三十三話 怒りの白衣
二つ目のふすまを通ると、向こうからずかずかと急いだ様子で近寄ってくる存在がある。
あごを引き、前傾姿勢で早足の彼は怒りの様子をまとう。
四人が脇に避けるなか、気にした様子もなく部屋のど真ん中を通り抜ける。
ふすまに手をかけると力任せに開いた。
怒りをそのまま表現したぶつかる音の前に白衣を翻し、奥へと進む。
「何をしたんだ言ってみろ」
頭蓋に突き刺さるような怒鳴り声。
ハクの怒りは尋常な物ではなかった。
様子が気になって女神の部屋へと歩み寄る。
「どうしましたか、ハク」
「どうしましただと? こっちが聞いている」
ハクは足に力を入れて声を張り上げる。
微動だにしないアイを敵か何かのように睨んで癇癪持ちのような挙動をつづける。
「チェリにかかった液体はなんだ。おかしいだろ。動かないんだぞ」
ありえないを連呼し、一方的に怒りをぶつけている。
アイの方は口答えをすることもなく、最初から興味のなさそうな目をしている。
「アイ、いい加減に答えろ」
イライラと足を踏みならして彼女に近づく。
アイはハクのことを全く気にした様子がない。
しかし、アイが振り向き、困惑した様子で呟く。
「ですが、女神様……」
その様子に気付いたハクは、一度大人しく立ち止まった。
小声で何かやりとりした後、アイはなにかを諦めた様子で首を横に振るとハクの方へむき直した。
「これです」
落ち着いた声の彼女は、側にあった赤い球体を手のひらで示した。
「あなたもよくご存じでしょう。人間相手なら、ただのとりもちですよ」
「ふざけるな、こいつは粘着材に電子計器を狂わせる成分を混ぜたものだ。こいつを機械にかけるなんて……正気を疑う」
そこで初めてアイが反応らしい反応を返した。
「あれは人間だった。思い出して。チェリは人間であり、チェリは二人も存在してはならない」
着物を引きずり、強く、悲しげに訴える。
「また女神の話か」
怒鳴りこそはしないが相変わらず怒気を交えた声。
「女神の観測した世界とまた異なったのは聞いた。だが、存在している物を奪ってまで守るべき物なのか?」
また、声が荒ぶり出す。
「存在しなかったのはトモのはずだ。なぜそちらを潰さない。人は潰せないのか。複製だからか? ロボットなら潰して良いのか」
「名前の問題ではないのです。コードネームに意味はない。どれが本物かそれだけが重要なのだから」
「なら彼女を作る前に止めてくれ。生まれる前に止めてくれ」
「無茶を言わないで。女神は我々と同じ時を持ち得ない。女神にとってはトモもチェリも突然現れた存在でしょう」
「だが、それでも」
「あと数月の辛抱。あなたもよくわかっているだろう」
肩を落としたハクの後ろ姿から、怒りの姿は消えていた。
「チェリは一時的に眠りました。それだけ」
うつむく男の側に歩み寄り、そのあごを撫でた。
返事はなかった。




