二十話 山道
激しい揺れにしがみついていると、座席の下から派手な色した球体が半分覗いていることに気付いた。
ナツのヘルメットだ。デコトラならぬデコメットだったらしい。数カ所でLED球が点滅している。
視界の端でチカチカされると気になってしょうがない。
片手を支柱から放すとナツの足下に手をやり、ヘルメットを持ち出した。
「ちょっと、なにしてんの」
頭上からナツが叫ぶ。
狭い車内で身体をねじるようにして腕を伸ばす。
指先がヘルメットに触れた。激しい揺れで、ナツの足に身体がぶつかる。幸いヘルメットは手の中へ飛び込んできた。
「よし」
ナツの目の前までヘルメットを引き上げる。
「なんだ、それを取りたかったの?」
訝しげにヘルメットを見つめた。
「うわ、光ってる」
「ちかちかうざいんだけど、どうやって止めるか知らないか?」
嫌そうな顔をしながら、ナツはヘルメットを受け取り頭に被った。
あご紐をバックルで留めると外の点滅は大人しくなった。
うわっとナツが悲鳴を上げる。
慌てた様子で助手席をひっつかむ。
「ザッキー、チェリから連絡が来てる」
「いま何ですって?」
若干しかめた顔が後ろを向いたが、悪路のせいではねあがると頭を打ち、痛そうに頭を抱える。
痛みをこらえるように細い悲鳴を上げる。
「すまんザキ」
「いえ、いいんすよ」
運転席に返事をした後、改めて後部座席に顔を向けた。
「で、なんでしたっけ」
チェリさんが小林に来いって言ってるとくぐもった大声で告げる。
「小林基地か、確かにあそこなら追っ手をまけますよ」
「どこだ」
「案内しゃっす。本格的に山道ですがスピードは落とさないでください」
うっすと座り直す。
「ザキが知ってるみたい。今から向かうよ」
ナツのくぐもった独り言は久しぶりに聞こえた二発の爆音で聞き取りにくかった。
「あいつら今ので何発目だ」
「いまので八発です」
シュウの口元から頑丈そうな歯が見えた。
「標準積載量で言えばやっこさん弾切れだな」
「一台二本ずつですね」
弾切れと聞いてほーっと胸をなで下ろす後部座席と反対に緊張した顔の運転席。
「おい、自分の身は自分で守れ。もうブレーキは踏まないからな」
相手が砲撃してくるタイミング、つまり相手の減速機会が見込めない以上スピードを上げ続けて逃げるしかない。
ブレーキの無いまま急なカーブを曲がる。遠心力と坂道による重力への反抗で身体が飛んでいきそうだ。
そのままヘアピンカーブを左右に繰り返す。
妙な浮遊感まで感じ始めると、後は車酔いへの一直線である。胸元まで嫌な物が上がってくる。
「先輩、次のカーブで振り切ります」
「どうする」
こんなにカーブがあったのにまだ振り切れていないらしい。
いらついた運転手に対して告げられたザキの提案はその場を凍り付かせる。
「曲がりきれなかったふりをして崖を下ります」
「こいつはそんなに足回りの良い車だったか?」
いらだたしげにシュウはアクセルを踏み続ける。
「ボディが丈夫ならタイヤはとれなければ何でも良いっす」
ガードレールをぶち破ったら足と手を放してハンドルは任せてくださいと不敵な笑みを浮かべる。
「舌を噛まないように」
見る間に車は崖から飛び出した。
あがきようがないが、少しでも何とかしようと身体がこわばる。
浮遊感、そして、落下。
楽しくもない絶叫が響き渡る。
衝撃を感じるまえに目前が白い世界に覆われる。
が、飛び跳ねるような激しい衝撃に眼がチカチカする。
ザキが助手席から身を乗り出し、ハンドルをつかみに行く。
「おい、まだ追っ手が一台……」
「もうホント馬鹿じゃないの」
「いや、一台転がっていった」
「ホントに馬鹿だった」
ぎっとサイドブレーキを何度かに分けて引き上げる。
木々の隙間を通っているが、よく目をこらすと車一台分の道が確かにある。
それを曲芸みたいな体勢でザキが器用に運転していく。
そうして急な山道に現れた石垣の中に我が物顔で駐車した。




