二十九話 ぺいんてぃんぐちぇり
チェリが女神への報告から帰ってきたときの衝撃的な姿は、今まで巻き込まれたどんな場面よりも強烈だった。
「チェリってば、それ、どうしたの」
ナツの目はチェリの全身をせわしなく動いていた。
濃く赤いペンキが、真っ黒なスーツを、真っ黒なサングラスを、白い顔を、赤一色に染めている。
「あははー怒られちゃった」
でこぼこした赤は、足下へ向かうにつれまだら模様になっていく。
後ろを振り向くと、半端に元の黒スーツが姿を見せる。
「カラーボールは勘弁して欲しいよ」
ぶつぶつ呟きながら頭を振る。
そのペイント染めのサングラスを通して本当に見えているのか、なぜ見えているのか不思議でしょうがない。
「カラーボールを投げられたの?」
「仕方ないの、アイとか普通の人間には私に体罰を与えるのは無理だから」
叩いて顔を赤く腫れさせる代わりに、インクで顔を染めたのよと当然のように語ったが、その理屈に納得がいくまで凄く時間がかかりそうだ。
「けど、こんな強いインキかけられるとさすがに感覚が狂いそう」
あーあと腕を組む。
「早く落とした方がいいんでしょ、なんでのんびりしてるの」
ナツの言葉に、チェリは少し機嫌が悪そうに額を引きつらせた。
「メンテナンス、嫌いなんだよね……」
いやがるチェリを四人で押すようにして、彼女が言う医務室まで連れて行った。
「コカー。いる?」
人捜しの割に、ずいぶん遠慮がちの声だ。
そもそも、目の前の扉は片目分しか開いていない。
「いないなら帰ろうね」
後ろの四人を振り返ったその時、扉がばっと開いた。
「何かご用みたいだね、くくっ」
黒いシャツに赤いコート、長い髪が片目を隠す。
ホストクラブに居そうなファッション……よりも禍々しさが勝っている。
漫画に出てきそうな格好の人だ。少年漫画みたいな。
「チェリか、また派手にお仕置きされたね」
こそこそと身を屈めていたチェリを、白目がちに見下す。
「僕が洗ってあげるよ、綺麗にね」
そこで、反り返って狂喜的に笑う。その動作がフユには予測できて、複雑な気分になった。
マンガの読み過ぎがこんな大人を生むなら、何て世界は残酷なんだ。
フユは心底呆れた。
呆れているのはチェリも同じようで、立ち上がると残念な大人を見下ろしてため息をついた。
「洗浄と、ついでにメンテをお願い」
そこで、狂喜的な笑いはぴたりと止まる。
ニヤリとわざとらしく口を歪めた後、フユ達と目が合う。
「ところで、その後ろのオプション機は?」
「宿命の人たち」
チェリの言葉に甲高い声でははっと笑う。
「さては、彼らに余計なことを喋ってしかられたな?」
不機嫌そうにそうねとだけ答えた。
ますます機嫌良さそうに笑う。
「パラドックスが実現するのは、合うはずのないつじつまが合ってしまった証拠だって、アイの口癖だろ」
チェリはやっぱり不機嫌そうにそうねと返事をするだけだ。
「それじゃあ、ついでに宿命の人たちにも健診だ。疲れは無いかい。最近眠れないことは。お腹は痛く無いかい。頭は。背中は。足もかな」
じわじわと、目の前の人の口が裂けていくような、迫ってくる感覚。
「コカ、子ども相手に脅かすな」
チェリのチョップを食らって、奇行は止まった。
「今だけで良いから、医者の格好だけしていてよ」
ここで待っていてと言い残し、医者を連れて部屋の奥へと消えた。




