七話 プレハブ支部
いち早く車から降りた女性は、女神の話を聞いてくるからと言い残し、そのまま敷地の外へ駆けていった。
助手席にいた男に連れられて冬原達はプレハブ小屋に入る。
車の空調が効きすぎていて、緊張だけでなく素直に居心地が悪かったから、降りることが出来たのは幸いだった。
小屋は薄暗く、奥に一人だけぼさぼさ頭の人物がパソコンの前に座っていた。
その人の上だけ蛍光灯が付いている。
「どうして電気を付けないんだい」
部屋を照らす蛍光灯が全て点灯すると、怪訝な顔がこちらを向いた。
「要らなかったからかい?」
スーツの男の問いに、相手は特に理由はないと頭をかいた。
「点いていなかったからですよ」
椅子にあぐらをかいていた男は立ち上がると近寄ってきた。
面長の彼は伸びた襟足とあごひげが目立つ。カンフー映画の雑魚敵みたいな顔をしている。
「こんにちは、君たちが女神の言う宿命の人ですか」
怪しい顔が怪しい笑顔になった。
対して冬原達はあまりの怪しさに関わり合いになりたくないのでただただ首を横に振った。
「違うって言ってますよ」
「お前が怖いだけだよ」
「いやいやいや、恐いって言ったら先輩の方が恐いでしょ」
怪しい顔の男は笑顔でやりとりすると、軽い猫背のまま椅子を勧めてきた。
スーツの男に習い大人しく順に座る。
「お名前を聞いてもよろしいですかな」
にこやかな雑魚をスーツの男が止める。
「それが駄目なんだ。女神の勅令で彼らの名前は聞けない」
「はーめんどくさいですねえ」
呆れたように高い声で叫び上げた。
「さっきから女神って言ってるけど、誰なの? なに?」
しびれを切らした夏目がとう。
対する黒スーツは首をかしげ、あごに手を当てた。
「女神は女神だよ。そうだな、言い換えるならボスとか」
良い言葉が見つからないようで、考えながら唸っている。
「僕からしてみれば社長ですかね。裏社長というか実質支配者というか」
あははと雑魚が軽く答える。
君は雇われているからなとスーツの男は低い声で同意した。
「女神はただの支配者ではないんだ。予知の力で的確な導きを我らに授ける」
だから、とまだ答えに悩んでいる様子の男は言葉を切って首を傾けた。
「呆れた、占いに身を任せているの?」
「人生は自分で切り開くもんだろ」
夏目と秋津が今良いこと言ったと思っているのが隣にいてよくわかる。
「人生はそれでもいいだろうな。だが、運命は一人ではどうにも出来ん」
「それにお嬢さん、占いと予知はニュアンスが違うんですよ」
向こうもそれは重要らしく聞いていないのに反論してきた。
「女神の予知は完璧ですから。占いなんて何を見ているのかよくわからないものと一緒にしないように。そうしないと、お姉さんに怒られます」
けひひと歯を見せて笑う。
「そういえばお姉さんはどうしました?」
「公共転移機関で次の指令を聞きに行った」
親指を外に向けて向こうへ行ったと合図する。
「本部との連絡ぐらいいくらでも出来るのに、また七面倒なことを」
「仕方がない。あの偏屈さんがいなくなって、宿命の人が来たんだ。今はデリケートな時期だから辛抱しろ」
へーいと気の抜けた返事と共に、彼はパソコンの前に座った。
「僕ら、名乗らなくても良いのですか」
おそるおそる冬原が尋ねた。
おうとサングラスが冬原を見据える。
「名乗られると困るらしいんで。悪いけど呼び名が決まるまでしばらく呼び方は君とかで勘弁してくれるかい」
「別に構いませんけど」
冬原の意図は別の所にあった。
「おじさんの名前教えてもらっても良いですか」
男の驚いた顔が口元だけでわかった。目元を隠すサングラスの向こうで目が丸くなっているのも感じる。
「ああ。そうか。予見に違わず利発な少年だ。君が名乗ったら向こうも名乗る事を当てにしていたのか」
スーツの男は奥のパソコンを触る男の方を見た。
「僕はシュウと呼ばれている。あいつは後輩のザキ。一緒にいた女はチェリ」
「お姉さんはチェリーって伸ばしてって言ってますよ」
冬原達の反応を見て苦笑いを浮かべた後で、実はな、とスーツの男は人差し指を立てた。
「どうも僕たちは活動が活動なのでな。本名は誰も名乗らないのだよ」
「どういう活動なの?」
怪訝そうに夏目が尋ねる。
「言葉を選ぶのが難しいのだが、まあ、その。反政府活動、だな」
けひひと奥で雑魚い男が笑った。