第十章 偽者の王子と、悪魔な天使。
「まだ温かいです」
夥しい数の死体の中、一番手前のものに触れ、赤毛ポニーテールちゃんはそう言った。
すごい臭いがする。
死後硬直がまだ起きていない。
俺に専門知識は無いが、まだそれほど時間は経っていない事ぐらいはわかる。
「とすると、まだ近くにいる可能性があるな......」
まだ近くにいる。この殺戮を繰り広げた驚異が。
「どうしましょう? 引き返しますか? 一応王宮に報告しないといけませんし。なにより危険すぎます」
「いや、このまま『エシュリオン』の所まで行こう」
なんというか、この聖剣を絶対に渡してはならないような気がした。この殺戮を繰り広げた脅威、驚異に。
教会の端に、地下への階段があった。
俺たちは階段を下る。
「血、ですね」
「血、だな」
階段にポタポタと落ちている血。
敵は、まだ下にいる。そう思うと引き返したくなるが、そうはいかない。
なんとしても『エシュリオン』を手に入れないといけないのだ。
「一番下ですね」
「廊下か。長いな......」
明りは灯っているが、それでも一番先までは見えない。
途中、いくつか分岐があったが、俺たちは血の後を辿ることにした。
ここまで来たら、もはや地下ダンジョンだよな......。なんなんだよ、この教会は。
そして三つめの分岐。そこで、恐れていた事が起きた。
突然、壁をすり抜けて現れたそれは。
「なんだこいつ!?」
「ゾンビです!」
現れたのは数十体のゾンビの集団だ。俺たちは一瞬で囲まれてしまう。
どうする、俺?
一昨日の変装野郎以来の戦闘だ。
だが残念ながら、王子様は何の役にも立たないので、活躍の場は赤ポニーちゃんに譲ってやることにした。
赤ポニーちゃんは素早くゾンビたちを無力化していく。
「消えろっ! わたしの邪魔をするな!」
戦闘時間は三分程度だった。ゾンビは全て跡形もなく消滅した。
ナイス! 赤毛ポニーテールちゃん!
だがしかし、どうやらこれだけでは済ませてもらえないようだ。
さらに現れるゾンビ軍団。また俺たちは囲まれてしまう。
今度はさらに多い。
「さ、さすがにこの数はまずいかもです!」
「くそっ! こんな所で止まってる場合じゃないってのに! 赤毛ポニーテールちゃん、『空間移動』はできないのか?」
「現在地がわからないので危険です!もしかしたら地中で生き埋めになるかもしれません!」
「くそっ!!」
俺が持っている武器は支給品である数本の簡素なナイフだけ。
魔法の使えない俺はこれで戦うしかない。
ゾンビの内の一体が唸りながら俺に襲いかかる。
「うおらぁぁぁぁぁぁぁ!!」
グシュッ、と俺はゾンビの頭を切り裂く。
ゾンビは力なく地面に転がる。血液は飛び散らなかった。
なるほど、コイツらは大した生命力を持っていないっぽい。まあ、ゾンビだしな。
「にしても多いな!」
もう数えるのも面倒なくらいのゾンビたちに囲まれてしまった。
倒しても倒してもキリがない。
この状況、結構ヤバいんじゃね?
「ポニテちゃん、なんかないの!? 起死回生の一手的な!」
「魔力の根源がわかれば一掃できるんですが......くっ!」
さすがの赤毛ポニーテールちゃんもこの数には耐えられないようだ。
魔力の根源?
それがわかればゾンビ軍団を一掃できるのか。
なるほど、ならここは俺の出番だ。
「赤毛ポニーテールちゃん、もうちょっとだけ耐えてくれ!」
「はい!?」
周囲のゾンビ軍団を「凝視」する。
俺の唯一の魔法が発動する。俺が魔力の根源とやらを見つけてやる!
エリス=ライトベル (16)
残命値 0%
損傷状態 屍霊
稼働率 50%
精霊力 0%
屍霊、か。おそらくこれが「ゾンビ状態」ということなのだろう。
だが、コイツははずれだ。
俺は手持ちのナイフでゾンビの頭を切り裂く。
さらに「凝視」。
おそらくこのゾンビたちはこの街の人々だ。だけど、そんな事は気にしてられない。
さらに切り裂く。容赦なく切り捨てる。
例え、無念にも皆殺しにされた人々であったとしても、もう彼らは人ではない。
「このモンスターどもが!!」
コイツも違う!
視ては斬り、切り裂いては視る。
このゾンビ集団、ようは時間稼ぎだ。本命を手に入れるための時間稼ぎ。
制限時間は思っているより短いのかもしれない。
しかし、一体どんな感覚なのだろう。
一度殺されたのに、また殺される。
一体これがどれだけ苦痛な事なのだろうか。
10回ほど切り裂いたくらいだろうか、やっと俺は見つけた。
ロイル=ライトベル (12)
さっきのゾンビの家族だろうか。
そんな事はどうでもいい。
今重要なのは、このゾンビのステイタスには今までに無かったデータが表示されていた、ということだ。
特殊魔法 神の真意
『神の真意』。特殊魔法。
「これだ! コイツが魔力の根源だ!」
おそらくコイツがこのゾンビ集団の「中心」。
ゾンビを生み出す魔法の鍵のような存在!
ならばコイツを倒せば全てが終わるはずだ!!
「レイラ君、そろそろ限界!!」
「くそっ、俺がやるしかねえ!」
鍵のゾンビの前には三体のゾンビ。後ろにもゾンビ。
改めて状況を確認し、自分がどのような状態にあるのかを理解する。
このままでは確実に殺される。
いや、わかってるよ。今は戦うしかないって!
「今さらビビってどうすんだ!さっさと終わらせてやる!!」
俺はそう叫び、一体目に水平斬りを喰らわせる。
そのまま後ろの一体を巻き込みながら、蹴り飛ばした。
噛みつこうとするもう一体のゾンビ。
右手のナイフを投擲し、迎え撃つ。
頭部にクリティカルヒットしゾンビは倒れた。
「あと一体!!」
あとは鍵のゾンビだけだ!
ゾンビは鋭利な爪で切りかかろうとしてくる。
「チッ......!」
間一髪。鼻先を爪が掠めた。
俺は産まれてこのかた喧嘩などしたことがない。
けれど、こんなモノ、無能な素人の俺でもブッ飛ばせる!
俺は二本目のナイフを振り上げる。
「死体ごときが、俺に勝てると思うなよ!!」
ズゾッ!!
容赦なく、ゾンビの胸部を切り裂く。
直後、魔法の鍵が音も無く崩れ落ちた。
......、
やった、のか?
「レイラ君大丈夫!?」
「......あ、ああ」
気付けば、あれだけいたゾンビたちが全て消えていた。
ついさっきまでの数滴の血が落ちているだけの廊下に戻っている。
あと、至極どうでもいいが、本当にこの子敬語がすぐに崩れるよな......。
「とりあえず、ゾンビはいなくなりましたね」
「......とりあえず、か」
「はい、まだこの先でも魔法が仕掛けられている可能性は十分あります」
またあのゾンビ軍団と戦わないといけないのか。
それはマジ勘弁。
一応対処法はわかっているが、かといって安全に始末できる訳では、もちろんない。
進むか戻るか。二者択一。
「わたしは引き返すべきだと思います。いくらなんでも危険すぎます」
なるほど、やっぱりな。そう言うと思った。
だが、そういう訳にはいかない。
さっさと『エシュリオン』を手に入れて、姫の『呪縛』を解かないといけない。
期限は三週間。
それまでに姫の力を取り戻し、『冥神の帝王』を倒さなければならないのだ。
さもなくば、ストラテス王国は滅びる。
それを防ぐために。
「いや、進もう」
俺は赤毛ポニーテールちゃんに告げる。
「な、なぜですか!? 下手をすれば殺されてしまうかもしれないんですよ!」
そんな事はわかってる。
ていうか、そんな事はどうでもいい。
俺はこの世界で死ねるなら本望だ!
などとはさすがに言えないが、半殺し覚悟の無茶くらいはするつもりだ。
折角異世界に来たんだからな。
「この機会を逃したら、次があるかなんてわからないんだぞ? 期限までにはもう他の手立てが見つからないかもしれない」
「そうですが......」
俺は再び血を辿り、歩き始める。
索敵のため、常に『状態透視』は発動させておくことにした。
この魔法、一番最初よりも発動させやすくなっている気がする。
▼▼
「レイラ王子......、何かいますか?」
「いや、なにも」
歩く。ここまではまだゾンビには遭遇していない。
本当にあれだけだったのだろうか。
「にしても広いな」
「もはや洞窟ですね」
ホント、ここが教会だということを忘れてしまいそうだ。
ここまで地下を広くする理由はおそらく、ここに隠された『エシュリオン』を盗賊みたいなヤツらに盗られないようにするため。聖剣を隠すにはもってこいのダンジョンって訳だ。
がさっ
「......!」
何の前触れもなかった。
この角の先から物音が聴こえる。
赤毛ポニーテールちゃんも気付いているようで、向こうを確認して、と視線で合図してきた。
俺は頷き、『状態透視』を向こうに集中させる。
視える。コイツは......!?
ガブリエル (15)
残命値 99%
損傷状態 nothing
精霊力 92%
稼働率 60%
ガブリエル、だとっ!?
なんでこんな所に『七天使』なんかがいるんだ!
「ど、どうしたんですか?」
まずい、これは非常にまずい。
俺たち二人なんかでコスト7魔法を扱う魔導師なんかに叶う訳がないのに!
俺は赤毛ポニーテールちゃんの手を掴んで言う。
「ダメだ、引き返すぞ! このままじゃ確実に......!」
俺の言葉は最後まで続かなかった。目を見開いて動かない赤毛ポニーテールちゃんを見て気付いてしまった。
後ろに、いる。
もう逃げられない。
「よぉ、ネズミか何かと思えば隣国の王子様じゃねぇか」
俺は今すぐにでも逃げ出したかった。だけど、赤毛ポニーテールちゃんがもう前に出てしまっていた。
なぜだ!? 彼女は『七天使』の圧倒的な強さを理解してるはずなのに!
逃げろ、と叫ぶことすらできない。
恐怖。
俺は底無しの怪物に圧倒されてしまっていたのだ。
「ああああああああぁぁぁぁぁぁァァァァァ!!!」
赤毛ポニーテールちゃんの掌から炎が噴き出す。コスト4の火炎魔法だ。
魔法の炎は真っ直ぐにガブリエルへと突き進む。
しかし。
ガブリエルはまだその狡猾な笑いを崩さない。
ドシュッ!!
「な......!」
一瞬だった。
魔法の炎が、ガブリエル目前で消滅していた。
一体コイツは何をした? なぜポニテちゃんの魔法が消えたんだ?
「ははっ、コイツは面白ぇ! さすがは聖剣ってトコかァ?」
聖剣? 今コイツ、聖剣って言ったか?
そして確信する。ガブリエルの右手に握られているのはまさしく、古書で見た『エシュリオン』だ。
「なんでオマエが『エシュリオン』を持ってんだよ!」
「はぁ? なに言ってんだ、クソ王子様よぉ。ちゃぁんとそっから取ってきたに決まってんだろ」
「違う! なんでオマエにそんなモノが必要なんだって話だ!」
「ハァ、んな事もわかんねぇのかクソ王子様は。まぁ仕方ねぇか。クソだし」
「黙れ!レイラ王子にそんな口を......」
「あーあー、めんどくせぇ。さっきからゴチャゴチャゴチャゴチャ。訊けばなんでも答えてくれるとでも思ってんですかぁ?」
ガブリエルは『エシュリオン』をクルクルと手で弄びながらダルそうに言う。
『七天使』に聖剣までが加わってしまった。いよいよ絶体絶命だ。
ハァ、ともう一度ため息を吐いて、ガブリエルは告げる。
「そォだ、オマエら二人、ちょっとオレの練習相手になれ」
「......は?」
練習? コイツ、何を言って......。
!?
ビュオッ、と風を切る音。ガブリエルの顔が目の前にあった。その右手には聖剣。容赦ない斬撃が襲いかかってくる、その直前で。
「レイラ君!」
視界が揺らぐ。どうやら俺は、『空間移動』をしたらしい。勿論、赤毛ポニーテールちゃんの魔法だ。
「へぇ、『空間移動』? 結構レアな魔法じゃねぇか」
ガブリエルは聖剣を担ぎながら振り向き、俺と赤毛ポニーテールちゃんは身構える。
先に動いたのは赤毛ポニーテールちゃんだった。
今度は電撃を撃ち込む。
ズバチィッ!、とさっきの火炎弾とは比にならない速さの一撃。
これならいける! いくら『七天使』でもこのスピードには敵わないはずだ。
しかし。
「甘いな、ホントふざけてんのか」
ズバンッ!
一薙だった。聖剣を軽く振っただけで電撃は消滅してしまう。
聖剣『エシュリオン』。本当にこれだけは相手に渡してはならなかった。今になってそう思う。
「なんですかあの剣! なんであんなモノをここに放置してるんですか!!」
「いやそんな事今言われても!」
しかし本当にまずいな。
こちらの攻撃は一切相手には通用しない。さらに相手は圧倒的な攻撃力を備えている。
......この状況でどうしろと?
「ハハッ、どうしたクソ王子様! 打つ手無しってかぁ? オマエ、隠してねぇで使えよ、自分の低レベルな魔法をよぉ!!」
ズダン! と思いっきり斬りかかってくる。間一髪、避ける。
くそっ、本当に役立たずだな、俺の魔法!
攻撃にも防御にも使えないんじゃ無意味だぞホント!
今はもう、回避しながら歯軋りするしかなかった。
「レイラ王子! どうにかして地上へ逃げま......!?」
赤毛ポニーテールちゃんの声を遮ったのは、ガブリエルの膝蹴り。思いっきり炸裂する。
「......かはっ!」
「ポニテちゃん!?」
血を吐く。そのまま壁に激突し、床に叩きつけられてしまう。
「大丈夫か!?」
「王子......ダメで、す。逃げて、ください......」
俺は赤毛ポニーテールちゃんの方へ駆け寄る。だが、俺と彼女の間にズダン! とガブリエルが立ち塞がる。
「ガブリエルっ!!」
「あーあー、つまんねぇなぁ。ったくよぉ、こんなモン、さっきの馬鹿な愚民共の方がマシだぜまったく」
さっきの、馬鹿な愚民共。
そうか、そりゃそうか。
そりゃ、赤毛ポニーテールちゃんもキレるよな。
コイツが、この悪魔が、街の人たちを皆殺しにしたんだろうが!!
「ガブリエルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」
俺はナイフを一本取りだし、天使を語る悪魔に斬りかかる。
でも、それがどれだけ無意味な事なのかはわかっていた。
パキィィン!
簡素なナイフが豪華な聖剣に弾かれてしまった。
「ぎゃははははっ!!」
鳩尾に激痛が走る。どうやら、ガブリエルの蹴りが決まったらしい。
「げほっ、がはっ!!」
俺は耐えきれず嘔吐してしまう。
ただ痛い。こんなに痛いのは初めてだ......。
「なぁ、クソ王子。帝王様の命令があるからよぉ、非っっっ常に残念ながら早く切り上げないといけないんだわ。いるんだとよ、この聖剣が」
「何が、言いたい......」
「ハハッ、そういう訳で殺すわ、オマエら」
そう言って、ガブリエルは一歩、もう一歩、とゆくっり俺に近づいてくる。俺は激痛のあまり地を這うことすらできない。
「ったく、レアな魔法持ってったってよぉ、オレに勝てなきゃ意味ねぇんだぜ?」
聖剣が振り上げられる。
ガブリエルはただ蔑みながら、見下しながら、狡猾に笑っていた。
もう、ゲームオーバーか。
直後、容赦なく聖剣が振り下ろされ、
ズドッッ!!
自分の体が両断された音が聞こえた。
いや、違う。
俺はまだ生きている。
聖剣はただ地面を抉っただけだ。
じゃあなぜ。なぜ俺に直撃していない?
答えは簡単。
「レイラ......大丈夫?」
「だ、大丈夫だ。てか、オマエ気絶してたんじゃ」
俺がそう言うと、赤毛ポニーテールちゃんはやれやれ、と首を振った。
「ホント、危なかったわよ。わたしが復活するのが一秒でも遅かったら本当に一刀両断だったわ」
「怖い事言わないでくれ......」
だが、それは事実だ。彼女が助けてくれなければ俺は今頃どうなっていたか......。
お礼くらい言っておきたかったが、彼はそれを許さない。
「おいおい、おいおいおォーイ!! ちょこまかちょこまか逃げやがってよぉ!!」
「ガブリエル!!」
ガシャン、と彼は聖剣を投げ捨てた。その理由など、彼にしかわからないことだ。
そんな事はどうでもいい。
彼が大きな戦力を捨てたということは。
「いいかクソ野郎共。今から本気でぶっ飛ばすぞ」
出てくる。
聖剣に匹敵するほどの、大きな戦力が現れる!!
ズバァァッッ!!
「......なによ、あれ!?」
空気を切り裂きながらガブリエルの背中に現れたのは、天使の翼。
純白で、神の力の宿るそれはどこまでも神々しい。
そして、正真正銘、天使の姿をしたガブリエルは言う。否、伝える。
「神の意志を伝えてやろう」
翼を携えた天使の下に、巨大な力が集まっていく。
俺は視た。
特殊魔法 神の真意
「どんなに強くても、特別でも、神には逆らえねぇんだよ」
これが、『七天使』ガブリエルの力。
それは、ただただ輝かしかった。
直後、天使の力が放たれた。