第十一章 白い世界と天使が織りなす魔法の世界。
「......ハッ!?」
気が付けば、俺は突っ立っていた。
どこだここは。
俺は周囲を見回す。
白。俺の周りはただ白い。本当に白一色だった。
「なんだここ......。なにもないな」
白く塗りつぶされた世界で俺はただ一人。
マジか。
「マジかよ!! もしかしてここ、冥界かどっかか!?」
ようは、俺はガブリエルの一撃を受け、本当に異世界でピリオドを迎えてしまった、という事か。
......。
「事か、じゃねえよ!!」
自分の思考に思わず突っ込みを入れてしまった。
それにしても、本当に一人だな......。
「おーい、誰かいませんかーっ?」
こういう時お決まりのコレは一応やっておく。
まあ、ここは所謂死後の世界とか、精神世界とかそんな感じの所っぽいから俺以外の誰かなんて
「黒瀬、また会ったな」
いた。
もう一人いた。
しかもコイツは......。
「オマエ、レイラ王子だよな?」
「ああ、俺がモノホンの王子様な訳だが、それがどうした?」
「どうしたじゃねぇよ!! どうしてくれんだよ! 俺死んじゃったじゃねぇか!!」
そこにいたのは異世界での俺。つまりレイラ=ストラテス本人。
この世のものとは思えぬ不条理に、思わず叫んでしまう。
だが、レイラ王子の態度はいたって平然としていた。
彼は言う。
「いや、なにを言ってるんだ? 君はまだ死んでいないぞ?」
「......は?」
なんだって!? 俺まだ死んでねぇのかよ!!
え、いやいやいや! だってあのなんか最終兵器みたいな必殺の一撃みたいなの喰らったんだぞ、俺は!!
「いやだから、死んでないって」
「......なんで?」
「えーとな、君たちに天使の攻撃が直撃する寸前にだな、レイチェルが『空間移動』で王城まで一気に飛んだ」
「あー、なるほど。でも赤毛ポニーテールちゃんは外にはワープできないって言ってたぞ?」
「いや、別にできない訳じゃない。単に、失敗して地中に埋まるリスクが危険なだけだ。一か八かで地上に飛ぶことは不可能じゃない訳だ」
そうなのか......。
とりあえずは助かったのか。
「ていうか、ここはどこなんだ?」
今一番の疑問を、なんでも知ってそうな王子に訊いてみる。
「ここか? ここは言うならば『白の世界』だ」
「『白の世界』?」
「ああ。ここは黒瀬君鳥と俺、レイラ=ストラテスの精神を継いでいるそのターミナルゾーンみたいな場所だ。ていうか、おまえは一回ここに来たことがある訳だが」
「え? 来たことあったっけ?」
「ああ。少し前に」
「そ、そう言えばそんな事もあったような?」
ふん、と興味なさげに答えてくれたレイラ王子。
「ところで、ガブリエルは倒せそうか?」
「いやいやいや! 無理だろあんなチート野郎!! 傷一つ付けられなかったぞ」
「そうか......」
あんな怪物を倒すことなど不可能だ。テストで全教科満点を取る方がよっぽど簡単だぞ。
「そう言えば、やっぱ『エシュリオン』は持ってかれたのか?」
「いや、俺にもそれはわからない」
「ん、なんでだ? オマエはガブリエルとの戦闘のこととか知ってただろ?」
コイツ、いつも俺を見ている、って訳じゃないのか?
「ああ、言ってなかったか。俺は君の意識、というか視界の中から客観的に世界を見てるだけであって、君の見ていないモノは俺も見ていない」
「じゃあなんで俺が『空間移動』で助かったって知ってるんだ?」
「一応、そのシーンまでは君の視界に映ってたんだよ。ただ君が混乱のあまり認識していなかっただけ、という訳だ」
なるほど、確かに周りを見れるような余裕なんて無かったしな。
「だがまあ、『エシュリオン』は持って行かれただろうな」
「そうか......」
......、
いや。
「いや、そうじゃなくて!! 俺が知りたいのはどうして、どうやって、どうゆう理由で、どうゆう経緯で、どうやって入れ替わったのかってことだ!!」
早口でまくし立てたせいか、異界の王子様は少し引いていた。
だが、これはそれだけ重要な事だ。
「あー、その事か。方法とか原理とかはサッパリわからないが、理由はわかる」
「理由?」
すると、レイラ王子は一拍置いて、また口を開く。
「俺は、あの世界から逃げたかったんだ」
「逃げたかった?」
「ああ。君も見ただろう?あの世界の一端を」
あの世界の一端。確かに俺はあの世界の闇のようなモノを見た。
例えば、独裁圧政を繰り広げた先代国王。
例えば、成すすべなくなぎ倒されていった兵士たち。
例えば、サクライテデスの人々を皆殺しにした天使。
これが俺がたった三日間だけで見て聞いて、知ったこと。
俺が知ったのはただの末端。
あの世界はきっと、もっと残虐で、残忍で、悲劇的なのだろう。
「俺はずっとあの世界から逃げ出したかった。君ならわかるだろう?」
「......、」
「知ってのとおり、あの世界は魔法で満ち溢れている。人格が入れ替わるような魔法があったっておかしくはない訳だ」
「まあ、確かにな」
それに、俺だって元の場所から逃げ出したかった。スタートに失敗した高校生活。何もなく、ただただ退屈な毎日が続くのだと思うと、嫌になった。逃げたい、と思った。
おそらく、そんな俺の願いと彼の願いが重なったのだろう。
「話を戻す訳だが、妹とストラテス王国がおかれた現状を打開する上で、どうしても『七天使』が壁となる。ガブリエルはその筆頭。たとえガブリエルを撃破したとしても、あとの六人とも必ず戦わなければならなくなる訳だ」
「『七天使』全員と戦うのか!?」
だとすれば絶対に不可能だ。ガブリエルだけでもあれだけの力があるというのに、『七天使』全員が相手になるとなれば、絶対に不可能。
ていうか、それ以前に。
「なんでオマエは妹とか国のこととか考えるんだ? オマエはもう違う世界にまで逃げ出して、あの世界のことなんて気にする必要なんてないはずだ」
「ああ。なんでだろうな。自分でも理解できない訳だが」
「......、まあいい。オマエに何か案があるのか? ウィリアの『呪縛』を解く方法」
彼は白い世界の奥へと歩いていく。俺も彼の後ろについて歩く。
「『エシュリオン』は奪われた。はっきり言って、可能性が一番あるとすればあの聖剣だった訳だが、他に方法がない訳ではない」
「何かあるのか?」
「『アルカストの神』という存在を知っているか?」
ある......なんだって?
もちろん異世界歴三日の俺が知っている訳がなく。
「聖クロイツェフ帝国にオルムントという街がある。街の規模は大体サクライテデスの倍くらいか」
「結構広いな......」
「それなりにな。で、その街には無名の宗教がある。その信仰の対象が『アルカストの神』」
「で、それがなんになるんだ?」
「その宗教はちょっとばかり特殊なんだ。『アルカストの神』は呪術の神。この世、というかあの世界に存在するあらゆる呪術を操るとされる」
なるほど! その神にウィリアの『呪縛』を取り払ってもらおうってことか!
「黒瀬、君もしかして、『アルカストの神』に『呪縛』を取り払ってもらおうなんて考えてないよな?」
「え、あ? 違うの??」
「ああ、大体、神といっても宗教だからな。いろいろとめんどくさい過程もある訳だし、そこまで有能じゃない。できるのは精々呪術の上書きだ」
「上書き?」
「妹の『呪縛』を別の呪術に上書きする訳だ。そうすれば、妹の精霊力と記憶は元に戻るはずだ」
まあ、精霊力が元に戻ってもう一人の最強、って呼ばれるくらいの力を取り戻せればどうだって良い。
さっそく動かなくては。
「そんなところか。......なあ黒瀬?」
「なんだ?」
「君は怖くないのか、あの世界が」
「......、どうだろうな。多分、怖いと思う」
「じゃあなんで、全くもって赤の他人な俺の代わりをする?」
そう言えば、考えたことなかったな。
どうなんだろうか、ちょっと考えてみる。
「さあな。行き当たりばったりだ。俺でもまだわからない」
「......。悪い、変な事訊いた」
「いや別に構わないよ」
そう言えば、元の世界じゃこうやって向き合って誰かと話す事なんてなかったな。
いや、中二の時とかは普通に喋ってたけど。
「さてと、俺はそろそろ行かないと。期限は三週間なんだ。それまでにウィリアの力を取り戻さないと」
「ああ、頼む。俺の代わりにあいつらを助けてやってくれ」
魔法の世界に行くことになるなんて、全く思っていなかったが、まあ......、こういう世界も悪くない。少なくとも元の退屈な世界よりは。
俺は『白も世界』を後にする。ゆっくりと、意識が遠ざかっていく。
ガチャ、と鍵を掛けるような音が頭の中で響いた。
____________,,,
聖クロイツェフ帝国。その中心に広がる街はエリストと呼ばれている。
その街の中心には帝国の巨大な王宮がそびえ建っていて、王族、それに関する者以外は絶対に寄せ付けない。
そんな王宮の最上階には、『冥神の帝王』の部屋がある。その部屋の内部は意外にも全体的に幼い雰囲気が漂っていて、ここが王宮と知らない者は保育所かなにかと勘違いするだろう。
その原因である『冥神の帝王』ことイルス=クロイツェフは自らの部屋でクマのぬいぐるみをもふもふしながら、ある報告を待っていた。
まあ、待っていた、という程の事ではなく、物のついで、という感じなのだが。
がちゃ、と部屋の扉が開かれた。
同時にイルスも口を開く。
「随分遅かったわね、ガブリエル」
「すみませんね、お隣の王子様とばったり会っちゃたもんで」
「そう、まあどうだっていいわ。で、『エシュリオン』は手に入ったの?」
「おうよ、お望みの品はこれか」
言うとガブリエルは、ヒョイと聖剣をイルスに投げ渡した。
「っと! 危ないわね!! 服が切れちゃったらどうするのよ」
「どこの最強さんが言ってんだか」
ふん、とイルスは聖剣の品定めを始めた。
と、そこで。
「ホント、ガブリエルはもうちょっと口のきき方を考えた方がいいよ」
「......ウリエルか」
扉の向こうから現れたのはオレンジの髪が特徴的な『七天使』、ウリエルだ。
「君が今回の重大な任務を任されたのはボクがたまたま西に出向いていたからなんだよ?」
「そぉかい。オレとしてもめんどくさいんだよ、こんなどうでもいい事は」
「ガブリエル、弁えて」
「ハッ、このオレにオマエなんかの命令に従う必要なんてどこにもねぇはずだが?」
ガブリエルは興味なさそうにウリエルを一蹴した。
ウリエルはそんな彼を睨みつける。
「ガブリエル、君が今回の任務を任されたのはボクが西へ行っていていなかったからなんだ。自分の力を過信するのは良くない」
「......。」
そうとうイライラしているのか、ガブリエルはもうなにも答えなかった。
「......、」
「......。」
気まずい沈黙が続く中、イルスが聖剣を撫でる小さな音だけが広い部屋で響いていた。
やがて彼女は口を開く。
「ふん、聞いていた程度だわ。あまり期待はしてなかったけど」
「そうですか。残念ですね、クロイツェフ様」
「......。」
帝王に媚びるウリエルに対し、無口なままのガブリエル。
普段暴言を吐きまくっている彼からは想像できない光景だ。
ハァ......、と大きなため息をし、ガブリエルは言う。
「めんどくせぇから帰っていいか?」
「が、ガブリエル? 君は本当に......」
「あー、ちょっと黙って、ウリエル」
帝王が制止のは、ウリエルではなくガブリエルだった。
ウリエルは絶句する。
「もう一つ、オマエに仕事を与えるわ。なぁに、モノのついでよ。もう一回、愚民共を殲滅してきてちょうだい」
「......チッ、わかりゃしたよ。さっさと済ますか」
「なっ.....!?」
帰っていいわよ、とイルスが言い、ガブリエルは黙って部屋を出ていく。
「ウリエル、オマエも戻っていいわ」
だが、ウリエルは依然俯いたままで、部屋を出て行こうとしなかった。
「なぜ、ですか......」
「......ウリエル?」
「なぜいつもボクじゃなくてあいつなんですか! ボクだってあなたの望むように戦えます!」
「何を言うかと思えば。簡単な事じゃない。オマエに行かせるよりもガブリエルに向かわせる方が効率が良いからよ。実質、アイツは『七天使』でもトップクラスの実力を誇る実力を持っているわ。今はメタトロンもいない訳だし」
「メタトロン......」
メタトロンは、『七天使』でトップの実力を持つ、聖クロイツェフ帝国の二番手。無論、一番手は『冥神の帝王』であるイルス=クロイツェフだ。
そしてその次にあたるのがガブリエル。
「わかってます......。わかっていますがっ!」
「そうね......、アイツが死んだりしない限りはオマエの出番はないわ」
「っ!?」
もうウリエルは帝王に媚びることもねだることも出来なかった。
彼は拳を握り、唇を噛みながら部屋を飛び出していった。