第二十六章 似非アヴィエイション
ホテルの中は惨憺たる有様だった。
一階から三階部分は木端微塵に吹き飛ばされていて、生き残っている人間はいなかった。血だまりだけができていて、人間の遺体などは残っていない。
誰かが死んだ。普通ならそれだけで震え上がってしまうだろう。だが、私は言わずもがな、レイラもまたそれに関しては無反応だった。レイラもまた慣れているのだろうか。周りで誰かが死ぬという状況に。
「離れるのは危険だわ。一緒に四階から周りましょう」
「いや、それは別に構わんが、どうやって上るんだ?」
そう言えば、そうだったわね。
じゃ、不完全人間紫咲ちゃんの八十八の特技の一つ、見せてやりますか。
「掴まって」
「ええ?」
私は黙ってレイラの袖を掴み、だんっ、と思いっきり床を蹴った。
そのまま、天井を破壊しつつ、一気に四階まで跳ぶ。
「なああああああっ!?」
着地、十点。
「何よ。あなたの世界にはなかったの? 空飛ぶ魔法とか」
じゃさっそく、救助活動といきますか......。
「左眼、リミットレベル2、解除」
「?」
すると今度は視界が切り替わる。透視能力。
これで瓦礫に埋もれた人々を効率的に救助することができる。
「レイラ、そこに一人」
「ああ、任せろ」
うん。このフロアにはあと六人と言ったトコかしら。
手っ取り早く終わらせよう。このホテルは十五階建だ。時間がかかりすぎるのはまずい。
「大丈夫か!?」
さっそくレイラが一人目を瓦礫の下から引きずり出したようだ。
▼▼
四階に残されていた人間のうち、瓦礫に埋もれていたのは二人だけだったので、すぐに済んだ。
五、六階には人すらいないようで、七階には一人だけ。
そのまま私とレイラの救助活動は順調に進み、その間、爆発もなかった。
そして、いよいよ三分の二、十階まで辿りついた時だった。
「なぁ芹、一体何が爆発したんだと思う?」
「一階部分と上階部分......、まず人為的な爆発と考えて間違えなさそうね」
「人為的......じゃあまだこのホテルの中にいたりしてな。その人為的な爆発ってのを起こしたヤツが」
そうね。あんたの読みはおそらく間違ってない。
私は天井を睨みながら叫んだ。
「レイラ、伏せて!」
三度目の爆発。天井が落ちてきた。
「っく!?」
私はレイラの前に立ち塞がり、降り注ぐ瓦礫を弾く。
「お、おい、大丈夫なのか?」
「ええ、心配しないで。私の身体はちょっとばかり丈夫なのよ」
しかし、ここに長く留まってはいられない。敵は、直ぐに来る。
カツン、カツン、と。
砂埃の向こうから、一人の女が現れた。
「あらぁ? 死んだと思ったのになぁー。残念。もぉ一発ブッ飛ばしとく?」
「......誰?」
茶髪でショートカットの女は、フフッ、と笑ってから、右手を親指と人差し指で銃にし、こちらに向けた。
「誰って、......そうねぇ、あなたのオトモダチってトコかしらぁ?」
「誰の手先? お父様から伝言かなにか?」
「フフン、何言ってるのよ。あなたのパパになんて興味ないわぁ。私たちのボスは、あなたの知らない人。あなたが知れるような次元にはいない人間よぉ?」
父の手先じゃない。じゃあ、この女は誰の手先だ?
思考を巡らせる。
父の一般倫理を踏みにじっているあの科学技術は、あくまで父の研究から外へは出ていない。私の家の地下研究所から外部には漏れていない、という事だったはずなのだが。
「あんた、一体何者?」
いや、訊かなくても、大体はわかる。コイツは私と同じ。私と同じ、人間モドキね。
「そうねぇ、ここはカッコつけて言わせてもらおうかしらぁ?」
言って、女はニヤリと笑って、
「もうすぐ死ぬ人間に、言う義理はないんだけど?」
ばん、と右手首を上げた。
「ヤバいッ!!」
ダァアアアアン!! と私のいた場所が爆ぜた。間一髪、爆発の熱で皮膚が焼ける。
「黒瀬君!」
この女の前でレイラと呼ぶのは不味い気がしたので、黒瀬の名を使う。
この爆弾魔、結構やりおる。信号なしで爆弾を起動させているのか、それとも爆弾なしで、爆破しているのか。
「黒瀬君、逃げるわよ!」
「お、おう!」
両腕甲装、プラズマ砲。
まずは一発喰らいやがれ!!
さっきの爆発に負けず劣らずの衝撃と爆音。再び視界が砂埃で遮られた。
私はレイラの腕を掴み、そのまま抱きついた。
「な、なにしてる!?」
「うっさい!! さっさと逃げるのよ!!」
脚武甲装。
だんっ、と思いっきり地面を蹴る。
そのまま、飛ぶ。
「なあああああ!?」
私の背中には機械的な翼が現れていて、両足がジェットエンジンのような役割を果たしている。なんでもいいんだけど、ダサいからいやなのね、この格好。
ともあれ、一気に距離が稼げた。これだけ離れていれば大丈夫だろう。私は近くの高層ビルの屋上に着地した。
「レイラ、大丈夫?」
「がほっ、げほっ!! し、死ぬかと思ったぞ......」
さて、これからどうするか。
あの爆弾魔、どうやら父の手先ではないらしい。だとすれば、誰の手先なのだろうか。
心当たりは全くなかった。
「なぁ芹。君は一体何者なんだ? さっきから状況が読み込めんのだが。これがこの世界の常識なのか? 魔法はないんだろ?」
「......違うわよ。心配しなくても、私やあの爆弾魔がおかしいだけだから」
酔ったみたいに座り込んでいたレイラだったが、立ち上がって私に近づいてきた。
私と向き合って言う。
「違う。俺はそんな事が聞きたいんじゃない。俺が聞きたいのは、君のことだ」
......。
「いいだろ、言ってくれたって。君は俺の護衛らしいからな。信用ならない護衛などつける気はないぞ」
「はぁ......、仕方ないわね。わかった。少しだけ、話してあげるわ」
そうして、私は自身の最重要機密事項を正体不明の多重人格者、レイラ@黒瀬君鳥に打ち明ける。
その一瞬前。
「あらぁ? なんだか私の事、忘れてないかしらぁ?」
な、に!?
なんでさっきの爆弾魔がここにいる!?
「あらあらもしかして、なんでこんな所にいるんだコイツはー、なんて思ってる?」
「なんなんだ、君は」
レイラが女に訊いた。そうだ、コイツは結局なんなんだ?
「ボマーのエリーちゃんよ。よろしくねぇ」
「爆弾魔、あんたの目的は何?」
私のこの身体か。それとも、黒瀬君鳥か。可能性は五分五分だ。
「......両方よ。って、言いたいトコだけど、あなたの方は管轄外なのよねぇ」
そう言って、エリーと名乗った女はレイラの方を指差した。つまり、コイツの目的は私だ。
「と、言う訳でぇ。爆死してちょ☆」
背後のビルが爆発し、夜空に轟音が響く。
地上は大丈夫なのだろうか。ここからは下を見ることはできないし、通行人の悲鳴も遠くて聞こえない。
はっきり言って、このままじゃヤバい。
何がって、いくらなんでも爆発しすぎだ。現実世界にこんな派手な演出はありえないのだ。そしてありえないということは、世間で話題になってしまうことを意味する。それがまずい。下手をすれば、世間が私やこのエリーと名乗った爆弾魔の正体を掴む手がかりになりかねない。それだけは避けなければならないのだ。
「レイラ、スリーカウントで脱出するわ。外にダイブして」
爆弾魔にも聞こえているだろうが、この際どうでもいい。逃げられればそれで良いのだから。
「3」
私は自らの肌を、四肢をメタリックブルーの甲装に変えていく。
両腕甲装、脚武甲装、背翼甲装。さらに左眼を起動させる。
「2」
だんっ、と地面を蹴る。
爆弾魔の足下まで接近する。
そのまま思いっきり蹴り上げた。
しかし、そこに爆弾魔はいなかった。
「1」
爆発と私のガトリング式プラズマ砲が轟いたのは同時だった。
カウントの声と、周囲の光がかき消された。
「0」
レイラが地上へ落ちていったのを確認。私も全速力で脱出する。
二度目の爆風に襲われるが、構っている時間はなかった。
かなり高かったビルからダイブして見た光景は、車道を塞いでいるビルの瓦礫とパニックに陥っている人間たちだった。




