第二十四章 黒色イントロダクション
学校からの帰り道。
私は偶然、黒瀬君鳥に出会った。
中背中肉で、顔立ちは結構整っている方だろうか。しかし、それは残念ながら彼自身のどんよりとした瞳によって全否定されてしまっている。よく考えたら、彼のことをこうやって直接観察したのは初めてか。ま、情報収集はしてたんだけど。
と言うわけで!! 第一回、黒瀬君鳥の個人情報大公開大会!!
黒瀬君鳥、私と同じ高校に通う一般的な男子高校生。ただ、高校ととても釣り合いが取れているとは思えない学力を持っている。あのレベルならトップレベルの学校にも通えただろうに。
家庭は至極一般的で、いや、父親がいないのだが、母親と姉、妹の四人家族だ。母親がどうやらエリートのキャリアウーマンらしく、金銭面では不自由していないらしい。
らしいらしいばかりでなんだけど、彼のそういう情報はあまり手に入らなかったというのが正直なところね。
まぁ、彼の深い事情など今は気にならない。
少なくとも今は。
ともあれ、私は下校途中に学校付近のコンビニで、彼を見つけた。
学校を休んで、一体何をしているのだろうか。向こうには向こうの事情があるのだろうか。
私は彼がコンビニから戻ってくるのを待つことにした。
「はぁ......。どうするかなぁ......」
変にウズウズしながら約十分。
小さなビニールを引っ提げて、黒瀬は戻ってきた。
さて、行きますか。
「あ、あの!!」
ゆっくりと、黒瀬君鳥は振り向く。
「......何だ」
真っ黒い瞳で、黒瀬君鳥は呟くように言った。
一瞬、何かに縛られるような錯覚に陥る。
「あっ......えっと、ちょっと時間いいですか?」
あああああっ!! 何やってんのよ私! この場でコクらないと意味ないじゃない! 変に緊張しちゃうじゃないの!!
「? 構わないが」
はぁ。言ってしまったものは仕方ないか。作戦名βに変更よ。
「あーっと、こっちです」
私は彼と最寄りの喫茶店へ向かった。
幸い、客は一人もいないようね。もともと客足は多くないんだけど。
「マスター、オレンジジュース二つね」
こくっとマスターの老人は頷いた。私、常連なのよ、この店の。
一番奥の、入り口から見えない位置にある席に座る。
「で、話ってなんだ?」
「あああああっ、いいいえ、た、大したことじゃなんだけど」
「?」
ヤバい。超テンパっちゃってるよ私! でも言ってやる!!
「あ、あの!」
「どうした」
「ず、ずっとっ、ずっと黒瀬君のことが好きでした! 良かったら私と付き合ってください!」
ああああああああああっ!!! 言ってしまったぁ......。
け、結果は!?
「いや別に構わんが、君」
?
「君、誰だ?」
「え」
予想外の返事だった。何て? 誰だ、って言った?
黒瀬君鳥は、私のことなど全く見ていなかったのか? 同じ学校で、同じクラスで、席が隣ですらあると言うのに?
あり得ない。
「別に付き合うとかは構わない訳だが、生憎俺には時間はあっても余裕はないんでな。......まったく、わからないことが多すぎるんだ。で、君、名前は?」
「えっ、ああ。私は芹。芹紫咲よ」
名前すら、知らなかったのか、この男は。
ていうか。
「ねぇ、黒瀬君。何で今日学校休んだの?」
彼は、真っ黒い瞳でこちらを見据えて、はっきりと言った。
「学校? なんだそれは」
......。
私は一度、頭の中を整理して、黒瀬君鳥の瞳を見る。見透かしてやる。
「ねぇ、黒瀬君」
「なんだ?」
一つの問いかけをする。
今しがた黒瀬がしたのと同じ質問を。
「あなた一体、誰なのよ?」
▼▼
はっきり言うわ。私は全部知ってる。
何もかも知っている。黒瀬君鳥に関して、性格や家庭事情などではなく、彼のその奥に眠っている秘密を知っている。
しかしもう始まっちゃってたかぁ。黒瀬君鳥の多重人格化。
ちなみに、さっきの私の質問に彼はこう答えた。
「さぁな。なんなんだろうな、俺。ま、おそらく君が思っているとおりってトコだよ」
黒瀬君鳥のもう一つの人格。それが今の黒瀬君鳥を支配している。コイツが一体何なのか、本物の黒瀬君鳥の人格はどこへ消えたのか。こればかりは知りようがない。本人に訊けば教えてくれるだろうか。
「芹.....だっけ? 君は俺の正体、いや実質的には黒瀬君鳥で正しいんだが......なぜわかった?」
「こっちの事情、ていうか情報網かしらね」
適当にはぐらかしておく。彼が本物の黒瀬君鳥ならともかく、正体不明の交代人格などに言えた話じゃない。
「ふん......それは訊かない方が良いみたいだな。それで?」
「ん、何が?」
「何がじゃないだろ、なんで俺に近づいて来たんだ。なにやらいろいろ知っているようだが、何が目的だ?」
あらあら。やっぱり私ったら全然信用得れてないみたいね。残念。告白作戦は失敗ってトコかしら。黒瀬君鳥と接触はできたんだから結果オーライなんだけど。
「それとも何だ? これにも答えられない訳か?」
「いや、それくらいは教えてあげるわよ。ていうか、教えないと話が進まないし」
ここで私は一区切りして、
「私の役目はあなたを守ることよ。名も知れない誰かさんをね」
つまり、護衛。
これが今回の仕事だ。いや、厳密には自分で課しているから仕事ではなく単なるミッションなのだが、やはりこれは仕事と言うべきだろう。大体、仕事じゃなきゃ喋ったこともない男子にコクる訳ないし。少なくとも芹紫咲はそんな人間ではない。
この仕事に期日はない。黒瀬君鳥の人格が戻るまで無期限に続く仕事だ。それまでの間ずっと、彼を敵から守り続けなくてはならない。
そう、敵。
深夜のコンビニにたむろしている不良どもではなく、繁華街の奥にいるヤクザでもなく、はたまたチャイニーズなマフィアでもない。FBIにCIA、いやまだ甘い。
私が相手にするのは、例えば、加賀隼のような存在。人間ではない異常な怪奇的な存在。一人で一国の軍隊と匹敵するような、そんな圧倒的な存在。
「護衛、か。黒瀬君鳥はよっぽど特殊な環境にいるように感じるが、これは普通のことなのか?」
「そうね。まず私みたいなのと関わっている時点で普通じゃないわ。で、こっちからも質問なんだけど、ここからはギブアンドテイクでいかせてもらうわよ?」
情報を買うなら情報を売らなきゃね。それがこの世界の常識よ。
「質問1。あんたは一体何のか、教えて」
「ならば、対価としてこの世界の事についていろいろ教えて貰うが、いいか?」
「もちろん」
お安いご用よ。そんなこと。
「俺は、異世界から来た人間だ。向こうじゃ王子なんて呼ばれてた、落ちこぼれの魔導師だよ」
「え? ちょっと待って。あなたはその、えーと......、黒瀬君鳥が作った別人格なんじゃないの!?」
「ああ、違う訳だが?」
マジか。そんな事は知らなかった。
だとしたら大変なことなんじゃないの? 彼が言うことが本当なら、異世界などというファンタジーの産物が、現実のものとなってしまうのだから。
しかも彼は王子、とか魔導師とか言ってたから、つまりその異世界がファンタジー世界なのだろう。
えええー......。
こんなに驚いたのは自分がサイボークだと知った時以来だ。
当の黒瀬君鳥(の交代人格)はと言えば、のんきにオレンジジュースを飲んで「なんだこの飲み物は!?」と私と同じくらい驚いている。異世界の存在はオレンジジュースと同レベルなのか。
「ともかく、俺は黒瀬君鳥と入れ替わってこの世界にいる。なんで彼なのかはわからない訳だが、因果応報の理が通らない時もあるだろう」
「理って......、随分と古い言い回しね。異世界ってトコじゃそんな言い方するの?」
「さぁ? どうだろうな。俺はあまり民衆と接してなかったからわからない。で、それはともかく、他に何もないのなら、次は俺の番だぞ?」
まだ訊きたいことは山ほどあるんだけど.......。
まぁ、後々訊いていけばいいか。そう焦ることはない。
「いいわよ、何でも訊いて」
黒瀬君鳥(の交代人格)の質問は、別に大したものではなかった。私じゃなくても答えられる簡単で常識的なものばかりだった。
この世界の世間一般的な常識。世界を世間と言っているあたりおかしな話だが、世界以上に大きな括りが現れてしまった今、仕方ないだろう。それよりは、私が世間一般を語っている方がおかしな話だ。
語っている以前に、騙っている。
常識はずれが常識を語っている。騙っている。
「そうか、ありがとう」
最後に彼は礼を言った。別にかまわないけど。
「そう言えば、あなたの本名聞いてなかったわね。教えてよ」
そして彼はその正体を明かした。
「俺はレイラ=ストラテス。ついこの前まで一国の王子だったが、今はただの民衆Aだ」
▼▼
「しかし、ここは不思議な所だな」
喫茶店を後にし、建ち並ぶビルの広告を見上げながら、レイラは言った。
まぁ無理もない。私たちにしたら当たり前のことでも、彼にとっては全くもって知らない新鮮な物事なのだから。私は周囲の景色について詳細に説明してあげる。
「ところで、やっぱりこの世界には魔法はないのか?」
丁度地下鉄がホームに入ってきたところで、レイラはそんな事を訊いてきた。
私はホームと電車の隙間を跨ぎながら、答える。
「ないわよ。魔法なんてフィクションの産物なのよ、この世界ではね」
するとレイラはうん、と頷いて、
「なるほど、それは良い」
と言った。
「良いって、何で? この世界にはたくさんいるわよ、そういう超常的で非常識的で非日常的な異分子を望んでいる人たちが」
「そうなのか? だけどそんな物あっても何も変わらない訳だが。というか、かえって全てが悪くなる」
レイラはどこか吐き捨てるように言う。きっと向こうで何かがあったにだろう。誰にでも嫌な記憶はある。勿論、私にだってある。
「で、俺たちは今どこへ向かってるんだ?」
いつもは乗る必要のない地下鉄に乗っているのはこれから向かう目的地が徒歩では少し遠いからだ。二駅である。
「うん、荷物を取りに行くの。置きっぱなしはちょっとヤバいかもしれないからね」
早く取りに行く越したことはない。いつ敵が乗り込んでくるかわからないのだ。ま、今は別に取られて困る物はないんだけど。
「その後は? ていうか、俺はなんで一緒についていかないとダメなんだ?」
「だから言ったでしょ! 私はあなたの護衛なの。ボディーガードなのよ!」
「......そう、なのか?」
イマイチ納得してないみたいだけど、レイラはホントに王子だっだの? 王子って言ったら普通護衛や付き人の一人や二人つくでしょう? 勝手に設定盛ったりしてないでしょうね。
まぁ、こうやって私もレイラを完全には信用してない訳だから、一緒なんだろうけどね。
まともに人間を信用してしまうようでは、この世界では生き残れない。
地下鉄に揺られながら、私はそんな事を考えていたのだった。
黒瀬君鳥の皮を被った男は、向かいの席に座る女性のスマートフォンを不思議そうに見つめていた。
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