第十三章 呪い、呪われし正義。
「見つかりませんね......」
「そうだな......」
はぁ、まったく困ったもんだ。
ポニーテールちゃんと合流して、また『アルカストの神』の捜索を再開したのだが、もはやそんなモノ最初から存在しなかったんじゃないだろうか、と思う程に見つからない。
もう帰りたい......。
「あ、ここは......」
ポニーテールちゃんがふと立ち止まった。彼女が見ているのは、
「あー、全焼だな」
先程爆発した店だった。
これは見事に真っ黒だ。元は何の店だったかもサッパリわからない。
「火事なんて久しぶりに見ましたよ......」
「にしても綺麗にこの店だけ焼けたな」
俺が言った通り、焼けたのはこの店だけで、両隣りの店は何事もなかったかのように営業を続けている。
「そりゃそうよ。私の店だけを狙って燃やしたんだから」
「え......?」
振り返ると、年はまた俺と同じくらいだろうか、金髪の少女が立っていた。
彼女は焼け落ちた建物を見るなりため息を吐いて言う。
「まったく、結界を張ってて正解だったわ。もう、キリがないのよね」
「結界? ファイアーウォールでも建ててたのか? ていうかオマエ、誰?」
俺は突如現れた金髪の少女に問うた。
「誰とは失礼ね。私はローズ=ララレス。十六歳にして、無職の金髪美少女よ」
「無職って......」
あと自分で美少女とか言うな。まあ、実際そうなのかもしれないけど。
「まあ、ついさっきまでは仕事があったんだけど、今さっき無職になったわ」
な、何かあったのか?
そう言えばさっきこの子、私の店を狙って、とか言ってたような。
ということは、店が燃やされちゃったから無職ってことか?
「ホント、キリがないのよね......。また拠点を移さないと」
「拠点?」
「そう拠点。私たち『聖呪の苗木』の拠点よ」
「せ、『聖呪の苗木』?」
なんだ? ギルドか何かなのか?
この世界にはそんな物もあったのか。
「まあ、人知れず人助けをしている、自己犠牲の塊ってトコよ。知らないと思うけど、『アルカストの神』の信仰集団ね」
......。
「ぽ、ポニーテールちゃん......」
「さっきからわたしのあだ名が少々短くなっているのが気になりますが、そうですね!」
『アルカストの神』。
やっとここで探し続けてきたワードに巡り合えた。
俺たちの努力は無駄じゃなかったんだっ!
「えーと、もしかしてあなたたち知ってるの? 『アルカストの神』」
「知ってるも何も、それを探しにここまで来たんです!」
「そ、そう......。まあいいわ、あなたたちはわたしのお客様よ。ついて来て」
そう言うなり、ローズは俺たちが元来た方へと歩き出した。
人ごみではぐれないように、俺とポニーテールちゃんはその後ろについて行く。
▼▼
意外と拠点はすぐ近くだった。
何の変哲もないレストランのような店だ。ていうか、レストランだ。
ローズは奥にあった階段を無断で上っていく。
「あれか?店の二階は宿になってるとかそんな感じか?」
「まあ、似たようなモノね。厳密には私たちのためだけにあるんだけど」
「そりゃあ......豪勢だな」
「そんなんじゃないわよ、なにもないし」
二階には一つの部屋しかないようで、階段を上がってすぐドアがあった。
鍵でそのドアを開く。
すると、
「おお、帰ったか、ローズ。その若者たちは?」
広い部屋の中には老人が一人、椅子に腰かけていた。
なんだか威厳のある、右眼あたりに傷がある老人だ。
「ただいま。そう言えば、名前聞いてなかったわね」
「えーっと、レイラ=ストラテスです」
「レイチェル=アトラスです。『アルカストの神』について噂を伺ったモノで」
あー、そう言えば、俺って本名名乗って良かったのか?いや、本当の本名じゃないけど。
だが、どうやら俺の知名度は本当に低いようで、まさか一国の王子様だとは思っていないようだ。
「あなたたち、『アルカストの神』についてはどれくらい知ってる?」
「いえ、名前と噂程度です」
「そうなのね、じゃあ知らないのかしら?私たちが私たちを知っている者たちから、なんて呼ばれているか」
「知らないけど......」
「『黒魔の使役者』。黒魔っていうのは、異常誘発魔法生物の一種ね」
黒魔?
「黒魔、殺した者を呪うことで有名です。一時期ストラテスの端の森で大量発生した時、パニックに陥ったことがありました」
ポニーテールちゃんが解説を入れてくれた。
しかし、さぞかし大変だったろうな。殺したら呪われるんだろ?
「で、なんで『黒魔の使役者』なんて呼ばれてるんだ?」
「それはあなたたちには関係ないわ。関係ないし、言いたくもない。それに私たちは望んでやっている事よ」
「そ、そうなのか?」
まあ、そこら辺は向こうの都合とか、事情というヤツなのだろう。
「ええと、じゃあ詳しく話を聞きたいんだけど......」
俺がそう言うと、ローズと入れ替わり、ずっと黙ったままの老人が口を開いた。
「儂はマグヌス=アウディットじゃ。マグヌスで良いぞ」
「ああ......ど、どうも」
「良いか、若者。儂らの『聖呪の苗木』はけして褒められたモノではないのじゃ」
マグヌスは脚が悪いのか、椅子に座ったまま話をする。
それにしても、どういう事なのだろうか。さっきの『黒魔の使役者』といい。
「儂らの正義とは、他人を呪うことなのじゃ。弱きを救い強きを征す、のではなく、強きを呪い弱きを呪う。正義のために誰かを呪うのじゃよ」
「そう。だから私たちは『黒魔の使役者』なのよ。例え正義のためであっても、誰かに悪意を向けていることに変わりはない」
「でも、それってただの逆恨みじゃないのか?」
「そうね。そうかもしれないわ。だけど、私たちは誰かを救うために誰かを傷付ける。救うだけならそんな事をする必要はないかもしれないのにね」
言っていることはよくわかる。だけど、やっぱりそれはただの逆恨みじゃないのか?
悪を制して弱きを救う、例えば警察官と何が違うんだ?
「実際見てもらうのが一番早いようじゃな。ローズ、今承っている案件はあるかの?」
「はい。ちょうど最終段階です」
「うむ。では若者たちよ、ついてくるが良い。儂らが一体どれほど残虐な事をしているのか、見せてやろう」
老人はローズの手を借りて階段へと向かう。やはり脚が悪いようだ。
にしても、目的地はここからどれほど離れているのだろうか。遠いなら赤毛ポニーテールちゃんの『空間移動』でひとっ飛びなのに。
まあ、ここは素直についていく方が良いだろう。
俺と赤毛ポニーテールちゃん、ローズとマグヌスは二階の部屋を出たのだった。
▼▼
やはり俺は、少々『アルカストの神』について安易に考え過ぎていた。
人に悪意を向ける、人を悪意を持って呪う事が一体どういうことなのか微塵も理解できていなかった。
暗闇、鉄檻の向こう、魔方陣のその上に。
いた。
こちら側とは隔離され、ただただ苦しさにもがき、のたうち回る人間がいた。
呪い。
『聖呪の苗木』。
正義をもって、呪いの苗を植える者。
「なんだよ.....あれ」
俺は呆然と呟くしかなかった。赤毛ポニーテールちゃんは言葉すら発さなかった。
マグヌスは鉄の檻に手を伸ばす。
「これが、儂ら『聖呪の苗木』にとっての正義じゃ」
「一体、何をやってるんだ? あの人は大丈夫なのか!?」
俺は叫ぶ。
まったく、この世界に来てからこんな事ばっかりだ。
あまりに「元の世界」からかけ離れていて、残酷過ぎる。
いや、もしかしたら、『元の世界』でもこんな事が行われているのかもしれない。
「心配はいらないわ。私たちが本当に呪っているのはこの人じゃない」
「どういう.....?」
「聴いたことない?自分を呪う事で、相手を呪う。それが『アルカストの神』の呪いよ」
この世界ではそんなこと聴いたことないが、『元の世界』ではそんな感じの呪いが出てきた本を読んだことがある気がする。
それにしても。
一体この人は、こんなにも苦しみながら誰を呪っているのだろう。
呪われた側は、どういう状態なのだろうか。
「ローズさん、一体この人に何があったんですか?」
「そうね、それは個人情報だから詳しくは言えないけど、家族が殺されたのよ」
「そう、ですか......」
「若者たちよ、この光景を見た上でどうじゃ?まだ、我が身を呪い、誰かを呪う気はあるかの?」
俺はマグヌスの問いに答えられなかった。
本当にこれで良いのだろうか。こんな呪いで、ウィリアを『呪縛』から解き放てるのだろうか。
俺が見たこの光景はさながら、自分の死と道連れに相手を呪う黒魔、そのものだった。