六話 違和感のある車
目の前のわかりやすいプレハブ小屋。その無駄に広い駐車場でドリフト駐車をかます。
「子どもを脅すようなことはしない方が……」
シートベルトを握り閉め、後ろをそっとのぞき込む男。
「大丈夫大丈夫。ドンパチやってるところ駆け抜けたんだからこんな事で今更」
運転の荒い女は、えくぼを作って後ろの席を見た。
途端、女の笑顔に眉間のしわが追加された。
冬原達は一様に驚いていた。
それも仕方がない。通路ではない場所を延々腹ばいで進み、今度は本当の駐車場へ到着した。一般の乗用車とは雰囲気が違う。高級車のような雰囲気、に入るかどうかは個人の判断に寄るところが多かった。というのも、どれもこれも角張った巨体で、どの車両にも消防車を連想させる装備を搭載していた。しかし色は紺や黒に近い。
一番の違和感が、車体にペイントされたマークだ。
白と黒で描かれたマークが正面と扉に印字されている。どことなくオリンピックのマークを彷彿とさせる、憶えやすいシンプルなマークだった。
先陣を切っていた女性は一番にシャッター脇の車に向かった。
運転席のドアの前に立つと、スーツの袖の中に右手を隠してごそごそやった後、人差し指で取っての周りにくるっと円を描いた。手を放すと、追いかけるようにドアが勝手に開く。
そして軽やかに車体の高い運転席に飛び乗った。
冬原達は言われるがままに男に付いていき、助手席側から後部座席に乗り込んだ。
「後ろの席はシートベルトがないから、自力で捕まって」
四人一列に押し込まれてぎゅうぎゅうの状態で、前に目をやると、運転席と助手席の裏に一本のパイプが横に通してある。
遊園地のアトラクションでもありそうな手すり。
冬原と秋津は指示に従わなかった。
少しして、男性が助手席の扉を閉めた。
「よし、大丈夫」
カチリとシートベルトが締まった音がした。
席の合間から見える運転席は真っ平らで、ハンドルもカーオーディオもなかった。
女が虚空を握る。
青白い光で、円が浮かび上がった。
その上、女の目線の高さに細長い四角も浮き上がる。
passcode:
入力待ちの表示らしく、表示された文字の後ろで縦線が点滅する。
うめき声を上げながら運転席の女性は助手席を見た。
「えーっと。なんだっけ。我らジッカンの導きの元? 世を正しく存在させる?」
不安そうな声で、不安定な言葉をつげると、赤文字が現れた。
Please input again.
どうも失敗している様子だ。
女はあれ? と首をかしげる。
「間違ったかな」
へへへと笑いながら、助手に助けを求めていた。
「我らジッカンの導きの元、世を正しく存在させる」
意味のない文章を唱えるように淡々とした言葉が、男の口から出ると細長い四角は消える。
Success!! You have control.
エンジン始動の音が聞こえる。車体が小刻みに揺れる。
「あれー。一緒なのにな。なんでだろ」
まあいっかと気を取り直して虚空の円を握り直す。
「しっかり捕まってなさいよ」
急発進、それも後ろに。
その後切り返してシャッターに突撃した。
冬原は泣き叫ぶ女子の隣で吹っ飛びそうになりながら間一髪手すりを握り閉めた。
恥ずかしいからって変な反抗している場合ではなかった。
駐車場のシャッターをぶち破って、一応無事に外に出たわけだが、見事に見張り機械達に迎撃される。
「防弾ってわかっていても正面攻撃は慣れないわ」
そう言いながらノーブレーキのアクセルべた踏みで、クラクション鳴らしまくって、爆走する。さらにこっちからも撃ち始めた。
助手席で男が青白い光で描かれたアイコンタップするのにあわせて後ろで爆音がする。
中学生四人は狭い席で硬直していた。
そのまま瞬きもろくにすることなく、二十分に及ぶカーチェイスの始終を過ごし、その後十分かけて目的地に到着したわけだが、やっと正気を取り戻しかけたところでドリフト駐車があり、冬原ですら涙目で正面を見据えていた。
なんと言葉をかけて良いかわからない様子で、男は困ったなとサングラスに手を当てる。
「な、泣かなかったね。偉いじゃない」
同じく混乱していた女が見当違いな発言をしたところ、幾人かに睨まれ、小声を出して怯んだ。