第六章 いつもよりも騒がしい朝食だ。
今朝はとても「!」と「?」が多かったな、と俺こと黒瀬君鳥は振り返る。
正直、俺は浮かれていた。なんせ異世界に、それもファンタジーワールドに来てしまったのだから仕方ないのかもしれない。
だとしても、やはり少しばかり考えなさすぎだっただろう。
だってそうだろう?
俺は見たじゃないか。魔法を。
魔法による戦闘を。
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「おはようございます!!」
赤毛ポニーテールちゃんは大扉の中へ叫んだ。その横顔には珠のように大きな汗が浮かんでいる。
大扉の奥に広がっていたのはさっきの部屋よりも何倍も大きな部屋だ。そしてその中央にはどこまでも続いている長テーブル。椅子に座っているのは王族の人間たちだろうか。映画や小説で読んだような風景がそこにあった。
「おはよう、早く座りたまえ。朝食の時間は過ぎてしまっているぞ」
「は、はい......すみません」
そう言って、赤毛ポニーテールちゃんは真ん中の方の席に座った。
さて、俺はどこに座ればいいのやら。一応俺は王子だし、それっぽい席があると思うんだが。
「レイラ王子、早く座ってください。作戦会合の時間が過ぎてしまいますぞ」
白髪の熊みたいにごっつい男が一番近い席を指さしながら言った。おう、俺の席はそこか。てか、なんだよ作戦会合って。
なんか本当に時間がないっぽかったので、とりあえず席につく。全員の視線が俺に集中していて、若干恐怖を覚えた。
俺が席についたのを確認し、白髪のごっついおっさんは、何やら念仏のようなモノを唱え始めた。
リピートアフタミーな感じで他の人たちも唱え始める。怪しまれるとめんどうなので、口パクを利用することにした。
南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏......。
いや、西洋風ファンタジーワールドだからアメーンか?
気付けば、謎の詠唱は終わり、皆が食事を口に運んでいた。
パンっぽいモノがメインで、何の肉かはわからないが肉、トマトっぽい野菜やポテトサラダっぽい白いモノが添えてある、そこまで豪勢な朝食ではなかった。
とりあえず食べてみる。うん、普通においしい。
食事中はずっと無言だった。それに、皆せわしなくいそいそと食べていた。おそらく本当に時間がないのだろう。ひょっとしたら俺の記憶喪失について話さなくてもよくなるかもしれない。まあ、後に持ち込むとさらにめんどくさくなる気がしないでもないが。
うん、おいしいな。このポテトサラダ。なんかパイナップルの味がする。
▼▼
かれこれ十分くらい経っただろうか。また白髪のおっさんが詠唱を始めた。他の人たちもリピートアフタミーする。
南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。
やがて、ごちそうさまの詠唱も終わり、間を開けずに白髪のおっさんが口を開く。
「それでは、作戦会合を始めさせて頂きたいと思います。特別事項がある方はいらっしゃいますか?」
特別、事項。俺の記憶喪失(嘘)もそれに含まれるのだろうか。だとすれば。
「あの、一ついいですか......?」
思った通り、赤毛ポニーテールちゃんだった。司会役の白髪のおっさんが促す。
「大変、申し上げにくい事なのですが......。レイラ王子が記憶を......」
「なにぃっ、まさか! もう起こってしまったというのか!!」
赤毛ポニーテールちゃんの言葉は遮られた。全員が声のした方を見る。
大声を上げ、立ち上がっていたのは、司教のような格好をした老人だった。
白髪のおっさんが問う。
「お、起こったとは、何がですかな!?」
司教は一拍間を開けてから、再び口を開いた。
「ウィリア姫殿の『呪縛』についてはご存じでしょう。先代国王が仕掛けた『呪縛』はレイラ王子殿もが対象だったのです......」
「な、なんだと!?」
「と、言うことは......」
あちこちから発せられる怒号。驚愕の声。なんなんだ? 『呪縛』ってなんだ、先代国王ってなんなんだよ!?
事態は俺の考える遥か斜め上をいっているようだった。ひょっとすると俺はとんでもない事を言ってしまったのではないか?
俺があれこれ考えている間にも事態は動く。
「なんと......、姫殿の『呪縛』は王子殿にも影響を及ぼしていたとは......」
「レイラ様、本当に記憶を失ってしまったのですか?」
突然俺に回ってきた。とりあえず、記憶喪失の方向で合わせるか。
「お、おう。全く覚えてない......」
「なんと......不覚でした......。まさかレイラ様まで......」
「どうすればよいか? やはり姫君のようになってしまわれるのか......」
なんか俺、死んじゃった気分なんだが。それよりさっきから姫姫と話に出てくる姫とは一体? めっちゃ気になるんだけど。
俺の記憶喪失設定はこんな時こそ役に立つのだ。
「ええと、なんの話をしているのか全くわからないんだけど。姫とか『呪縛』がどうとか」
「うむ、作戦会合を中止してでも説明するべきだろう。いいかね、ラインヘルツ」
ラインヘルツ___白髪のおっさんの事だろう。おっさん改めラインヘルツは頷く。
よし。ここから重要な情報収集の時間だ。今のままでは情報が少なすぎる。ペンとメモが欲しかったが、さすがにそんなモノはないだろう。
「レイラ王子殿。あなたの記憶がどの程度失われてしまっているのかはまだわかりませんが、今必要な事だけをお話させて頂きましょう。詳しい事は後ほどレイチェル殿にでもお訊きしてください。では......」
どの程度っていうかもともとそんなモノ存在しないんだけどな。司教が説明を始めようとする、その前に、また別の司教っぽい格好をした老人が手を挙げた。
「『呪縛』について説明するのならば、姫殿もお呼びした方がいいのでは?」
「なるほど。確かに『呪縛』については被術者である姫殿の意見も参考にするべきだろう。レイチェル殿、呼んできてください」
「わ、わかりました」
レイチェル(赤毛ポニーテールちゃん)は大扉を開け、バタバタと部屋を出て行った。思ったんだが、なぜここに姫殿とやらはいらっしゃらないのだろうか。
再び司教が口を開く。
「では、姫殿がいらっしゃる前に話を進めておきましょう。あなた、レイラ=ストラテス殿は我が王国、ストラテス王国の王子であります。そして、次期国王でもある」
「次期、国王?そういえば、ここの国王は誰なんだ? ここにはいないようだけど」
「ふむ、やはりその事もお忘れですか。説明しましょう。先代の国王、ウィリアレス=ストラテス殿は既に亡くなっております」
「なるほど。病気か何かで?」
「いえ、そうではありません」
病死でないとすると、事故か?しかし司教の口から出た言葉は、あまりに予想外だった。
「そうではなく、先代国王は殺されたのです」
「殺された? どうあろうと一国の国王だろ? そんな簡単に殺されていいのか? ていうか誰に殺されたんだ?」
「それは......」
「ロッズ司教、後は私が話す。下がってて」
後ろから、声がした。大扉の方を振り返る。そこに立っていたのは赤毛ポニーテールちゃんと、
「これはこれは!ウィリア殿、おはようございます」
「おはよう」
ウィリア、確かその名前はさっき聞いたはずだ。ええと、誰だっけ?
「おはようございます、姫殿。朝早くから申し訳ございません。事態は急でありまして......」
「......姫?」
なるほど、姫だったか。意外に早いご対面だ。
結構かわいいな。いや、かなりかわいい。さすがは姫様って感じだ。でもなんというか、俺の妹みたいな感じもする。アイツ、全然かわいくないのに。
姫ということは、この子もレイラとそういう関係があるのか?
ウィリアは司会役のおっさんが座っていた席に腰かけた。
「はぁぁ、私もうちょっと寝たいんだけど......。で、どうしたの、お兄ちゃん?」
「......お兄ちゃん?」
「......」
「......」
「ハッ!まさか私のこと忘れちゃったの!?わーたーしーよっ!お兄ちゃんの妹のウィリアよ!」
な、なんだとぉ! そりゃそうか、姫っていったら俺の姉か妹になるのか。それじゃあなんもないな。危うく俺、リア充過ぎて死ぬトコだったぜ!
「悪いなウィリア。先代の『呪縛』とかいうので記憶が無くなったみたいだ」
「な......」
言って固まるウィリアさん。どしたの? 大丈夫?
「姫殿、大丈夫ですか?」
「......」
無反応。
「仕方ないですね、先に話を進めましょうか」
「お、お願いします」
あれ? 姫様、私が説明するみたいなこと言ってなかったけ。まあいいか。
「先代国王の話でしたか。先代国王は、さきほど言いましたが殺されたのです。他でもない、ウィリア姫殿の手によって」
「......は?」
ウィリアが、殺した? 先代の国王を? こんな小さい女の子が? 俺の妹くらいの女の子が?
ありえない。
「嘘ではないわよ、記憶はないけど」
謎の硬直から復活したウィリアが迷いもなく言った。私が殺した、そう言った。
そして、記憶がないとも。
「はい。ウィリア姫殿には先代国王を殺した記憶がないのです。原因はおそらくあの忌々しい『呪縛』です」
「いや待て、そもそも第一条件がおかしいだろ。なんでウィリアは自分の父親を殺さなくちゃならないんだよ」
「そう、ですか。やはり何も覚えていないようですね」
人を殺すなど、ましてや自分の父親を殺すなど、そうそうありえない事だ。
俺には父親はもういないので、理解できないだけかもしれないが。
「理由はなんだ」
「わかりました。では先代国王の話をしましょう。先代国王が犯した大きな過ちについて」
「過ち?」
「そうです。先代国王はもともとは、とても温厚な方でどの民にも平等に優しく接しておられました。国や民のためならば自分の犠牲をも躊躇わない、そんな器の大きなお方でした」
「それがなんの過ちになるんだ? いい王じゃないか」
「いえ、話はここからです。丁度今から三年前でした。ある日、先代国王は突然軍備を拡張すると大臣たちに命令したのです。先代国王は戦争を最も嫌っておりました。なのに、です」
軍備の拡張、それが意味するモノは。
戦争だ。
「その日を境に先代国王は民や大臣たちに対し高圧的になり、民にも森林開拓の重労働や兵役、重税を課すようになりました。私どもの意見は聞いてもらえず、逆らった者へは罰も下すようになりました」
「独裁圧政、か」
「はい、まさにそれでした。先代国王の圧政は日に日に強くなり、私ども大臣や民が最も恐れていた事が起きてしまいました」
「戦争......。なるほど」
「はい。最初は弱い隣国との戦争でした。幸か不幸か我が国には資源が有り余っていましたので、負ける事はなかったのです。しかし、近隣国を全て征服した後、先代国王は聖クロイツェフ帝国を攻めると言い出したのです」
「聖クロイツェフ帝国?」
「はい、今現在我が国が戦争をしている相手国です」
ちょっと待て、この国(確かストラテス王国と言ったか)は戦争しているのか? ということは、昨日俺を殺そうとしていたのは本当に戦争相手だったのか。
今さらになって自分の立ち位置の重要さを理解した。もしあの時、赤毛ポニーテールちゃんが助けてくれてなかったらどうなっていたのだろう。
「聖クロイツェフ帝国は、我が国の東に接する大国、領土で言えば我が国の五倍はあるでしょう。軍備や資源も我が国と比にならないほど豊富ですし、コスト7クラスの優秀な魔法を扱える者多数いるそうです」
「コスト7、だと!?」
昨日の変装野郎は確かコスト3から4の魔法を使っていた。それをさらに上回るコスト7。
「コスト7ってどれくらいなんだ? まさかドラゴンとか召喚したりしないよな?」
「いえ、ドラゴンだけでなく魔神くらいなら簡単に召喚しますよ」
魔神。いやおかしいだろ。そんなヤツ相手にどう戦うんだよ。
だが、魔神×魔神ならなんとかなるかもしれない。
「なあ、ここにはコスト7使えるヤツいないのか?」
「先代国王は扱えましたし、姫殿も少し前までは使えたのですが......」
「少し前?」
「『呪縛』よ。あの呪い、記憶だけじゃなくて精霊力も奪いやがったのよ」
なるほど、その『呪縛』、死に際の最期の一手だったって訳か。ウィリアが国王を殺せたのもコスト7の魔法を使えたからだろう。だがその代償として精霊力を失い、コスト7は使えなくなったのか。
「つまり、今この国にコスト7を使える人間はいないってことか。おい、それ結構ヤバくねぇか?」
「ヤバいわよ。かなりヤバい。クロイツェフに本気で攻め込まれたら終わりね。ぶっちゃけ、負け戦なのよ」
「えらく人事だな」
「人事? 何言ってるのよ。ていうかお兄ちゃんこそ大丈夫なの? 次期国王なんでしょ」
次期、国王。そういえばそんな事を言っていたな。
いや、ちょっと待て。俺はこんな負け戦のまっただ中国王になれってのか!?
無理無理無理!! いやいや、そりゃねえだろう!!
俺はただ魔法と剣のファンタジーワールドで人生やり直してヒロインとイチャイチャハーレムしたかっただけなのに!
なんでそれが軍事記になってんだよぉ。
レイラがなぜ逃げてたのか理解できた気がする。
逃げたい。俺も逃げたい。お願いしますお家に帰してください。神様お願いします!!
バタン!! と突然、大扉が開かれた。部屋に入ってきたのはナイトみたいな格好をした男だ。
「た、大変です!!クロイツェフがっ、クロイツェフ帝国がっ!!」
「なんだ! こんな時に。何があった!!」
「聖クロイツェフ帝国軍が、大軍で攻めてきてます!」
「なぁッ!?」
大軍、攻めてきた。つまり。
俺のファンタジーワールドでのファンタジーライフが、終わりを告げた瞬間だった。




