第七章 ここは、常識の通用しない世界。
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聖クロイツェフ帝国。
ライフネス地方一帯を圧倒的な武力(この世界には銃器などの武器は存在しなく、魔法のみで戦う『魔法戦争』なのだが)で、屈服させ、支配していった。ここ三年での快進撃である。
というと、三年前まではライフネス一帯の小国と同等の勢力だったのだ。
その快進撃には『冥神の帝王』、そして『七天使』の存在が大きいだろう。
まずは『冥神の帝王』についてだ。彼は聖クロイツェフ帝国の最高権力保持者、すなわち帝王である。彼、いや、彼女かもしれないが、とにかくその帝王は全く表舞台に登場てこない。もはや存在そのものが怪しまれるくらいだ。
ともかく、『七天使』を遥かに上回る精霊力を保持しているといわれ、あらゆる系統のコスト7魔法、さらにはオリジナル系統までを保持する、ライフネス史上最強の魔導師とまで言われている。無論、本当に存在すればの話だが。
ともあれ、彼(彼女)が帝王になってから、聖クロイツェフ帝国の快進撃が始まったのには違いない。
『七天使』について。彼らは七人で結成されている、聖クロイツェフ帝国で最強の魔導部隊の事だ。
七人全員がコスト7魔法を扱える。一人でも、コスト7魔法を扱える者がいれば、小国の一つや二つ容易に滅ぼすことができる。
それが、七人も。
ライフネス地方一帯を支配する事に三年かかれば、長い方だろう。
そして、ライフネス地方で唯一の生き残っているもう一つの王国。
ストラテス王国。
領土でいえば、聖クロイツェフ帝国の20%程度。資源も少なくはないが、地方一の帝国には遠く及ばないだろう。
なぜ、いまだその国が生き残っているかというと、だ。
その国にはもう一人の最強の魔導師がいるからだ。
『冥神の帝王』と同等の精霊力。系統の多様性。かの『七天使』をも退ける圧倒的なその力は、大国に抵抗するには十分だ。
そしてなにより、その存在は確定されている。そこがもう一人との違いだ。
名は、ウィリア=ストラテスと言う。
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そんな話をロッズ司教から聞いた。事態は切迫していて、すごく早口でまくし立てられたが、それなりの事は理解できた。
ようは。
今、ストラテス王国はここら一帯で無双している帝国と唯一張り合い、というか抵抗ができている国で、その抵抗さえもハッタリで成り立っているモノらしい。ウィリアはもうコスト7の魔法は使えないからな。
そして、おそらくそのハッタリが見破られた。今、このタイミングで。
聖クロイツェフ帝国の軍勢が攻めてきた。
これが今の状況だ。
......。いや、ねえだろ。ありえねえだろ!
こっちの世界来てまだ2日目だぞ!? 昨日はわけわからん変装野郎から逃げ回ってただけだし!
ホントもう、返してよ、俺のファンタジーライフ......。
だがしかし、そんな事を言っている場合ではない事ぐらいは分かっている。一応、この国の王子で、次期国王だからな。
という訳で、今現在万里の長城みたいな城壁やこれまた巨大な門の前で戦闘を繰り広げている、我が軍を確認しに来たのだが......。
「おい......、なんなんだよ、これは!」
思わず叫んでいた。そりゃ叫ぶだろう。司会役ラインヘルツの話によると、こちらの軍は約3万。急な事で準備が遅れているようで、まだ兵力はあるそうだ。
だが、そんな事はどうでもいい。
問題は、敵兵の数だ。
その数、わずか七人。『七天使』だった。大軍じゃねぇじゃん。
ドラゴンや、魔神でさえも容易に召喚してしまうというコスト7魔法を行使する七人の力は圧倒的だっだ。
燃えないはずの城壁さえ燃やしてしまう、黒炎。
水鉄砲程度の水量で、人間の脇腹を貫いていく、水柱。
場所など関係なく駆け巡る、紫電。
圧倒的な力の奔流。30000対7なのにも関わらず、戦況は完全に向こうに傾いていた。
さっきのナイトが大軍が来た、と錯覚してしまってもおかしくはない。
負ける。どう足掻いても勝てる訳がない! だって。
「なんだよ......これ。知らねぇよ。なんなんだよ、ふざけんなよ!」
負けたらどうなるんだ? やっぱり俺くらいの地位の人間は処刑されるのか?
いやだ、死にたくない。いやだいやだいやだ。絶対に嫌だ。
でも、じゃあどうすればいいんだ?
勝てない。
それは絶対に変わらない結論だった。
「レイラ王子!どうなさいますか!」
「はぁ!? 俺に指示しろと? 無理だそんなの!」
「で、ですがこのままでは!」
「チッ! ざっけんなよ!」
俺は賢い。偏差値なら70を超えるレベルだ。だけど、そんなモノ、ここではなんの意味を持ってくれない。信長が長篠の戦いで取った作戦を知っていても、戦国時代系のゲームをやっていても、実際にそこに立てるか、というと、立てる訳がない。
逃げたい、ていうかもう死にたい。
そこまで考えたところだった。
「レイラ王子殿!クロイツェフの帝王が!『冥神の帝王』が、話をしたいと申しております!」
「ね、ネフティス、だと!?」
ラインヘルツが叫んだ。確か、『冥神の帝王』って言えば。
聖クロイツェフ帝国を統べ。
あらゆるコスト7魔法を扱え。
けして表には現れない。
そもそも存在するのかも不確定な。
史上最強の魔導師。
「なんでそんなヤツが!?」
「わかりません、講和を望んでいるのでしょうか?」
「あの帝国がですか!?」
「どうすりゃいいんだ......、とりあえず行ってみるべきか?」
今この場にいるのは、俺、赤毛ポニーテールちゃん、ロッズ司教、あとラインナントカだ。
司令塔経験ゼロな俺には全く判断がつかないため、記憶喪失だから、と理由をつけて一緒にいてもらっている。ていうか、俺が何も言わなくても護衛をつけるモノじゃないのか?俺は一応王子だぞ。
話を戻そう。
俺の選択肢は、行くか行かないかの二択。まあ、行かなければこのまま攻撃は続行され、この国は滅びるだろう。
俺だって望んでこんな場違いな所にいる訳じゃないが、それでも人間、責任という言葉があるのだ。
「仕方ない、行くよ。このままじゃ一方的にやられるのは目に見えてる。俺がなんとか話をつけてくる」
「で、ですが、罠の可能性もありますよ」
「我々は王子殿のお命も大切なのです!どうかもう一度お考えを......」
「代役を立てますので、王子様は王室にお戻りください!」
はぁ。なんだってんだ。折角俺が覚悟決めたっていうのに。台無しにしてんじゃねえよ赤毛ポニーテールちゃんよぉ......。
「うるさいな、俺が行く。大体、最高機密みたいなヤツが出て来るってのに、コッチがしょぼいヤツ連れてったらどうなるかぐらいわかんねえのか?」
「ですが......」
「わかりました。なら、一人護衛をつけましょう。レイチェル」
護衛? ていうか、それ普通につくモノじゃないか? オプションじゃなくてさ。
ともあれ、俺の護衛には赤毛ポニーテールちゃんが付く事になった。
彼女がどれだけ魔法を使えるかは知らないが、王子の付き人ともなれば結構なレベルの魔法が使えるはずだ。昨日も守ってくれたし。
「レイラ王子、行きましょうか」
「おうよ」
▼▼
「『冥神の帝王』、ホントに来るでしょうか......」
「わからん。オマエだって見たことないんだろ。テキトウにそれっぽいペテン師を連れてくるかもな」
「ペテン師、ですか」
「まあ、コスト7の魔法が使える事が証明されたら可能性は上がると思うが......」
俺と赤毛ポニーテールちゃんは、向こう側が指定してきた正大門へと急いでいる。急ぐだけ寿命が減っているのかもしれないが。
ともかく、結構距離があるので歩きながらの作戦会議だ。
俺が話をつけてくる、なんてカッコつけたのはいいが、勿論良いアイデアなど微塵も浮かんでいない。
ホント、どうするかな......。
「な、何よこれ!?」
突然赤毛ポニーテールちゃんが叫んだ。俺もそちらを向く。
最初、それは堤防か何かかと思った。
だが違う。
それは。
赤くて黒いそれは。
城壁の周囲に積まれていた夥しい数のそれは。
「そん、な......。これ全部?」
『七天使』に成すすべなく殺された、兵達の死体だった。
体を両断され、顔面をぐちゃぐちゃにされた黒い無数の屍。
そう認識した時にはもう遅い。思考回路がおかしくなりそうだ。神経などとっくにやられている。
こんなの、完全にくるってる! そんな、俺は、死体を見た事すら無いってのに!
死体。一体いくつあるだろうか。
そこまでが、俺の限界だった。
「あ、ああ、あああ」
「れ、レイラ王子?」
「あああああああああああああああああああァァァァァァァァァァァァァ!!!!」
「ど、どうしたんですか!?」
「こ、こん、こんなのに、耐えられる訳がっ、ふざけてんじゃねえよ、おかしいだろこんなの! 人を殺しちゃいけないんじぇねえのかよ! それがっ、なんで!!」
「レイラ!しっかりして!」
ここは俺が元いた世界じゃない。ここには魔法があり、それで戦争が行われている世界なのだ。
俺の世界での常識など、通用しない。
その事実が今になって突き刺さる。
戦争。
その言葉の重さが襲いかかる。
「レイラ! あなたは今からこの国の命運を掛けた話し合いに行かなければならないんです! こんな状態じゃ......」
ああ、そうか。俺は、この国が滅ぼされるか生き残るかを決める最後の希望だったのか。
重い。
重すぎる。
いくらなんでも重すぎる。酷すぎる!!
「あなたは向き合わないといけないのよ! それがどんだけ辛くても苦しくても! それが王子の役目なのっ!!」
「......っ!」
もう一度、死体の山を見る。
その一人一人にどれだけの思いがあったのだろうか。何を願って、恨んで死んでいったのだろうか。
どれだけ、辛かっただろうか。
もう一度、向き合う。
俺は静かに両の手を合わせた。
俺は、例え誰かの代わりであったとしても、この国の王子だ。この国の統治者だ。
彼らのために、責任は取らなきゃな。
「悪い、ちょっと取り乱した」
「だ、大丈夫?」
「ああ、心配ない。さっさと行こう。死んでいった彼らのためにも」
「......はい」
赤毛ポニーテールちゃんはとても悲しそうだった。
だがまぁ......、一つ言っとかないとな。
「あと、言葉遣いは気をつけろよ、赤毛ポニーテールちゃん」
あー、赤毛ポニーテールちゃんってちょっと言いにくいかな......失敗だ。




