第十八章 災厄、再び。
何というか、いろんな意味で複雑な夜だった。
確かに、この街一番の宿には違いない、素晴らしい内装だった。
だがそれ以前に、女の子とホテル(宿です)に泊まっているなんてふざけた状況を受け入れられない俺がいた。
何というか、変な感じだ。
ここのところずっとポニーテールちゃんが俺と一緒に寝ていたので、女の子と一緒に寝ること自体は何ともないのだが。
いくらなんでもねぇ......、こう、なんか、雰囲気が違うじゃん?
「レイラ君......」
「ああ、わかってる」
わかってるよ! なんでベッドが二つしかないんだよ!
もうローズは寝ちゃってるし! 先手必勝じゃねぇんだよ! 襲うぞ!!
まあ、そんな度胸も気力もないんだけどな。
「しかもシングルですね......」
「ああ、わかってる」
まあ、という訳で。
「俺はそこのソファで寝るから、ポニーテールちゃんはゆっくりベッドで寝てくれ」
「......」
「ん、どした?」
「......このっ」
痛......くはないけどペチペチ叩くなかわいいな!
「レイラ君も......」
「ん?」
「うぅぅぅぅぅぅぅ!」
だから叩くなって痛いし!
「れ、レイラ君も一緒に......寝よ?」
「!!!???」
なん、だと!?
今日はちょっと変だぞポニーテールちゃん!!
いつもなら何も言わず俺のベッドに潜り込んでくるくせに!
「ねぇ、ねぇってば」
......、
「だ、大丈夫?」
はぁ......。
「おーい、起きてるー?......えいっ」
ぱっちぃぃぃぃぃん!!
「痛ってぇな! なんだよ、デコピン流行ってんのか!? なんか無駄に威力高いし!」
「えー、だって意識が飛んでたっぽいからさー」
「......起きてるよ。それよりなんだ、ちょっと外でも行かないか?」
この部屋には、王室程ではないが広いバルコニーが設置されている。
まあ、そこから夜景でも見ながら時間を潰そうって魂胆なのだが。
「うん、わかった」
「ていうかポニーテールちゃん、立てるか?」
「もう大分マシになってきたから大丈夫よ」
「そりゃ良かった」
ローズは......放っといていいか。
俺はドアの開け、バルコニーに出る。
「おっ! なかなかの景色じゃないか!」
「おーっ、星がすごい......」
眼下には明りが消え、寝静まった街が。
そして天空にはたくさんの星。
ていうか、この世界にも星があったんだな......。
そう言えば、この世界には宇宙って概念はあるのだろうか。
まず今立っている場所は天体なのだろうか?
「大宇宙の神秘だな......」
「......?」
「あ、悪い悪い。なんでもない」
うん、どうやらこの世界には宇宙という概念は無いらしい。しかし星はある。
これは一体どういうことなんだ?
まあ、そんな事はどうでもいいか。
「綺麗ですね......」
言って、レイチェルは俺の肩に頭を乗せて、手を繋いできた。
......、
何気に女の子と手を繋いだのはこれが初めてなんだよな......まったく、情けない。
そして出来れば繋ぎたくなかった。今すぐ振りほどきたいくらいに。
そうだ。
俺じゃないんだ。
「冷えてくるし、中入るか?」
「......もうちょっとだけ、いいですか」
「......」
だとすれば、この苦しみは罰なのだろう。
彼女を騙し、今も騙し続ける事に対しての、罰。
結局、俺にこの手を振りほどくことなど、出来る訳がないのだ。
▼▼
俺の異世界生活五日目の朝。期限まではあと十七日。
結局俺は、シングルのベッドでポニーテールちゃんと二人で寝た。
何もありませんでした。はい。
体が痛いな......。
寝てる間に蹴られたのか?
まあさすがに、朝起きたら女の子の顔が目の前にあるというのは、心臓に良くないな。
「レイラ」
朝食を食べて、周りの人を『状態透視』で視ていた時の事である。
「ローズか。オマエ今朝どこ行ってたんだ?」
「ええ、ちょっと気になることがあってね」
朝起きた時には既にローズの姿は無かった。
テーブルの上に、すぐ帰ります、と書置きがあったのでさほど心配はしていなかったのだが。
「それで、何かあったのか?」
「......」
「どうした?」
「......大変な事になってた」
「は?」
ローズの表情が変わった。どこか茫然としている。
「私ならそれぐらい予想できたはずなのに! 結局私は自分の事しか考えてなかったのよ!」
「ちょっと待て! 落ち着けローズ!」
ローズは完全に取り乱している。
何があったんだ? 何がローズをこんなにも動揺させてる?
「マグヌスが、皆が......」
だけど、俺だって本当は心の奥では気付いていたのかもしれない。気付いていて、それを無視した。
「『聖呪の苗木』の皆が......、殺された」
「なっ!?」
ローズはその場に崩れ落ちてしまう。
誰が、殺したんだ?
やっぱり狙いは『聖呪の苗木』なのか?
だとすれば、ローズの身にも危険が迫っているんじゃないのか?
「ポニーテールちゃん!」
俺は向こうで飲み物を買っていたポニーテールちゃんを呼んだ。
「ポニーテールちゃんはローズと一緒にいてくれ。俺が様子を見てくる。その間にできれば話を聞いといてくれ」
「え、あ、何の話ですか?」
「マグヌスと『聖呪の苗木』のメンバーが皆殺しにされた」
「!?」
「ポニーテールちゃん、ローズを頼んだ」
俺は宿を飛び出した。
▼▼
走る。
走る。
走る。
とりあえず、昨日俺が目覚めた店まで走った。
だがそこには何もなかった。
「くそっ......!」
昨日ウルエリンクスと戦った拠点跡ならどうだ。
「はぁはぁ......」
何もない。
「くそっ、どこを探せばいいんだよ!」
いや、それ以前に。俺は一体何を探してるんだ?
マグヌスの遺体か? 戦闘跡か?
「......違うな。皆殺しの犯人だ」
犯人。
殺人鬼。
あのマグヌスが殺されたんだ。それはきっと悪魔のような存在なのだろう。
悪魔?
いや、そんな馬鹿な。
だが、可能性としては十分過ぎる程にありえる。
ガブリエル。
またアイツが、皆殺しにしたのか。
だとすれば、早くもレイラの予言が当たってしまったという事か。
ウィリアを救い、『冥神の帝王』を撃破する過程で、絶対に『七天使』と戦う事になる。
その時が来たのか。
あの本物の怪物から、俺はローズを守りきれるのか。
「......無理だ」
無理だ。
けど。
やるしかない。
もう一度、あの悪魔と戦わなければならない。
今度は本気で殺しに来るだろう。
今回のアイツの目的はおそらく『聖呪の苗木』の殲滅。
容赦など、するはずがない。
「レイラ王子!」
フッ、と突然隣に赤毛ポニーテールちゃんが現れた。
「なにかあったのか? ローズはどうした?」
「一回戻りましょう。......犯人はあの天使です。目撃証言が取れました」
「やっぱりか......」
ガブリエル。
蒼い髪にズボンに巻きつけた何本ものベルトが特徴的な、『七天使』。
その力は『神の真意』。神の意志を伝える者。
天使の翼を広げ、力無き者たちを容赦なく殺す。
俺は叫ぶ。
「聴こえているかガブリエル!」
「なっ!?」
「『エシュリオン』はくれてやったが、今回はそう簡単にはやらせないぞ! 首洗って待ってろ!!」
宣戦布告。
聴こえているかは知らないが、これで戦う意思は示した。
もう逃げられない。後には引けない。
勝てる保証なんて無いけど、戦わなくちゃ大切な人が殺される、という保証はある。
だから俺は無謀な戦いに挑む。