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 翌朝、まだ朝日が昇ったばかりの頃、俺とレリはなぜか村はずれの森にいた。

 朝の冬の森は夜の冷気が残っているのか偉く冷え、毛皮のポンチョを着て尚、俺はガタガタと震えていた。

 腰に下げた腰鉈が太ももに当たるたびにヒヤッとして嫌に気になる。

 寒い……寒すぎる。

 俺はこうなった原因のレリを恨めし気に見た。

 レリは俺と同じ格好のくせになぜか全く寒そうではなく普段と同じように飛んだり跳ねたりと楽しげだ。

 

「ニハハハ、見ろよ、ロベルト! レップルの実だ。ガキの頃はよく食ったよなー」


 レリはそう言ってその辺の気になっていた木の実を器用に弓で撃ち落とす。

 レップルの実は、アップルほどの大きさの黄色い果実で、見た目はリンゴのようにうまそうなのに中身はレモンのように酸っぱい。

 味もそんなに良くない上に年中生っているので商品価値も低く、行商人も買わない代物なのだが栄養価は高いらしく、子供が風邪をひいたときにジュースにして飲んだりする。

 もともとこの辺に自生していたものではなくご領主様が自費で苗を買ってきて植林したものが森の外周部となっている。

 この実のおかげでうちの村では風邪で死ぬ子供はほぼいないし、森には動物が多く住み冬でも飢えたことはない。

 領民としては本当に良いご領主様だと思う。

 思うのだが……。


「相変わらず見た目は美味そうだよなー。……あーん」

「あ、おい! 食うのかよ」


 ちょっと考え事していた間にレリがレップルの実を丸かじりにしようとしていた。

 止める間もなく思いっきり噛り付いてしまう。


「ニハハハハ、すっぺー! 久しぶりに食ったけどやっぱすっぺー! ニハハハハ!」

「当たり前だろ? ガキの頃から何度繰り返してんだよ」


 どこまでも能天気なレリを見ているとこっちもだんだん寒さを忘れてしまうような気分だ。


「さ、行こうぜロベルト! なんとしても今日中にゴブリンを退治しないとな!」

「はいはい……」


 どんどんと大股で進むレリの後を追いつつどうしてこんなことになったのか、俺は思い返していた。



「どーしてアタシは街に行けないんだよ、じーちゃん!」


 村の中心、ご領主様のお屋敷で少女の怒声が響き渡った。

 声の主はいうまでもなくレリであり、相手は祖父でご領主のアードリアン様だ。


「街はお前にはまだ早い」


 取り付く島もないとはこのことで、アードリアン様の言葉は突き放すように冷たい。

 とはいえ、レリは別にアードリアン様に疎まれてるわけではなく。


「じゃあなんでロベルトは良いんだよ! アタシと同じ14じゃんか!」

「同じなわけあるか! お前は可愛い女の子であっちはごつい男! 危険性が全く違うわ!」


 単に過保護なだけだった。


「ロベルトがついてるから平気だっての」

「そんなデカいだけでのほほんとしたのがいざというときにどう役に立つというんじゃ。アレにできるのはせいぜいお前の子守くらい。戦いの場では何の役にも立たんわい」


 なんだか俺の扱いがひどい気もするが、まぁ事実だ。実際俺は戦ったこともそういった訓練を受けたこともない。チンピラ相手の喧嘩くらいなら根性次第で勝てるかもしれないが、一度でも徴兵などされて訓練を受けたことのある相手だと勝ち目などありはしないだろう。

 だがレリの見解は違うようで、アードリアン様に噛みつくように吠え立てた。


「んなことねーって! こう見えてロベルトは結構スゲェんだぞ!」

「例えば?」

「……た、例えば? えーっと、例えばアタシが体調悪いとすぐ気づいてくれるし、お腹がすいたら魚とか釣って食べさせてくれるし、いつもなんか面白い遊びを思いついてくれるし、喧嘩したらいつもあっちから謝ってくれるし――」

「あー、わかったわかった。坊主がお前の子守に最適なのはよーく知っとる。だがいまは子守の話じゃなくて護衛の話をしとるんじゃ」

「ロベルトは護衛だってできる! アタシと一緒ならなんだってできる!」

「はぁ~~~~…………」


 もはや理屈もなにもないレリにアードリアン様は深くため息をついた。


「そこまで言うのならひとつ試験をしてやるわい」

「試験?」

「うむ、それは――」



「――村はずれの森にすみ着き始めたはぐれゴブリンの退治、か」


 アードリアン様に出された試験、それは最近になってちらほら目撃されるようになったはぐれゴブリンの退治だった。

 たかがゴブリンと侮るなかれ。物語では雑魚の代名詞として活躍してるゴブリンだが、実際にはなかなかに厄介な生物だ。

 身長は人間の子供並みだが身軽で腕力は成人女性くらいはあり、野生動物並みに気配を殺すのがうまいため森の中では極めて優秀なハンターと化す。

 その脅威度は軽い訓練を受けた成人男性並みといわれ、兵士の練度の目安としてゴブリン殺しがあるほどだ。

 つまり、ゴブリンを一対一で倒せれば新人兵としてなんとか合格。そのくらいの脅威度をもつ生物なのである。

 しかもこいつらは実に厄介なことに繁殖力が極めて高い。妊娠から半年で出産するうえ多産で一度に5、6体は産む。産んだガキは2、3年で成体となり戦えるようになる。その上、そんな生態系をしているもんだからコイツラはとにかく群れる。大体4,5体を目安に群れて行動するのだが、それはもはや軍の班クラス。大体小隊(10班)あれば余裕で村くらい滅ぼせるので班単位で動いているゴブリンを発見した場合そこの領主は借金してでも傭兵を雇ってゴブリンを皆殺しにするのがセオリーだ。

 逆に言えば今回のように一匹で動いているゴブリンの場合、それは群れからはぐれたゴブリンということになる。如何にゴブリンとはいえ一人で繁殖はできないのではぐれ程度なら脅威度は少なく、狩人が見かけたらついで(森になれた狩人にとってゴブリンはさほど脅威ではない)に始末しておく程度だ。

 現に今回のはぐれゴブリンも最初に目撃されたのはもう2,3年前になる。

 とはいえ別にうちの村の狩人が無能だとか見逃してるわけではなく、単純にこの個体が身を隠すのがうまいのだ。

 弱い女子供の前にはチラホラ見かけられるのだが、そういった者たちが襲われただとかは特に聞かず、故に村も本腰入れて討伐とかは来なかった。

 おそらくこのゴブリンは一匹かつ人間を襲わなければ人間側も全力で駆逐しには来ないことを知っているのだろう。

 かなり賢いゴブリンだ。


(それを俺たちだけで倒せって……これって遠回しにあきらめろって言われてんじゃね?)


 かれこれ3時間は森を探索しているが手掛かり一つ手に入れられてない。

 完全に警戒され身を隠されてる。

 元々狩人でもない俺らじゃ気配丸出しだろうし、それに加え向こうに避けられてたんじゃ見つかるわけがない。

 レリはいまだやる気満々で目を皿のようにしてあちこちを見回しているが、俺はもはや諦めムードだった。


「もう良くねーか。ちゃんと街のお土産買ってくるからさー」


 俺がそういうと、レリは歯をむき出しにして怒鳴ってきた。


「良いわけねーだろ! ちゃんと探せ!」

「探せつってもな~」


 無理なもんは無理だ。

 そんな端から諦めムードの俺を見て、レリの形の良い眉が悲しげにたわむ。


「……んだよ、ロベルトはアタシが一緒じゃなくていーのかよ」

「うっ」


 わずかに潤いを増したような瞳に思わず怯んだ。

 いつも元気なだけにコイツの悲しげな顔は罪悪感が来るのだ。


「アタシが逆だったら絶対行かないのに……」

「……悪い。ちゃんと探すよ」

「ニハハ、わかればよろしい」


 パッと顔を明るくするレリに俺はホッとした。

 コイツはこうじゃなくちゃな。いつもアホみたいに笑ってくれりゃあそれでいい。


(さて、やると決めたからには頑張らなくちゃな)


 俺も少しでもゴブリンの痕跡がないかと感覚を研ぎ澄ませる。

 草木のざわめき、小鳥の鳴き声、小川のせせらぎ。聞きなれたそれの中に何か違和感がないだろうかと、耳を傾ける。


≪――――敵性脳波を感知、護身プログラムを起動します≫


「えっ?」

「? どしたん? ロベルト。なんか見つかった?」

「いや、今なんか誰かの声が……」


 聞こえたような。

 そう言おうとした瞬間だった。ヒュッという風切り音がしたかと思ったらいつの間にか俺の手の中に矢があったのだ。

 一泊遅れ、レリに飛来した矢を俺が掴んだのだと理解した。


「……は!? なにそれ、すげー! 今のどうやったん!?」

「俺が一番知りたいわ! つかんなことどうでもいい! 敵だ、敵!」


 はしゃぐレリをしり目に辺りを慌てて見回す。

 敵はすぐに見つかった。矢を放ったらしいゴブリンはよほど驚いたのだろういまだポカンと間抜けに口を開いていた。

 それを見てこちらも心底驚いていた。それはいつもは人を襲わないゴブリンが俺たちを襲ってきたからではない。

 ――――ゴブリンが5体いたからだ。


(なんで……ッ、はぐれじゃなかったのかよ!?)


 話が違う。理不尽な現実に対しての怒りがこみあげてくる。

 一匹のゴブリンなら俺が足止めをして、レリが弓で仕留めれば十分勝機があった。

 だが5体は無理だ。狩りに俺が熟練の兵士でも不可能。それだけ数の不利というのは絶対だ。

 刹那的な怒りが過ぎると今度は絶望が心を満たした。

 終わりだ。俺はここで死ぬ。殺される。ゴブリンの手によって無残に。それは、レリも変わらない。


 ――――レリが死ぬ?


 俺はハッとして振り返り、レリを見た。レリはギュッと弓を握りしめ、怯えた顔をしていた。初めて見る顔だった。


(クソが!!)


 絶望が心から掻き消えた。代わりに宿ったのは怒りにも似た決意。なんとしてもレリを逃がす。心に火が灯った。


 ――――ドクン!


 大きく一度脈動し後、心臓が狂ったように稼働を始めた。流れ往く血液が異常に疾く、熱い。まるで沸騰したお湯を流しこまれているようだ。強制的に熱せられた筋肉が膨張し、湯気となってあふれ出た。


「ロ、ロベルト!?」


 背後からレリの困惑したような声。

 それに背中を押されるように俺は強く一歩踏み出した。

 その一歩は一瞬のうちに10メートルはあったゴブリンとの距離をゼロにし、俺は制御できない力をそのままぶつけるようにゴブリンを殴りつけた。

 轟音。胸を陥没させたゴブリンは弾け飛び、そのまま水平に吹き飛んでいくと大木に衝突。それだけに留まらず大木を粉砕し、上半身と下半身を分断してそのまま森へと消えていった。

 驚愕と恐怖に身を硬直させるゴブリンたちに、俺は次々と襲い掛かる。

 裏拳で頭を吹き飛ばし、一体。回し蹴りで上下を分断し、二体。三体目は頭を引き抜くようにして殺し、逃げる四体目へ投擲。ジャストミート。二つの頭部が衝突し合い、対消滅。これで、お仕舞い。

 ……終わった。

 そう思った瞬間、体に充満していた力がどこかへ抜けていくのを感じる。それと同時に普段の自分が戻ってくる。

 そして気づいた。辺りの凄まじさに。

 俺の周りはまさしく地獄と化していた。とても尋常ではない死体と、その中心に立つ俺。

 なんだ、こりゃ? これ、俺がやったのか?

 手のひらを見る。血に塗れた自分の手。けれど今は見たこともないような他人の手に思えた。

 俺……一体どうしちまったんだ?

 俺の知ってる俺じゃない。自分で自分に恐怖した。体がガタガタ震えるのを感じた。

 

「す……スッゲー!」


 レリの声が静寂を打ち破り、響いた。俺はハッと彼女を見る。


「スゲェよ、ロベルト! 知らなかった、こんなに強かったんだな!」


 レリはかすかに顔を引きつらせて俺のほうに駆け寄ってきた。

 そしていつものように俺の背中を叩きながら言う。


「なんでこんなに強いの隠してたんだよ、教えてくれたってよかったじゃんか」

「あ、あぁ……」


 俺はレリの声がかすかに震えてるのに気付いた。やはり、レリも怖かったのだ。無理もない。俺だって俺が怖いのだから。

 でも彼女はいつも通りに接してくれている。俺が怖くないと全身でアピールしてくれている。

 それで、俺はなんだか救われた気がした。


「行こう。村にゴブリンが班で出たことを知らせないと」


 なんでゴブリンがこんなに出たのかは知らないが、他にもいるかもしれない以上早急にご領主様に報告する必要がある。

 一瞬、このことを隠す、という考えが頭をよぎったがすぐに消えた。ゴブリンは対処を誤れば村が簡単に滅ぶ。俺はあの村が好きだった。


「うん。…………なぁ」

「どうした?」

「ニハハハ、ありがとな。ロベルトのおかげで助かったよ。やっぱロベルトはすげぇな」

「…………ああ。ありがとう」


 なぜか俺はそう答えていた。


「なんでロベルトが礼を言うんだよ、変な奴、ニハハハ」

「だな。ハハハハ」


 冬の森に俺たち二人の笑い声がこだまする。

 もう、恐怖はなかった。




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