五話 ギミック怖い
それはもう、悲惨な状態だった。
私達を担いだまま男の人は走っていたのだけれど、追っ手と施設の警報機のせいで気が狂うかと思った。
目前でシャッターが閉まった。
追っ手の姿は見えなくなったけれど、その重厚な扉が閉まる音と光景は心臓を鷲づかみにした。
私は上下に揺さぶられながら見えなくなった追っ手の姿をいつまでも見ていた。
けれど、何度も何度も扉が閉まる。
この男の人の足が止まれば、密室に閉じ込められてしまうだろう。
それでもお願いだから無茶な通り抜けはしないで。
気がつくと、体中に力が入り、歯を食いしばっていた。
「うし、関所は抜けた。もう少しで帰れるからな」
いつの間にか目をつぶっていた。男の人の足が止まったのでおそるおそる周囲の様子をうかがう。
先ほどまでの廃病院みたいな薄暗くて単純な外見の廊下から、今は配線と鉄筋コンクリートがむき出しになった古い駐車場みたいな場所になっていた。
男の人は私達をその場に下ろし、非常口のようなドアの取っ手を握る。
ブーっとブザーが鳴った。ドアの隣にテーブル型の装置が置いてある。
「誰だよここにセキュリティ置いたのは!!」
男の人は両手で頭をかきむしって天を仰いだ。
「報告になかったっていうのによ」
今度はため息をついて肩を落とした。
「何これ」
夏目が男の人の後ろからテーブルをのぞき込む。
「……」
男の人を見上げていた夏目と、その視線に気付いた男の人。
少しの沈黙の後、男の人は人差し指を立てて教えてくれる。
「これがコンピューターな。それで、この線がこうドアに繋がってるだろ。ドアが開いたらブザーが鳴るわけ」
指指した軌跡を夏目の目が追いかける。
「ブザーだけ?」
「ブザーだけだけど、怖いブザーだよ」
諭すような声に、夏目は対抗する気を失ったようだ。ふうんと返事を返した。
「鍵がいるな。ブザーも鳴ったことだし、誰か鍵を持ってやってこないかな。こないよな」
男の人は手袋をはめて、テーブルに手をついた。タッチパネルだ。手袋をしていてもすいすい動く。反応が良い。
「人を呼ぶブザーじゃないよな。場所が場所だしなあ」
ずっとぐちぐち文句を言いながらその手はいろんな動きで操作をする。
「あ、隠しコマンド発見」
何をやっているのか気にはなったが、夏目や秋津と違い、春風にはどう言って関わろうか策はなかった。
「お待たせー」
聞き覚えのある声が響いてきた。
「詰んでると聞いてお姉さんが駆けつけましたよー」
声はすれども姿は見えず。
おろおろしているところに、床下からぼこっと姿を現す。
「ぎゃ」
変な声が出た。
「いやーブザー聞いて焦って来ましたよ。もう全力ほふく疾走前進? みたいな?」
ケタケタと笑うスーツの女性。綺麗にまとまっていたアップの髪に乱れが見られる。
「さて。追っ手を閉じ込めてくれたみたいだし、その出口は使えないことだし、こっちから行きますか」
「後どれくらいですか」
スーツの女性の脇からにゅっと冬原の身体が出てきた。
「今の二倍ってとこかな」
遠いなとため息をついた。
「文句は後回し。さあ、お姉さんに付いてきなさい」
しゅっと地下に姿を消した二人を男の人が追いかける。
春風が動いていないことに気付いた男は、振り返って声をかけた。
「じゃあ行きましょうか」