第十五章 世界がなんだかサイケデリックに染まり始めた。
俺の視界に現れる水色のライン。
それに少しでも触れてしまえばあの世行き。
「あがっ!?」
そんな極限の状況で、俺はただただ逃げ回っていた。
だがしかし、ただ避けるだけじゃ足りない。
レーザー光線(ていうかレールガンか何かだろ!!)が生み出す衝撃が俺の体を内側から叩く。
既に鼓膜はやられている。
下手すれば内臓の一個や二個、穴が空いててもなんら不思議はない。
そんな絶体絶命の中で、俺はただ逃げ回る。
「くそっ! ローズのヤツはまだなのか!?」
怪物がこっちを向く。死を呼ぶラインが再び現れる。
「クッソがァァァァァァ!!」
六発目!
「がほっ!? げほっ!」
血!?
生まれて初めて血を吐いたぞ。肺をやられたのか?
もちろんそんな事を考えている余裕など無い。
七発目はすぐに来る!
▽△
ウルエリンクス、あの怪物は何者かによって操れているとあの少年は言っていたが、一体どうやって気付いたのだろうか。
私はそんな事想像もしていなかったんだけど。
ともあれ、とりあえず今は彼の事を信じてその『操縦者』を探さなければ。
「でも、どこを探せばいいのよ!」
だが、範囲はそれなりに絞られるはずだ。
あの怪物が狙っているのは『聖呪の苗木』、つまり私やマグヌスよ?
オートで私たちを狙え、と設定しているのなら、迷いなく逃げ出した私を追いかけてくるはずだ。
だけどそうはならなかった。
ということは、『操縦者』は怪物が見える範囲で直接コントロールしているということだろう。
まずは上を探した。
次に通りを一通り探した。もちろん強化魔法を使って、猛スピードで駆け抜けたけど。
「ホント、どこにいるのよ!」
直接見える所にはいないの? あるいは店の中なら。
仕方ない。ちゃっちゃと覗いて回るとしましょうか。
▽△
くっそぉ......。
なんなんだよコイツは!
「グォォォォォォ!!」
ちっくしょぉ!
立て、ない......!
もう何発喰らったかもわからない。大体、ここまで一発も当たらなかったのが奇跡なのだ。
ここら辺が限界か。
「ぐほっ、がはっ!?」
盛大に吐血する。
確実に内臓をいくつかやられている!
「グオォォォォォ!!」
現れる水色のライン。今度は二十本くらいだろうか。
避けられない。回避しきれない!
「だあぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ッッッッッッッドォォォォォォン!!
容赦なく、殺人光線が放たれた。
「ッッッ!!」
頭上をいくつものレーザー光線が通過していく。
なるほど、あの怪物は俺が避ける事を予想して、あえて避ければ確実に当たる場所を狙った訳か。
だが、そんな事、俺には通用しない!
「うおぉぉぉぉぉぉォォォォォ!!」
怪物の下へと突っ込む。次の殺人光線がくるまではまだ時間があるはずだ!
怪物のデカい股の間を潜って脱出できる!
「グゴォォォォォォォン!!」
「なぁっ!? ダメだ!!」
違う。ここから脱出しちゃダメなんだよ!
俺が外に出れば被害が外にも広がっちまう!
俺は怪物の目の前で立ち止まってしまう。
真上には振り上げられたウルエリンクスの巨大な腕。
「やばっ......!?」
しまった! 俺は魔法しか予知できないんだった。単なる物理攻撃は予知できない!
「くっ......!」
俺はウルエリンクスの股の間まで転がる。
そしてそのまま、思いっきり怪物の股を蹴り上げた。
「ッッゴォォォォォォォ!?」
ハッ! どうやら急所ってのは人間怪物関係ないみたいだな!
もがき、喘ぐ怪物を尻目に俺は再び元の位置まで走る。
もう一度怪物を視る。
ウルエリンクス Lⅴ.63
残命値 99%
損傷状態 束縛
魔力 300%
稼働率 90%
今の一撃で稼働率は下がったようだが、あんなに殺人光線を連射しているのに魔力がほとんど減っていない。
だがそれより重要なのは、損傷状態。いまだ『束縛』と表記されたまま。
どうやらまだローズは『操縦者』を見つけられていないようだ。
「ふぅ.......」
俺は汗の代わりに血を拭って構える。避けの構え。
さて、もう一発、逃げてやりますか!
そう思ったのだが。
現実はそう上手く回ってくれはしないモノなのだ。
「グルォォォォォォォォォ!!!!」
ウルエリンクスは激怒していた。
文字通り顔を真っ赤に染め、口からはだらだらと涎を垂らしている。
ヤバい。
直感でそう確信した。
「グルォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!」
そして、現れた何発目かの魔法弾道予測線は、異常なまでに、太い。
つまり! 極太レーザー砲が来る!!
「ああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!」
避けるとか、防ぐとか、そんなレベルの話ではなかった。
直後、想像通りの一撃が、俺の真正面から襲いかかってきた。
▽△
見つけた。
こいつか!
ウルエリンクスを操っていた『操縦者』は、ローブの少年だった。
ローブの少年が持っている一つの青い宝石。おそらくあれが怪物のコントローラーね。
「あなた、そのコントローラーを私に渡しなさい。理由なんて言わなくていいわよね」
私はローブの少年に向かって右手を突き出しながら言う。勿論この右手はコントローラーを渡して、という意味じゃなくて、渡さないと殺す、という意味の右手。
「へぇ......、確か君は『聖呪の苗木』の人間だったっけ? おかしいな、まだあいつは来てないのか。まったく」
「何をブツブツ言ってるのよ! 早くそれを渡しなさい!」
「おーおー、女の子はそんなに叫ぶんじゃない。勿論、この石を渡すつもりはないけどね。欲しかったら力づくで奪え」
「......望むところよ」
私は身構える。こいつが一体どんな魔法を使ってくるのか、まだわからない。積極的に攻撃するのは相手の魔法を知ってから。これ私の戦闘スタイルね。
だけど、ローブの少年はフッ、と笑って言った。
「と、言いたいところだけど、残念ながらボクにそんな時間は無いんだ。早くしないとあいつがやって来ちゃうからね」
「誰よ、あいつって」
「あいつ......、まあ今はまだそれを知るタイミングじゃない。時期にわかるさ。嫌でもね」
さっきからこいつは何を言ってるのだろう。
あいつとか、タイミングとか。
だけどまあ、相手が遠慮しているのなら今がチャンスだ。
相手の油断の隙を真っ先に突く。これ私の戦闘スタイル。
だから、まあ、一発喰らえ!
「はぁぁぁッ!」
コスト4の火炎魔法!数発の火炎弾がローブの少年に直撃し_______
「甘いよ?」
吸収された!?
私の炎はまるで吸い込まれるように消えてしまう。
「まったく、よりによってこのボクに火炎魔法を向けるとは。ボクが誰だかわかっていないようだ」
「知ってる訳ないでしょ! あなたの事なんて! ホント何なのよあなた!」
「ははっ、ボクの名前?そうだね......」
彼は言いかけて、次の瞬間いくつかの事が立て続けに起こった。
まず、ローブの少年の背後に突然一人の少女が現れた。『空間移動』で現れたレイチェルは背後から電撃を喰らわせる。
その一瞬前、少年は振り向いて、その右手から一閃。
が、既にレイチェルは電流魔法をキャンセルし、『空間移動』で私の横に移動していた。
速い。この子、思った以上にやるわね......。
そう思ったのは向こうも同じようだった。
「へぇ、君、なかなかやるじゃないか。ボクの攻撃を避けるとは」
「あの怪物を今すぐ止めてください」
「まあまあ、そう焦るなって。......ほら、もう音がしないよ?」
いつの間にか、怪物のレーザー光線による轟音は止んでいた。
彼がウルエリンクスを倒したのか? いやそれは万一ありえない。
彼は自分は魔法を使えないと言っていた。コスト5クラスの魔法を使えたって苦労するあの怪物に、そもそも魔法が使えない彼が勝てる訳がない。
じゃあ、
「まさか.......」
彼は死んだ?
「ははっ、想像以上だよまったく。ボクは少々彼の評価を間違っていたようだ!」
ローブの少年は声高らかに言う。
想像以上とは、ウルエリンクスのことを言っているのだろう。
「この石はもう必要ないから君たちにあげるよ。もともと、君たちなんかに興味ないしね」
ぽいっ、と投げられた宝石を受け取る。だけど、もう遅い。
彼は......。
「ローズさん! 捕まって!」
「へ!?」
視界が揺れる。
私はボロボロになったレストランの前に立っていた。なるほど、これが『空間移動』なのね。意外と違和感というか、慣れない感じはしない。
私とレイチェルは店の中へと駆け込む。
まだ店の中に怪物がいるかも、と中に入ってから気付く。
だけど、そんな心配はいらなかった。
「レイラ君!!」
店の中には体中を血で真っ赤に染め、倒れている少年が。
破壊をまき散らしたはずのウルエリンクスはどこにもいなかった。
▼▼
レイラ=ストラテス、彼はギリギリの瀬戸際で命を保っていた。
負担にならないか心配だったけど、今はそんな悠長なことを言ってられる暇はない。今は手当てをするのが最優先。
私とレイチェルは、レイラを連れて、マグヌスの元へ『空間移動』で飛ぶ。
「マグヌスさん! レイラ君がっ!!」
「わかっておる! 落ち着くのじゃ」
「は、はい......」
マグヌスは懐から一枚の札を取り出し、彼の額に張り付ける。
すると、彼の傷口から溢れていた血が止まった。
「『刻凍』。この札は張り付けた人間の健康状態を六時間変化させない呪力を持っておる」
「れ、レイラ君は助かったんですか?」
「いいや、そんなに便利なモノではないぞ? あくまでもその状態を維持するだけなのじゃ。死にはせんが、回復もせん」
「そんな......」
『刻凍』。
私も一応、この札の存在だけは知っていたけど、実際に使ったのを見たのは初めてなのよね。
結構作るのが難しいって聞いたこともあるし、このままじゃ彼は『死んだも同然』な状態。
もっと根本的に回復させないと意味が無い。言えば植物状態みたいなモノね。
「マグヌス、どうすればいい?」
「そうじゃの、六時間の間は何もできん。六時間後、なんとしてでも彼を助けたいと思うのならば、手はあるぞ?」
「なんですか! わたしなんでもしますから!」
「レイチェル、焦らないでよ。.......マグヌス、『アルカストの神』に頼るのね?」
「それって......」
「そうじゃ、かの神ならば、たかが人間一人の治癒など取るに足らない事。儂らが『聖呪の苗木』として、若者、おまえの望みを聞いてやろうぞ?」
なんでもするから。よく聞く言葉よ、私にとっては。
レイラを助けるために彼を呪い、呪われる。
私なら迷う。例え仲間であっても、家族であっても、あの苦しみに多分私は耐えられない。
私たちを頼るのはまさしく最終手段。どんな事をしてでも、自らの身を滅ぼしてでも、今すぐ達成しなければならない、そんな人間が本当の本当に最後に頼る神。
『アルカストの神』の呪いは、それほどまでに強力で、残酷だ。
だから彼女も迷うだろう。長い葛藤の末、彼女は一体どんな答えを出すのだろうか。
どれだけもがき、悲しみ、苦しむのだろうか。
私たちの正義には、あまりにも代償が大きすぎる。
だから私は今までたくさんの、苦しみのあまり泣き叫ぶ人々の助けを求めるその顔を見てきた。
きっと、彼女も......、
「マグヌスさん、死ぬ覚悟はできています。私はいつでも死ねますよ、レイラ君が助かるなら」
レイチェルは、一秒たりとも迷う事なくそう言った。
彼を救うために、自分は死ぬ。そう言ってのけた。
なんで......? 彼の命が懸かっているとはいえ、なぜそこまでできるの?
レイチェルは私の予想の遥か上にいる。そう実感し_____
彼女は私を見据えていた。
彼女は、笑っていた。