四話 夏目、黙る
「放して! 降ろして! いい加減にして!!」
夏目は春風と共に肩に担がれていた。
小柄な方とは言え中学生女子と言えば成長期も終盤で、大人並みの体格はある。
それをあろう事か、女子の膝裏に手を回し、片手に一人ずつ担いでいるのだ。
秋津は春風を支える腕の先に、ズボンを握られて身動きも出来ずぶら下がっている。
足下に秋津がいるにもかかわらず、夏目は巨漢の腹に蹴りを何度も食らわせる。
「勘弁してほしいよ、これ洗うのに結構かかるのに」
鋭いつま先のえぐるような蹴りを食らっているはずなのにびくともしない筋肉質な感触。
そもそも、この男は身の心配より着ているスーツの心配しかしていない。
自分の常識と彼の常識が共通していないことが、何より夏目の恐怖を煽る。
「放してー」
空を仰いで泣きわめく。バランスを崩しそうになったが、男がその崩れを見事に受け止める。
男を拒絶していたにもかかわらずあまりのファインプレーに夏目の心が揺れる。礼は言わないが感心のあまりそれ以上暴れるのを止めた。
「大勢追いかけてきます」
夏目から見て男の首ごしに春風が声を上げる。
男はあーあと口を横に広げてため息をついた。
「貧乏くじには慣れてるけどさ、まいったなあ」
気楽な口調で走りながら呟く。
集団の姿と共に金属の足音がばたばたと近づいてくる。
「うわ、凄い人数」
通路いっぱいに広がってやってくる追っ手の姿はなかなかに迫力があり、結構絶叫マシンものに近い。これは自分で走っていたら確実にトラウマものだった。一生廊下を歩けなくなったはずだ。
キャーキャー言っている間にマシンは勝手に走る。速度が上がっている。
この速さは怖い。けれど、しばらく追いつかれそうもない。
耳元に聞こえる息づかいがはあはあと長く荒くなってきた。まだ余裕はありそうだが、心配のあまり夏目も協力的になる。
「大丈夫?」
夏目の問いかけに男はゆっくり首を縦に振った。
「しんぱい、ない、です」
返答のために彼は呼吸を乱す。
「ごめん、よけいなことだったよね。そのまま走って」
反省のせいで混乱した頭を男の肩に押しつけた。
そんな折、耳をつんざく派手な音が聞こえた。
その音は廊下の反響でどこから来たのかわからなかったが、追っ手の動きから冬原達の向かった方だと春風が判断した。
「はるちゃん、本当?」
「うん、たぶん」
「だったらラッキーよ相手が分散したわけでしょ」
「……追っ手がなくなったわけじゃないよ」
春風は心配そうな目を夏目に向ける。
対して夏目は陽気に笑った。
「人数減ったら勝ち目ありそうじゃん」
「夏目、一つ聞くけど、一体誰が戦うつもりなのさ」
下の方でじっと黙っていた秋津が久しぶりに声を上げた。
「え?」
男を見ると、やらないやらないと首を横に振っていた。