第十二章 名無しが操るのは、二重名の魔法。
「うぅ、」
気が付けば、朝になっていた。どうやら俺は意識を失った後にベッドまで運ばれたらしい。
ベッドの中で軽く伸びて......、あれ?
なんだ?
俺の腰あたりにしがみついてるこのぬいぐるみはなんだ?
「うぅん、あとちょっとだけぇ......」
バッチリ赤毛ポニーテールちゃんだった。
この様子だと、どうやら無事だったみたいだ。
にしても......。
「おーい、赤毛ポニーテールちゃーん、朝ですよー?」
「違いますぅ......、私はレイチェルです......」
そう言えば、この子の名前そんなんだったな......。今の今まで忘れてたぜ......。
「あー、えーっと、れ、レイチェル? 朝だぞ?」
「むふぅー、あとちょっとだけ......」
あー、どうしようか、コレ。
さすがに抱きつかれると......。
「ていうか、暑苦しいんだよ! 季節的には夏なのか!?」
「えー、まだ寒い......」
はぁ。
俺だって一応、元、男子高校生だ。まあその、なんだ? 人並みのそういう願望はある。
だがこの子は、俺のことが好きなのであって俺のことが好きなのではない。
なにそれ悲しい......。
俺は結局、起きないとまずいので、レイチェルの腕から抜け出すことにした。
まったく、この子朝は弱いのか?
と、そこで部屋の扉が開いた。
入ってきたのは、えーっと、ロッズ司教だっけ?
「お、王子殿! 大丈夫ですか? どこか痛む所があれば......」
「いや、大丈夫だよ。それよりこの子なんでいつも俺のベッドにいるんだ?」
「あ、あー、なぜでしょう?」
「知らないのかよ!」
「と、とにかく朝食の準備ができておりますので......」
「わかったよ」
▼▼
ロッズ司教との会話のあと、俺はなんとか赤毛ポニーテールちゃんを叩き起こし、食堂(?)に向かった。
今日の朝ごはんも大変美味しゅうございました。
その後開かれた、恒例らしい作戦会合でオルムントの『アルカストの神』についての話もした。
どこからそんな無名の宗教の噂を聞いたのか、と訊かれたので、普通に一昨日図書館で見つけた、と誤魔化しておいた。
あと、ロッズ司教の報告によると、ウィリアの『呪縛』の解析はまったくもって進歩していないらしい。
放っておけば解決できる話ではないのを改めて確認。
という訳で、さっそくオルムントに飛ぶことになった。
勿論、今回も赤毛ポニーテールちゃん同伴である。
▼▼
オルムントの街はストラテス王国との国境から約二十キロ離れた場所にある、壊滅したサクライテデスの倍はあろうかという、巨大な街だ。聞いたところによると、聖クロイツェフ帝国の中心、エリストという街はこれを遥かに上回る広大さを誇るという。
「......にしても、広いな」
「そうですねー、『アルカストの神』なんて知ってる人いませんでしたし」
「ホント、どこ行けばいいんだよ......」
赤毛ポニーテールちゃんが言ったとおり、この街は思った以上に広く、しかし『アルカストの神』なんてモノを知っている人はいなかった。
この街に来てから、かれこれ三時間が経つ。
さて、どうしたものか。
言ってしまえば、東京で店の名前だけを聞かされてそこに来い、って言われているようなモノだ。
「ぶ、文献が古すぎたんじゃないですか......。とっくに廃れたのかもしれませんよ」
「いや、それは無いと思うんだけど......」
そりゃあ、つい昨日聞いた話だからな。
レイラが嘘を言っていなければ確かにあるはずだ。
アイツ、他に何か言ってなかったっけ......。なんて考えていた時だった。
ズドォン!!
立ち並ぶ店の一つが、炎とともに爆発したのだ。
たくさんの悲鳴が上がり、どっと人が押し寄せてくる。
「なんだ!?」
「レイラ王子、離れた方が......」
「お、おう。離れた方がいいか......」
人ごみに流される。
激しく炎を上げている店の方を見ると、周りでたくさんの人々が消火活動をしているようだった。
『状態透視』で視ると、皆水流魔法を使っているようだ。
俺はそちらばかり見ていたから、気付けなかった。
「あれ?ポニーテールちゃん、どこ行ったんだ?」
はぐれた。
俺は成すすべなく人ごみに流されていった。
▼▼
この年で迷子とは情けない。
俺はそのまま流され続け、落ち着いた時には、もうここがどこなのかすらわからなかった。
ちなみに地図はポニーテールちゃんが持っている。
という訳で、絶賛迷子の王子様である。
「はぁー、めんどくさいことになった......」
これからどうしようか。
とりあえず当てもなく歩く。
だけど歩きまわればさらに迷うかもしれないな......。
ため息を吐き、一人肩を落とす。
そんな俺の肩にちょん、と触れられる感触がした。
俺が振り返ると、そこにいたのはローブを着て、顔を隠した少年(少女?)がいた。
「ねぇ君、もしかして道に迷ったのかい?」
少年だった。
はぁー、良かった。問答無用で襲いかかってくる通り魔みたいなのじゃなくて。
少年は続けて言う。
「まあ、この街は迷いやすいからね。もしかして君、オルムントには初めて来たの?」
「ああ、ちょっと迷っちゃってな、初めてだよ」
「やっぱり。で、どこかに行きたいのかい?それとも誰かに会いたいのかな?それとも......」
「あー、人を探してて......」
俺は全く警戒していなかった。
普通考えて、ただ歩いている俺を見て迷子だと判別できるわけないじゃないか。言っても、そこまで挙動不審じゃなかったはずだ。
ローブの少年は言う。
「それとも、君が一番知りたいのは、『七天使』を倒す方法かな?」
「な......!?」
なんでそれを知っている!?
なんで俺がガブリエルを倒さないといけないって知っているんだ?
いや、それだけじゃないのか?
一体俺の事はどれだけバレてるんだ?
ストラテス王国の王子だということは?
それ以前に、異界人だということは!?
「いやいや、そんなに構えなくてもいいよ。ボクはただ君に協力したいだけだから」
「オマエ......、何者なんだ?」
「何者......、うーん、なんだろうね。ていうか、そういうのは普通君から言うモノじゃないのかい?」
あー、確かにそれが礼儀だよな。
しかし、ここで正体を明言する訳にもいかないし、大体俺の正体なんてどこまで言えばいいのか、判断に苦しむので、とりあえず正体どうこうは置いておくことにした。
「まあいいよ。オマエ、誰だか知らないけど、知ってるのか?『七天使』を倒す方法を」
「まあ、必勝法って訳じゃないけどね。近道、かな?」
「なんでもいい、教えてくれ。それともアレか、何か取引的な事をしないといけないのか? 悪いが俺が差し出せる物なんてないぞ?」
そう言うと、ははは、とローブの少年は苦笑した。
だがそんな事ははなから心配していないようで、話を進めてくれた。
「別に大したことじゃないさ。ポイントは君のそのオリジナル魔法、その、眼だ」
「眼? 俺の魔法を知っているのか?」
「いや、君のその眼がどんな魔法を使えるかなんてことはわからないけど、まあ、そんな事は最初から関係ないよ」
「......どういう事だ?」
ふん、とローブの少年は一拍開けてから言う。
「君、その魔法に名前はあるかい?」
「名前? 『状態透視』だけど......」
あ、ヤベ!思わず言っちまった!
できれば魔法の正体は隠しておきたかったのに......。
「『状態透視』、か。よかった。やっぱりまだルビは振ってないんだね」
「る、ルビ?」
コイツは何を言ってるんだ。厨二病か?
だがまあ、俺だって一度は考えたけど、今までそれどころじゃなかったからなぁ......。
「いいかい? 魔法には術者の精神が大きく関わってくる。ていうか、精神そのものなんだよ、魔法っていうのは」
「はぁ......」
「その点、名前っていうのは非常に大事なモノなんだ。精神の大きさを決める、というか定義づける程にね」
まあ、言っている事は理解できなくもない。しかし、やっぱ異界の事なのでわかりづらいのには違いない。
少年は懇切丁寧に説明してくれるようだ。
「だから魔法にルビを振るのは重要な事なんだ。もう一つ名前を付けられるのはオリジナル魔法だけさ」
「ああ。で、ルビを振ったらどうなるんだ?」
「まあ、無理やり精神を押し広げるからね。単純に君のその魔法が強化される」
へぇ! そりゃ便利だな。努力せずとも魔法がパワーアップするのか。
でもそんな単純でいいのか?
「ほとんどこれは裏技だから一回きりなんだけどね。『七天使』に勝ちたいのならルビは振っときなよ。これがボクから君にできるアドバイスかな」
最後に少年は俺に手を振りながら言う。
「まあ、頑張って。君くらいの素質があればガブリエルだって倒せるよ」
たったったっ、とローブの少年は雑踏に紛れていった。
そこに入れ替わりで赤毛ポニーテールちゃんが現れた。まるで示し合わせたかのように。
「レイラ王子!探しましたよ、もう!」
「あー悪い悪い」
俺はもう一度、ローブの少年が消えた方を見る。
今さらながら、『状態透視』で視ておけばよかったな、と思うのだが後の祭りだ。
「名前か......」
名前。
それは確かに『元の世界』でも自分を定義づける重要なモノだった。
それはこの世界では『元の世界』よりずっと重要視されている。
ならば。
この俺はどうなのだろう。
俺は黒瀬君鳥だが、レイラ=ストラテスという名前を持っている。
今はレイラ=ストラテスだが、本当は黒瀬君鳥だ。
俺は黒瀬君鳥であってレイラ=ストラテスでもある。
それは非常にまずい事なんじゃないか?
オリジナル魔法のように、「二つの名前を持っている」のなら良いのだが、そう言うよりも、「二つの名前でどっちつかず」の中途半端な狭間にいる気がしてならない。
どちらかの名前を捨てれば解決するのだろうか。
なら捨てるべきはどっちだ?
本来の名前はどっちなんだ?
いくら考えても答えは出そうになかった。
ともかく俺は、『状態透視』にファインド・アウト、と二つ目の名前を付けたのだった。
FIND OUT
「見破る」