第十六章 少女は語る。
「準備が必要じゃ。どちらにせよ、六時間は何もできぬ。若者、おぬしはそれまでに心を整えておくのじゃ」
「わかりました」
なんで。
なんでなのよ。
なんで迷わないのよ。
「なんで......、あなたは迷わないの? なんでそんな簡単に自分の命を差し出せるの?」
私には到底理解ができなかった。
彼女は言う。
「当然じゃないですか。レイラ君は、ストラテス王国を助けるのに必要な人なんです。もし彼がいなくなったりしたら.......、私たちの国は今度こそ終わりです」
「そうだったわね......、あなたたち、王族の人なんだっけ」
「はい」
そう言えば、レイラとレイチェルはストラテス王国の王族の人間で、何か国の存亡に関わるくらい重要な事を頼みに来たのよね。
彼女はたくさんの人の命を背負っている。
もう覚悟なんてとっくの昔に出来ていた。
......なるほど。
ならば、私は私ができる事をしなければ。
「とりあえず、安全な場所に移動しようかの」
「安全な場所?」
「うむ。悪化しないとはいえ、この札を剥がされてしまえば効果は失われてしまうのじゃ」
▼▼
『空間移動』で移動するのはレイラの体に負担が掛かるので、徒歩で移動する事になった。
私たちの拠点は見つかれば直ぐに破壊されてしまうので、この街のいたる所にある。
ここはその『聖呪の苗木』の拠点の一つ。
マグヌスは用意する物があると言って、どこかへ行ってしまった。
という訳で、私とレイチェルは二人、時間をもてあましていた。
「ねえ、レイラは魔法を使えないって本当なの?」
「はい、彼は少し前に記憶を失ってしまったんです。その時一緒に自分の魔法も忘れてしまったみたいで......」
「そうなんだ......」
「でも一応、一つだけ魔法を使えるみたいなんですけど」
「一つだけ?」
「はい。それがその魔法、オリジナル魔法みたいなんですよ」
「オリジナル魔法!?」
オリジナル魔法。
それは類稀なる才能を持つ極々一部の者のみが扱える、唯一無二の魔法。
その魔法を持つ者は、天使の資質があるとさえ言われている。
だがまあ、それ程の実力を持っていたのなら、ウルエリンクスを倒せたのにも納得がいく。
にしても、あの怪物の体ごと消し飛ばす魔法って一体どんな魔法なのだろうか。
「彼から聞いた話によると、相手のステイタスを見ることができる魔法らしいです」
「......え?」
「はい?」
「それだけなの? そ、それじゃウルエリンクスなんて倒せないじゃない!」
相手のステイタスが視える。
それだけじゃ攻撃も防御もできない。
「だからほぼ魔法が使えないのと同じ状態なんです」
「......、じゃあどうやって彼はあの怪物を倒したっていうの?」
「それは......わかりません」
事実、あの怪物はあの場から消えていた。ならば何らかの力が働いていたはず。街の人たちは皆避難していたし、大体あの怪物を倒せる程の強大な魔法を放った人がいたのなら、絶対に気付いていた。
.......やっぱり、彼がその手で倒したとしか言いようがないわね。
「それか、まだあなたに言ってないだけで、まだ見ぬ魔法を隠し持ってるとか?」
「それはないと思います」
「なんで? なんでそこまで確実だって言えるの?」
「レイラ君はもし自分に力があるのなら、それを遠慮なく使っていたはずです。ガブリエルと戦った時だって、彼はナイフ一本しか使いませんでした」
「が、ガブリエル!? あなたたち『七天使』とやりあったの?」
ガブリエルの事くらいは私も知っている。この帝国のナンバースリー。『七天使』の中でもメタトロンに並ぶ程の実力を持っているとも言われている天使。
そんな本物の怪物とやりあって生き残れたの?
それは奇跡じゃ済まされないような話なのに、さらにレイラはナイフ一本で立ち向かったという。
「あの天使は本気で戦ったりはしませんでした。わたしたちが無意味な抵抗をするのをただ笑って見ていただけです。とてもあの天使と渡り合ったなんて言えません」
「だ、大体、なんでなんであんな怪物と戦ったのよ?」
彼女は、今度は一拍置いてから言った。
「ガブリエルは、あの悪魔は、ある街の人たちを皆殺しにしたんです。聖剣を手に入れるのに邪魔だったんでしょう。いえ、彼にとっては邪魔でもなんでもないのかもしれませんけど」
「そんな......」
「サクライテデスの人たちは、皆殺されたんです。もしわたしたちがあと少し早く駆けつけていれば......」
「それじゃあなたたちも殺されただけよ。あなたたちは何も悪くないわ」
「そうでしょうか......」
無理よ。万一、ガブリエルが皆殺しにする前に駆けつけていたとしても、『七天使』には絶対に勝てない。あの強大な力の塊に、勝てるはずがない。
「ところでローズさん、ローズさんはなんで『聖呪の苗木』に入ったんですか?」
レイチェルは突然そんな話を振ってきた。今までの流れを変えるように。
だけどまぁ、同じような話よ。
「そうね......、そんな良い話じゃないんだけど」
「構いませんよ?」
「私が『聖呪の苗木』に入ったのは言ってしまえば成り行きなのよね......」
今から三年前。私はまだ『聖呪の苗木』なんて組織を名前すら知らなかった頃の話。
そのころ私は、聖クロイツェフ帝国の南の方の、小さな街に住んでいた。
その街は犯罪や魔法でのいざこざなんてモノはない、至極平和な街だったわ。
皆が皆を思いやり、助け合って暮らしていた。
私はそんな皆の笑顔が大好きだった。
私は仲の良い友達と魔法の見せあいっこをして遊ぶのが好きで、他の友達も皆笑顔で遊んでくれた。
そんな毎日がこの先ずっと続くと思ってた。
今思えば、相当甘かったのよね、私って。
ある日の、いつもと変わらない朝だった。
一人の男が私たちの街に来たの。
後から聞いた話だけど、その男はエリストで無差別に大勢の人を殺して、その逃亡中だったそうよ。
男は私たちを脅したわ。金と食糧と、武器をあるだけ全部よこせって。
まずここで、素直に従うべきだった。
でも私たちはこんな時にどう対処していいのか全くわからなかった。今まで平和に暮らしてきたおかげでね。
まず私の父が犠牲になったわ。変に抵抗して、焼き殺されたの。その男はもう、人を殺す事をなんとも思わないくらい狂ってた。
その男は発狂して次々に私の知っている大事な人たちを殺していったわ。
誰も男を止める事はできなかった。
だけど私は立ち向かった。
人に魔法を向けた事なんてなかったけど、皆を守ろうと必死で腕を振った。
勿論、叶うはずがなかった。私は無残に吹き飛ばされたわ。
男は私に電撃を放った。
私は死ぬんだ、そう未熟な頭で悟ったわ。
だけど、私は死ななかった。私と男の間にお母さんが立っていたの。即死だった。
そしてそこで、一人の老人が現れたの。
老人は私たちには止める事が叶わなかったその男を、簡単に吹き飛ばした。
男は死んだ。けど、その代償にたくさんの人が殺された。
お母さんは、私の盾になって死んだ。
私は泣き叫んだわ。私のせいで、お母さんや皆は死んだのよってね。
けど、老人は言ったわ。
「若者、おぬしの母は、おぬしを助けようとして死んだのじゃ。そして、おぬしも誰かを助けようとした。誰かを助けるために自らを犠牲にしたのではないのじゃぞ?犠牲などではない。そこには誰かを守るという明確な意思があるからの。
おぬしも母も誰かを守ろうとしたのじゃ。今の自分を否定すれば、おぬしの母の意思をも否定することになるのじゃぞ?」
老人はこの男を追ってここまで来たと言った。『聖呪の苗木』という組織についてもその時聞いた。
私はマグヌスについて行くことにした。
「私はあの時誰も守れなかった。だから皆を助けられるような力を手に入れるために『聖呪の苗木』に入ったのよ」
「そうだったんですか......」
「でもこんな話、誰だってできるわよ。皆どこかで悲しんで、苦悩してる。私たち『聖呪の苗木』はそんな人たちを救うための最終手段なのよ」
「でも、お話聞けて良かったです。誰かとわかり合うためには、自分の辛い過去を話すのが一番ですね」
「いや、その都度話すのはちょっと......」
レイチェルはふふっ、と笑ってから、真剣な表情に戻り、言う。
「ローズさん、レイラ君を助けてあげてください」
「もちろん、そのつもりよ。そのために私は『聖呪の苗木』にいるんだから」
私も、今度は笑ってそう言った。
▼▼
六時間という時間は案外すぐに過ぎ去ってしまうものだ。
マグヌスが杖をつきながら戻って来たのが数分前。準備が整ったようだ。
私の命の恩人にして、私の師匠、マグヌス=アウディットはゆっくりと告げる。確認する。
「レイチェル=アトラスよ、覚悟はよいかね?」
「もちろんです」
私たちはレイラを連れ、呪いの祭壇に飛んだ。