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二話 暗い目覚め

「すげ。どんな手品なんだ」

「手品じゃない。転移装置だ」

腕を組んでウサギを見下ろしていた秋津を後ろから抜き、片耳を掴み上げる。

ぼろいウサギは縫い目が弱っていたらしく、僕の手の中に片耳を残してぼたりと落ちた。

「あらら、直しませんといけませんね」

春風はお嬢様座りのまま、口元に手をやっていた。

ぬいぐるみを直すなんて後でいい。手元に残った布と綿の固まりを放り投げた。頭の中を激しい勢いで渦巻いているこの雑学達をいち早く披露したい。


「んで?これはどうやって調整するっていうの」

雄弁を振るうあまり、危険人物が大事な発明品に近づいている事に気付かなかった。

夏目が複数有るレバーを指先で上げ下げし、スイッチをパチンパチンと切り替える。

「ばっか、何すんだ」

慌てて乱暴する彼女を止めに入る。

実はこの機械について詳しい操作はわかっていない。

ディスプレイもなく、ボタンの説明もない。非常に使い勝手の悪い装置なのだ。きっとプロトタイプというやつだろう。誰か、この装置のことを何も知らない人が使うことを全く想定していない。こいつの使い方を本当にわかってるのは、今はいない発明家だけだ。

僕ですら触ったのは真ん中のレバー、今夏目が触れようとしているひときわ派手な転移の実行レバーだけだ。

「触るな!」

僕の制止もむなしく、彼女は指の腹でレバーを撫でるように弄りだした。


レバーが半分ほど上がった途端、夏目の様子がおかしくなった。前屈みになり苦悶の表情を浮かべている。

「夏目さん」

心配した春風が夏目の背中を支えに行く。

するとどうだ、春風は細い悲鳴を上げた。

目の前の彼女たちが陥った状況に、すっかりパニックに陥ってしまったようだ。

僕もまた、無策のまま彼女を機械から引き離そうと夏目の肩に手をやった。


胸の奥を握られた気がした。

耳元でザーッと砂嵐の音がする。

視界が端から浸食される。黄土色に、白に。

頭から血の気が引いている。寒気がする。嫌な汗をかき始めた。

誰かが腕を引いた。多分秋津だ。

けれど、その引力は一瞬で弱まった。


僕はぼんやりする頭の隅で、コントを思い出した。

感電している人を助けに行って全員感電するというギャグだ。

僕はもっと冷静な判断が出来るはずなのに、なんでこんなしょうもない罠に引っかかったんだと今更反省しても、頭痛はおさまりそうになかった。




何故か遠くで鳴っている目覚ましの音を無視し続けていたら、誰だかわからない機械的な声が響いてきた。

寝ぼけた目に映る部屋の様子が見知らぬ場所に思えたのは、自分の部屋が僕のものになって一月も経っていない事も一つかもしれないが、それよりももっと別のことが原因のようだ。



実際、見知らぬ場所だった。

僕は肩を揺さぶられ、大きな声で起こされていた。

目前には女性の顔があった。真っ黒なサングラスで顔を隠しているので口元しか見えない。

しかも黒髪と黒いスーツが暗い通路に同化しているから口元だけぼんやり白く見える。

グロスの光るふっくらとしたくちびるからは想像できないような怒鳴り声が発せられた。

「起きた。走れる?無理?わかった」

別に目の前の女性が怒っているわけではないと少ししてわかった。純粋に声のボリュームがでかいだけだった。あと、早口だった。

僕が起きたことに気付いた彼女は僕の返事も待たずにひょいと抱き上げる。

何が起こったのか初めはわからなかったが、少しすれば理解できた。恥ずかしさのあまりもう一度理解できなくなった。

降ろして欲しくて暴れようとしたところ、目の前にいた巨漢に気付く。

暗闇の中ぬぼっと立っていた男はやはり黒スーツで、遙か上方にある顔には大きめの黒いサングラスをしている。しかも肌も浅黒く、僕を担ぎ上げた女性よりも完璧な迷彩を決めていた。


「走り出したから何かと思ったが、そうか、ここだったか」

地を這うような低い声。その響き方からもこの男がどれほど大きい身体を持っているかがわかる。

「今日だったのか?」

「今日よ。確認したでしょ?あんた憶えてないの?ホント鈍いんだから」

女性が男を見上げる。彼女の頭のてっぺんで一度まとめられた、長くて軽い髪の毛が顔をくすぐった。

「シュウ、後の三人頼める?」

はいよと返事が返ってくると、シュウと呼ばれた大男は持ち方に悩みながら三人を担ぎ上げた。

夏目達の抵抗も甲斐無く、割と安定して運ぶ姿に不思議な物を感じた。


「早く逃げるよ」

そこで初めて、ずっと暗闇に鳴り響いていた非常ベルの音と、「シンニュウシャアリ、ケイカイセヨ」と叫び続けるアナウンスを認識した。

認識はしても、目前の彼女たちが何をしたいのかは今ひとつわからなかった。

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