惑的なまでに目を引き付ける。魔性の品だった。
「これは黒玉鋼で作られた槍さ。うちの最高傑作だよ」
「黒玉鋼?」
「知らないのかい? 強い魔物はね、玉士と同様黒い玉を体内に有するのさ。その魔物からとれた玉をある金属と混ぜ合わせることで玉士専用の武具となるんだよ。さ、アンタが本当に玉士だってんならこれにオドを流し込んでみな」
「いや、んなこと言われても……」
急にオドとか新しい設定を持ち出されてもオドオドすることしかできませんわ。
「アンタ、紅玉士ってのは嘘かい?」
「目覚めたてなんだよ。はっきり言って玉士って名前くらいしか知らない」
「ふぅん。まぁとにかく一度発現したことはあるんだろう? じゃあその時のことを思い出しな」
あの時のこと……。
俺は目を瞑るとあの時の心臓の脈動やあふれ出た力のことを思い出した。
………………何も起こらない。
考え方を変えてみる。
あの時力が溢れ出したのは、そう、確かレリが危ないと思ってからだった。
その時の感情が自然と再生される。胸がギュウっと締め付けられたかと思うと嫌な汗がじっとりと背中に浮かぶ。そして緩やかに心臓が脈動を早め始めた。
≪対象からエネルギー反応を確認。観測のためエネルギー供給を補助します≫
ふと頭の中で何かが聞こえた気がして、目を開けた。
するとそこには驚いた顔のドワーフの女性と満足げなレリの姿があった。
自分の姿を見下ろす。微かに赤みを帯びた蒸気が全身から立ち上っている。身体に活力が満ち溢れているのが分かった。
「こりゃ驚いた。本当に玉士だったとはね。さ、この槍を持ってみな」
言われるままに槍を持つ。槍は軽くまるで羽を持っているかのように存在を感じない。
「オドを流し込むんだ。そうすることでその槍の本領が発揮できる」
「どうやって?」
「どうやってって……アタシにわかるわけがないだろう。玉士じゃないんだから」
「…………」
「…………」
気まずい沈黙。
「とりあえずその靄みたいのを槍に注ぐみたいにしてみたら?」
「やってみる」
あふれ出てる靄が槍に流れていくようなイメージ。
しばらくは何も起こらなかったが、徐々に靄の量が減っていく気がした。それと同時に若干槍が重くなっていく気がした。
「なんか、槍が重くなってきたような……」
「おお! 成功したかい! それが黒玉鋼の能力だよ! 注ぎ込まれたオドの量に応じて硬度と重量を増ししていくんだ。玉士のためだけの武器さ!」
硬さは良いとして重さも増えるのかよ。
「馬鹿だねぇ。威力ってのは速度と硬さと重さで決まるのさ。破城槌を知ってるかい? 重い、ってのはそれだけで脅威なのさ」
そういうものか。
「うちにある黒玉鋼の武器が槍でよかったよ。槍なら初心者でも扱えるからね」
「槍って初心者向きなのか?」
「そりゃそうさ。長いってのはそれだけで有利だし、点の攻撃は一点に力が集中するから威力も高い。ちなみに槍で一番強い攻撃は振り下ろしだよ。遠心力がついてえげつない威力になる。はっきり言って剣は玄人好みの武器だね、初心者には向かないよ」
「へぇ~」
「で、お買い上げってことでいいのかい?」
「うん、これいくら?」
「1000万エーン」
「……なんて?」
「1000万エーン」
俺とレリは顔を見合わせると同時に回れ右をした。
「「失礼しました。また今度」」
いやぁ良い思い出になった。さてどこかで安い槍でも探すか。
「あ~、待ちな待ちな! 何も一括で払えなんて言わないよ。分割でいい」
「分割だって無理だっての。何代かかるんだよ」
「アンタが本当に紅玉士ってんならすぐだよ、すぐ。特に取り立てにもいかないからさ、デカい収入があった時に、余裕の中から少しづつ払ってくれりゃあいい。それなら良いだろ?」
「……どうしてそこまでするんだ?」
はっきり言って好条件過ぎて怪しい。
「そりゃあここに置いておいたって一エーンの得にもならないからさ。それにここは治安が悪い。いつ盗みが入るかもわからないしね。なら早いうちに有望株に押し売りしちまった方がいいってものよ」
「うーん……レリ、どう思う?」
「……本当に取り立てしないってなら悪い話じゃないと思うけど」
「しないしない。契約書も書かせないし、利子を取ったりもしないよ。ただここまでするんだ、アンタたちにも誠意ってもんを持ってもらいたいね」
「具体的には?」
「そうだねぇ、玉士なんだから一週間に1万エーンは楽勝だと思うけど、まぁ最低でも月1万エーンは払ってもらえるとアタシとしては安心できるね」
「それくらいなら……まぁ」
「決まりだね、毎度アリ!」
その後彼女の勢いに流されるように槍用の鞘とレリの替えの弓矢を買わされた後、俺たちは宿への帰路に就いた。
すでに外は日が暮れはじめ道を夕日が紅く照らしている。
「うーん……つい勢いに負けて買っちまったけど、本当にこれでよかったのかね」
「って言っても契約書もないし、踏み倒そうとすれば踏み倒せるんだよね」
「盗品って可能性は?」
「一応銘が刻んであるし、アタシが見た限りでは店の商品はどれも同じ銘だったからその線は薄いかも」
「うーん、ほんとに青田買いだったのか?」
「そう考えるのが精神的には楽だよなー」
「……ま、なんにせよ武器は手に入ったし、ガンガン稼いでちょっとづつ返してかないとな」
今は武器が手に入ったことを素直に喜ぶことにしよう。
それに、なんとなくだが、この槍とあの武器屋には長い付き合いになる気がするのだ。
「じゃあ帰りますか」
「賛成ー」
俺とレリは足取りも軽く宿へと歩き出したのだった。