第二十五章 爆発リフレクション
地下鉄の駅から徒歩十分、私が泊まっているホテルがある。
別に高級ホテルなどではなく、ましては最上階でもない、普通のシングルの部屋を借りている。
そして私こと芹紫咲と、黒瀬君鳥ことレイラ=ストラテスはそのホテルの目の前にいた。
「じゃあ、私は荷物取ってくるから、ちょっと待っててくれない? それとも一緒に行く?」
一応、護衛をしているから、できれば目を離したくない。数分で済むことだからどっちでもいいんだけど。
「ああ、わかった。......それより、あの建物はなんだ? この世界に来てからよく見かけるのだが」
と、レイラが指差したのは「L.バーガーズ」の看板だった。
「L.バーガーズ」とは、誰もが知っている大手ファストフードチェーンで、破格の値段でLサイズのバーガーを食べられることで注目を集め、客足を伸ばした。看板商品のLサイズバーガーはなんとお値段税込で110円である。安い。私みたいな学生やサラリーマン層に大人気なのはそのためだ。
ま、安すぎて逆にいろんな噂が立ってるんだけどね。消費期限切れの肉が混じってるとかなんとか。
といったことをレイラに説明し、なら晩御飯ついでに行ってみようということになった。
別に今すぐホテルに戻らないといけない訳じゃないし、お腹も空いていた。
「いらっしゃいませぇ、ご注文お決まりでしょぉか?」
妙に間延びしている店員ね。新人かな? いや、ただやる気がないだけか。ともあれ、定番Lサイズバーガーセットを二つ購入。セットだと一つ400円。ポテトが高いのだ、サイドメニューのポテトが。実はこのセット、全然人気がない。
奥の方の席に陣取ると、レイラは直ぐにハンバーガーに口をつけた。ていうか、漫画みたいにかぶりついた。
「おおっ!? なんだこの上手いティネレーは!!」
漫画みたいなナイスリアクションだ。後で聞いたところ、ティネレーとはあちら側の世界のパンのことらしい。
ま、こんだけ喜んでくれりゃあ、こっちにも奢った甲斐ってモンがあるし、店員さんもさぞかし嬉しいことだろう。
「ねぇ、元いた世界には美味しいものとかなかったの?」
それとなく訊いてみた。異世界文化交流だ。
「いや、あるにはあるがな。王族の俺でも絶品と思える程の料理はあまりお目にかからない。なんというか、真ん中に片寄ってるみたいだな」
「どういうこと?」
「ああ。だからものすごく美味しいものはないが、逆に不味いものもない、ということだ。この緑色のヤツみたいに」
と言って、レイラはハンバーガーに挟まっていたピクルスを摘まみ上げた。こいつ、ピクルスが嫌いなのか。私は結構好きなんだけどね、ピクルス。
納豆がなかなか外国人の口に合わないように、この世界の食べ物は異世界の人間の口には合わないのかもしれない。今度納豆を食べさせよう。
「しかし、ねぇ......」
レイラはもはや必死の形相でハンバーガーをがっついている。それを私はチラチラ見ながら自分のハンバーガーを口に運んでいた。
そこで。
一瞬、ぐらっとした。
「......!?」
地震か。 いや、違う。これは......ッ!?
直後訪れたのは、衝撃だった。
バリィン!! と店のガラスが割れ、それをかき消す爆発音。
「な、なんだ!? 何が起こった!?」
レイラが裏返った声を上げ、我に帰った他の客たちの悲鳴が響く。
一体、何が爆発したのだろうか。ガラスが割れる程の衝撃だ。そこまで距離は離れていないはず。
「レイラ、外に出るわよ」
言って、私はレイラと共に混乱に陥っている店内から抜け出す。そこに待っていたのは。
「おい、芹......。あれは......」
「ええ、ホテルがやられてるわね」
私が泊まっていたホテルの、その上階部分が派手に爆破されていた。
......ッチ、やられたか。
お父様たちを侮っていたわけじゃないけど、もう動きだしたとはね。
マッドサイエンティストの父、芹将二や、彼がつくった人間モドキたち。
彼らは今私と黒瀬君鳥を追っている。何に使うのかは知らないが、どうやら黒瀬が必要らしい。だから私は彼を守るため、動いているのだ。
まぁ、さっさと逃げるに越したことはない。ホテルの部屋残していた荷物は着替えとか歯磨きセットなどの生活必需品ばかりだから、放っておいても問題ない。
「さ、レイラ」
さっさと行くわよ、と言おうとした時だった。いや、言っていたのかもしれない。別の音にかき消されたのだ。
二度目の爆発があった。
「っく......!!」
周囲一体が砂埃に覆われる。
「芹!! 大丈夫か!」
「私は大丈夫よ!」
くそ!
これじゃ何も見えない! ってああ。何やってんのよ私。
こういう時のサイボークでしょうが。
「左眼、リミットレベル1、解除」
直後、視界がクリアになった。それどころか、追加で様々なデータが現れた。
なるほど。次は下階部分が爆破されたらしい。
これはいよいよヤバい。ホテルが倒壊する可能性がある。
「レイラ! 逃げるわよ!!」
しかし、彼はそこにはいなかった。
いつの間にかホテルの方へ駆け出してしまっている。
「れ、レイラ!?」
何やってんのよ、もう!!
「まだ中に人がいるかもしれないだろ!!」
「危ないわよ! また爆発するかもしれない!!」
「心配するな、潜った修羅場の数になら自信がある」
どんな自信だよ。
それにレイラは一つ大きな勘違い、というか見落としをしている。
この世界には「魔法」などと言う、ふざけた法則は存在しない。
その事をレイラは忘れているのだ。向こうの世界でどれ程魔法の才能があったかは知らないが、この世界ではそんなことは何の意味も成さない。
......まったく。馬鹿なの? コイツは。
「レイラ、私も行くわよ。あなた一人じゃ不安で仕方ないわ」
「すまないな......」
「さっさと行くわよ。まだ生きてる人がいるかもしれないからね」
そう言って、私とレイラは危険極まるホテルの中へと駆けて行った。




