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「ぬぅ……」
己が数十年の月日をかけて地道に植林し続けたある意味庭とも呼べる森。そこに散乱した無残なゴブリンの残骸に、アードリアン=アデナウアーは小さく呻いた。
上下に引きちぎられたもの、頭を粉砕されたもの、首を引っこ抜かれたもの。どれ一つとってもまともな死に方ではない。
かつては戦場を駆け抜けたアードリアンをしても、それらの死にざまは奇妙としか言いようがなかった。
そしてアードリアンにはそういった殺し方をできる者の心当たりがあった。
アードリアンはちらりと背後を振り返る。
そこには赤子の頃からよく知っている少年がどこか怯えたような暗い顔で立っており、そして隣では自分の最愛の孫娘が少年を守るかのように強い眼差しでこちらを見ていた。
(ふん、そんな眼で見んとも小僧をどうこうするつもりはないわい。全く、可愛い孫娘をたぶらかしおってからに……)
内心でそう呟きながらアードリアンは二人の元へ向かった。
「ロベルト」
「は、はい!」
「……まさかお前が【玉士】だったとはの」
「…………は?」
そう言って呆気にとられるロベルトの顔はまさに間抜けそのもので、アードリアンはコイツに孫娘を任せてほんとに大丈夫かと心配になった。
◆
あの後村に帰った俺たちは、返り血に濡れた俺の様になにがあったのかと問う村人たちを交わし、アードリアン様の元へと方向に向かった。
報告を受けたアードリアン様の行動は迅速で、武器を取るなりすぐに俺たちとともに現場に直行した。
そうして現場に向かう道すがら詳しい様子を聞いたアードリアン様は徐々に顔を険しくしていき、それに伴い口数も減っていった。
もうその時の俺の心情と言ったら。まさに生きた心地がしないという奴だった。
ご領主であるアードリアン様に睨まれたのなら、いくら俺がレリの幼馴染だといっても追放は免れないだろう。
追放ならまだいい方で、もし化け物扱いなどされたらその場で殺されかねない。
……とはいえこれらの心配は俺の杞憂だったようで。
「なーなー、爺ちゃん。玉士ってなんなんだよ?」
森からの帰り道。レリが先ほどから聞きたくてたまらなかったことを聞いてくれた。
「ぬ。確かにこんな片田舎では聞きなれぬ言葉やもしれんな」
そういうと、アードリアン様は玉士について教えてくれた。
曰く、玉士とは一種の超人である。
玉士は、その身に宿った玉の力により、常人をはるかに凌駕した身体能力、あるいは魔法を行使する能力を有する。
そのどちらの能力を有するかは玉の色によって決まり、紅き玉は戦士の力を、蒼き玉は魔法の力を与えてくれる。
その色に因み、それぞれを紅玉士、蒼玉士と呼ぶ。
「へぇ、じゃあロベルトは紅玉士なんだ」
「恐らくはな」
「その玉士って、結構いんの?」
「む、そうだな。玉持ちは学説的にはおよそ千人に一人生まれると言われておる」
「じゃあ結構いるんですね」
俺はそれを聞いてホッとした。確かに多くはないが、それだけいるならかなり珍しい人、ぐらいで済む。
「じゃが玉士と呼べるものはその十分の一もいないじゃろうな」
「え? どゆこと?」
「玉を持って生まれてもそれに気づかず一生を終える者が多い、ということじゃ」
そういってアードリアン様はこちらをチラリと見た。
それに俺もハッと気づく。
確かに、俺もこの年になるまで自分が玉持ちであるなど知らずに生きてきた。今回のようなことがなければ、おそらくそれはずっと変わらなかっただろう。
「玉持ちが千人に一人生まれるというのは、死後火葬した際に玉が残るからじゃ。玉というのは大抵は脳か心臓にあるでの。生きてるうちに自分に玉があるかは能力に目覚めなくてはわからん。その上、玉持ちのほとんどは貴族の生まれだ。平民にはほとんど生まれん。故に普通の者は自分が玉持ちかなどわざわざ危険を伴ってまで調べようともせんし、大抵のものは玉は貴族の生まれのものしか持たないと誤解しておる。……そもそも玉士という存在すら知らんものもおるしの」
「へぇ……ちなみに平民で玉士ってわかったらどうすんの?」
どこか硬い表情でレリが問う。
「ん……特に法で定められているわけじゃないが、まぁ大体が軍に行くのう。その方が自分の能力を発揮できるし、何より出世しやすい。中には貴族に叙せられるものもおるしの。軍は立身出世の登竜門というわけじゃ。ま、他には傭兵で食っていったり、貴族や豪商の護衛をやったりと比較的自由に暮らしとるよ」
「へぇ~、意外と緩いんだ。よかったな、ロベルト」
「ああ」
「ま、国によっては玉士は強制的に軍へ、なんて国もあるがの。そういう国は不思議と玉士の数が少ないんじゃ。……なんでかわかるか?」
「えー? ……うーん。わかんねー」
「……玉士であることを隠すからですか?」
早々に考えるのを放棄したレリの代わりに俺が答えた。
「うむ。戦いに向いた体であることと戦いに向いた人間であることは全くの別だからの。他にも子供を軍にやりたくない家族が隠したり、ま、色々じゃな。下手に強制して国全体として玉士であることを隠す風潮が生まれるより、一応の自由を保障して玉士であることを自ら明かさせる方が結果として国が玉士を確保しやすくなるんじゃ。不思議なものじゃの」
「なるほど……」
「……ま、なんにせよ小僧が玉士なら大抵のことからレリを守れるじゃろ。街行きは認めてやるかの」
「ホントか、じーちゃん! ヤッター!」
レリは喝采の声を上げると俺に飛びつき抱き着いた。ちょうどレリの豊満な胸部が顔に当たる形となり非常に嬉しい……もとい焦る。
「ロベルト~~、アタシも街に行っていいってよ~。これで街でも一緒だな!」
「お、おお」
いと柔らかし。
「コラッ、年頃の娘が簡単に男に抱き着くなといつもいっとるじゃろう!」
そういってレリを引きはがすアードリアン様。
ああ……素敵な感触がなくなってしまった。
「いーじゃん別にロベルト相手なんだからさ~、ニハハハ」
「まったく……」
アードリアン様は額に手を当て嘆息した。
「……喜んどるところに水を差して悪いが、ロベルトには街に行く前にこの村で一仕事してもらう」
「え? あ、はい。なんでしょう?」
俺はいまだに張り付いていたレリを引きはがすとアードリアン様に向き直る。
「うむ。今回お前の力でゴブリンを5体倒したわけだが、これですべてのゴブリンを倒したという保証はどこにもない。そもそも今回のゴブリンも、はぐれがもともと身籠っていたものなのか、それともよそからさらにはぐれがやってきてつがいとなったのか、あるいはまったく別の群れがそのままここに移譲してきたのか……。答えはわからぬが、一度村人総出で山狩りをせねばならん。だが、わが村には戦えるものは少ない。お前が紅玉士であることが分かった以上、これを活かさぬ選択肢はどこにもない。……悪いが付き合ってもらうぞ」
「はい。もちろんです」
俺は内心の不安を押し殺し、表面上は平静を装ってそう返事をした。
ゴブリンと再び戦うこと、この得体のしれない力を使うことに恐怖を感じなくもないが、ここで村のために戦わないという選択肢はない。
ゴブリンは対処を誤れば村など簡単に滅ぼせる生物災害だ。ここで確実にゴブリンを根絶やしにしなければ安心して出稼ぎに行くことすらできない。
これはこの村で生まれ育った者の義務だった。
「うむ」
そんな俺にアードリアン様は満足げに頷くのだった。
――――ところが、翌日以降に行われた山狩りで、俺たちは一切手がかりを得ることはできなかった。
ゴブリンの集団は愚か、もともとここに住み着いていた慎重なはぐれゴブリンの姿もまた、見付けることができなかった。
そのはぐれが住んでいたと思われる住処は発見することができたものの、そこに残された動物の食い残しからずいぶんと前にはぐれはここから消えた、という推測を立てることしかできなかった。
結果、俺たちは「流れのゴブリンの集団がここにやってきて、元々住み着いていたはぐれは追い出されるか殺された。やってきたゴブリンの集団も小規模でこれ以上のボブリンは存在しないらしい」という結論に落ち着いた。
それがアードリアン様によって直々に発表されると村にはホッとした空気が流れ、些細な疑問や違和感はそれに押し流されることとなった。
この小さな事件がその後の大きな騒乱の前兆であることなど、街行きに浮かれる俺とレリには想像もつかなかったのであった。