第十四章 世界がなんだかファンタジーぽくなり始めた。
「若者よ、どうじゃ? これでもまだ誰かを呪う気があるかの?」
俺たちはまたレストランの二階の部屋に戻ってきていた。
戻ってくるなり、マグヌスは俺たちにそう訊いてきたのだ。
「......正直、まだ悩んでる。絶対に遠回りなんてできない。けど、こんなモノで大丈夫なのか」
「ふむ、若者よ、それで正解じゃ。すぐさま受け入れるヤツの方がよっぽど狂っておるわい」
そうなのか......?
大体、こんなモノにまで頼るほど追い詰められた人間が、ここまで来て躊躇するのか?
黙り込む俺を見て、ローズは訊いてきた。
「まあいいわ、とりあえずあなたたちの事情を聞かせてもらうわよ」
「そうですね......」
あれ、この展開はヤバくないか!? どう頑張っても本当の事を言うしかないような気が......。
だけど、赤毛ポニーテールちゃんは、本当は何を最優先にすべきなのか、俺と違ってわかっているようだった。
彼女は何の躊躇いもなく言う。
「わたしたちはストラテス王国の王族の者なんです。この国の人間にとって敵なのはわかってます! だけど、もう、これしかっ、頼れないんです!お願いします、わたしたちの大事な姫を助けてくださいっ!!」
俺たちは黙って赤毛ポニーテールちゃんの悲痛な願いを聞いていた。
俺は、ただ聞くことしかできなかった。
まったく、こんな時に何を気にしてたんだよ、俺は。
別に身分がバレてもいいじゃないか。最優先事項を考えろよ。
第一条件、俺たちには余裕なんてある訳ないのに!
きっと、まだまだなんだろうな。
まだ、俺の頭の中は『元の世界』なんだろう。
これじゃあ、こちらの世界じゃ生きていけない。
そして、老人は言う。
「はっは。何をふざけた事を言っておるのじゃ、若者」
「えっ......?」
「儂ら『聖呪の苗木』は、『アルカストの神』は、そんな些細な人間風情の事情など気にせんわい。儂らの神はそこまで俗ではないぞ?」
マグヌスは、はっはっはと豪快に笑って見せた。
この瞬間、俺は確信した。この人たちになら任せられる。
元々そんな事言ってられないのはわかってるけど、この信頼があるかないかは重要なはずだ。
「わかった。俺はどうすればいい?本当に時間がないんだ、できるだけ早く済ませたい」
「よかろう、では目的と対象、そして対価について、詳しく話してもらおうぞ?」
「ああ、わかってる」
覚悟はできた。
俺は自分を呪い、ウィリアを呪う。
悪意ではなく、善意をもって呪う。
己の身を差し出す覚悟ができた。
「ローズよ、準備が必要じゃ、条件を......」
マグヌスがそこまで言った時だった。
ガッシャァァァァン!!
悲鳴と共に、一回から盛大に窓ガラスが砕かれる音が響いてきたのだ。
「な、なんですか!?」
「チィ......今日はもう二回目じゃぞ」
衝撃でポニーテールちゃんが尻もちをついた。
「わかってるわ。どうやら私たちを恨んでいる人がまた来たみたいね」
「......!?」
恨んでいる、つまり『アルカストの神』の力で呪われた人々か、あるいはその関係者か。
どっちにせよ、戦闘が始まる。
相手は話し合いで解決してくれる程甘くはないはずだ。
呪われる程の事をしてきたヤツらなのだから。
それだけわかれば十分だ。
「マグヌス、それにあなたちはここで待ってて」
「わたしも行きます」
ポニーテールちゃんが手を挙げた。
なんだかなぁ.......。
「いや、俺が行くよ。あとポニーテールちゃんはここで待ってて。万が一ここまで敵が来た時すぐ『空間移動』でマグヌスさんと逃げるんだ。女の子二人に危険な仕事を任せるのは気が引けるからな」
「は、はい!」
よし、これでとりあえず脚の悪いマグヌスの事は心配無くなったな。
「さっさと行くわよ」
「ああ」
俺とローズは部屋のドアをできるだけ音を立てないよう開け、階段を下る。
幸い、階段は店の奥にあるので、俺たちの居場所はまだ割れていないようだ。
「(どうするんだ? 相手は五人もいるぞ!?)」
「(大丈夫よ。だてに今まで『聖呪の苗木』にいた訳じゃないわ)」
「(そうか......。あ、あと俺、魔法使えないから)」
「......は?」
沈黙。
やっぱりこの世界じゃ魔法を使えるのは最低限の常識みたいだな......。
「(いや、だから......)」
「何なのよ! なんかカッコいいこと言ってると思ったのに! この馬鹿!!」
「はぁ!? 俺は馬鹿じゃねえよ! 偏差値七十とか余裕だぜ!?」
そこまで言って、気付いた。
あ、ヤベェ、思いっきり叫んじゃったよ、俺たち。
「いたぞ! あの女だ! あの女が呪ったんだ!!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、しまったぁぁぁぁぁぁァァァァァァ!!!」
店に響く俺の絶叫。
「ちょっ、うるさいわよ!」
だが頭の中はいたって冷静。
『状態透視』を起動し、敵の魔法を視る。
まあ、男たちのステイタスはこの際どうでもいい。
「とりあえず、相手に捕まらないこと。わかった?」
「ああ、生憎、逃げる事だけは得意なんでな」
ズドッ! とローズは敵の懐へ突っ込んだ。めっちゃ速い。
そしてそのまま顔面に一発。
俺が視たところ、彼女のこの魔法は、
強化魔法 コスト3
なるほど、強化魔法なんてのもあるのか。彼女はこれで自分のスピードを上げているらしい。
そんな事を考えているうちに、ローズは二人目も撃破していた。
こりゃあ、俺の出番なんてないかもな......。
と、
俺の視界に、一本の水色のラインが現れた。
そのラインは男の一人の右手から俺の心臓へ伸びている。
それはまるでレーザーポインタのようで......。
うん? レーザーポインタ?
「ぬあっ!?」
俺は思いっきり右へ転がる。次の瞬間、
ドグシュッ!
太い鉄の杭が壁に突き刺さっていた。
あ、危ねー、うっかり死ぬトコだったぜ。
にしても、さっきのレーザポインタは......。
「またかっ!」
視界に再び一本の水色のラインが現れた。
次は俺の右脚の付け根。
今度は左へ回避する。もう転がる必要はない。ただ俺は左に跳んだ。
シュドッ!
なるほど、そういうことか。
これがローブの少年が言っていた、パワーアップ。
魔法の弾道予測。ファインド・アウトにピッタリの魔法だ。
「大丈夫!?」
向こうでローズの声がした。
「ああ! こっちは心配するな!! どうも避ける才能はあるみたいだ!!」
まあ、さすがに彼女に任せきりというのもアレだな。
一人くらい、ぶっ飛ばしとくか。
「おい、オマエ! その愚行、俺が誰だかわかってのことか!」
俺も自分が誰かなんて不確かだが、俺は思いっきりかっこつけて叫ぶ。
「ああァ? 何言ってやがんだオマエ」
「はっはー、俺だって一応才能ある由緒正しい血統なんでな!」
バン! 思いっきり地を蹴り、敵の男へ突っ込む。
現れる弾道予測線。
避ける。
「ハッ! 舐めんなよ!!」
なるほど! これは便利だ!
「チィッ!キサマどうやって避けてやがる!」
慌てて下がる敵さん。ふん、これじゃ勝ったも同然だな。
視界に現れる新たな水色のライン。
「ハッ! だから何度やっても......」
いや待て! なんで予測線が六本もあるんだ!?
攻撃は、予測線は俺の左側、ローズが戦っている方から伸びてきている。
そちらを見ると、いつの間にか規格外の大男が立っていた。
「あれ......は!?」
違う! あれは大男なんかじゃない! ていうかそもそも人間じゃない!
異常誘発魔法生物だ!
「レイラ避けて!」
「はっ!?」
後ろへ緊急回避。危ない、危機一髪だ。
直後、六本の赤いレーザー光線がレストランを焼いた。
俺が相手をしていた男に直撃し、蒸発してしまう。
「あれは多分ウルエリンクスよ!」
「う、ウルエリンクス?」
「とりあえずヤバいヤツだって思ってちょうだい! 下手したらオルムントごと消えうせるわ!」
ま、マジかよ!?
「な、なんでそんな怪物がこの街にいるんだよ!」
「わかんないわよ! とりあえず避けて! あなた才能あるんでしょ!」
そして再び現れるレーザーポインタ。
その数ざっと二十本。
「いやいやいやちょっと待てェェェェェェェ!!」
「ひゃっ!?」
俺はほぼヤケクソ気味にローズを抱えてなんとか予測線の合間を縫う。
ッッッッッッズドガァァァァァァァァ!!
一瞬、音が消えた。それほどの衝撃。音だけで内臓が破裂しそうだ。
「ゴォォォォォォ!!」
ウルエリンクスは唸る。うっせェな!
ていうかどうする!
このままじゃ確実にミンチコースだぞ!?
「お、下ろして!」
「あ、悪い悪い」
コイツ、軽くて気付かなかった。
「ローズ、あの怪物をぶっ飛ばす方法とかないのか!?」
「ないわよそんなの!」
と、
「ローズッ! 伏せろ!!」
三発目!
ッッッッッッドォォォォォォォン!!!
くそ! 鼓膜をやられた! もはや大砲だぜ!?
音が聞こえない。こうなったらッ!
俺は視る。この怪物のステイタスを透視する。
ウルエリンクス Lⅴ.63
残命値 122%
損傷状態 束縛
魔力 340%
稼働率 210%
だからぁぁぁぁ!! なんでコイツは100%越えしてんだよ!
ていうかなんだよLⅴ.63って!
そんな事はどうでもいい!
「おい!ローズ!コイツ多分誰かが操ってるぞ!」
あー、ヤバい。自分が何言ってるかわからん。耳が使えないって不便なんだな......。
「 」
「ワリぃ、鼓膜やられたからなにも聴こえない!」
「 」
まったく何を言ったのかわからないが、彼女は頷くと、怪物の反対方向の窓から脱出した。
......さて。
ここからは俺とコイツの一対一だ。
ローズが手を打つまで耐えられるか。
常識的に考えれば不可能。今すぐ俺も脱出すべきだ。
だがそうすれば、被害はさらに広がってしまう。
だからまあ、なんだ?
「俺の逃げの根性、舐めんなよ」
悪いが俺は、そういう性格だ。