一話 お皿立てみたいな何かのがらくた
中学までの道はそこそこ遠い。徒歩で二十分といったところだ。
もう少し家が遠ければ自転車通学だったはずだが、そんなもの悔やんでも仕方がない。
平坦な田舎道を重い教科書を背負って歩く。きっと二宮金次郎よりも重労働していると思う。薪なんか持ったことなんか無いけど。二宮金次郎像すら見たこと無いけど。
中学に入って二年目だが一緒に登校する奴はいない。あいつには朝練があるからテスト期間以外は一人で二十分、黙って歩き続ける。
普段は何とも思わないが、どうして今日はにやけ顔がとまらない。一人で思い出し笑いなんてしていると、ほら、後ろを歩いている女の子二人の目が厳しい。
なぜ秋津の奴は毎朝毎朝朝練なんかに真面目に参加しているのか。
そしてクスクス笑う女共に抜かされることも離し去る事も出来ないまま校門に至る。
まあ、そんなもんだ。
「お、冬原」
名前を呼ばれ顔を上げると、正門の真っ正面にある体育館の前でおでこの広い同級生が手を振っていた。奴が件の友人、朝練無遅刻無欠席の秋津だ。
角刈り気味の頭髪は色が薄い。染めたのかと昔聞いた事があるがどうも元々薄いらしい。色だけでなく、毛自体も。将来はきっと親父みたいに禿げるんだと自虐的に笑っていた。
「おー」
片手を上げて挨拶した後、足が自然と吸い寄せられるように秋津の方へ向かう。
「なに笑ってんだ。気持ち悪いぞ」
笑顔で挨拶しただけでそこまでいわれるとは。糸目のせいでいつもにやけ顔のお前にだけはいわれたくない。
だが今日は気分が良い。友人の無礼も笑顔で許せるほどに。
「今日水曜だし部活無いだろ、遊びに来いよ」
誘いを聞くと、何を察したのか肩を組んで小声で問いかけてくる。
「また何か掘り出し物があったのか?」
秋津の顔を見ると開眼している。珍しい。
その真剣な眼差しがまた僕の気分をよくさせる。
「今度はすげーんだ。謎の発明品、発掘番号四番」
ほうと頭上から低い声がする。
見下されるとどうしてこうも怖いのか。そこには秋津と同じように朝練終わりの夏目が立っていた。
僕らがどんな表情をしていたのかはよく分からない。おそらく僕のにやけ顔は治っていたと思う。
対する彼女の顔が、獲物を仕留めた肉食獣のような黒い喜びの顔だったからだ。
僕は気を紛らわすため眼鏡を押さえた。
「私も遊びに行っても良いですかな。冬原くん」
「構わないよ。最初から夏目さんも呼ぶつもりだったんだ」
有無をいわさぬ彼女の提案に、心にもないことが口から転び出る。どうも彼女は苦手だ。なのに夏目は僕らが二人揃っていると変に仲良くしに来る。
僕の返事を聞いた夏目さんは上機嫌で女子更衣室に去っていった。全く、油断も隙もない。
そうして放課後、別方向に帰る夏目をほったらかして秋津と二十分コースを歩いた。
小学校からの習慣で秋津が律儀におばさん、お邪魔しますと元気に挨拶するのを後ろに聞きながら部屋へと入った。
図書館の閉架みたいな可動式本棚が部屋の四分の一を占める僕の部屋は物が多すぎるせいで可動式本棚が稼働しない。レールの上に使い方も分からない謎の機械が置いてあるのだ。
どれもこれも手作り感があり、製品よりも見た目が非情に劣る、けれども思わず手を伸ばしたくなる何とも好奇心をくすぐるがらくた達。
普段は山のように積み重なっているが、今は広がり、幅をきかせている。
その光景は母さんの片付けの手が入る前、僕が父さんの部屋を譲り受ける直前の頃に近かった。
今日の主役は中央に鎮座するたくさんのレバーが付いた大きなお皿立てみたいな機械だ。
「こいつだよ」
指先で黒い機械を撫でる。
「これがさっき言ってたテイイン装置って奴か」
秋津はバカな顔してふうんとか言っている。
「お前何聞いていたんだ」
「違ったか?」
今日一日他の話題をはさみながらずっとこの機械の話をしていたのに、こいつは全く理解していなかった。
「僕が言ったのは転移装置。テンイ。つまりワープのこと」
「ああ!ワープ!!」
そこでやっとすげーという言葉が出た。そうそれ、それを待っていたの、僕、ずっと、昨日から。
その言葉を聞けてやっと鼻高々天狗になれる。
「すごいだろ」
「だったら最初からワープって言ってほしいし。テイインってお店の人のロボットかと思って凄く気になってた」
やっぱりこの機械の凄さを完全には理解していないらしい。
実物はここにあることだし、じっくりそのすばらしさを紹介しよう。
「白光ー、お客さんー」
母さんの声に出鼻をくじかれ、腹立たしいのを飲み込んで秋津を部屋に置いたまま迎えに行く。
「こんちゃー」
「おじゃま、します」
待て、後ろの女の子は誰だ。
目の前に立つ歪に膨らんだ帽子を被った夏目の後ろに隠れるようにして、多分見たこと有るけど何所で見たのか思い出せない人が立っていた。
「やーやー、いきなり悪いね。はるちゃんに今日遊びに行く話をしちゃったからついでだし連れてきちゃった」
「はる……ちゃん?」
「春風詩織です。先月夏目さんのクラスに転校してきました」
「……知ってる」
思い出した。そう言えば先月、転校生なんて珍しいなと思って見てた。
「あの、夏目さん、やっぱりここでいいよ」
帰ろうとする春風を夏目が止める。
「今更何を言い出すのっ」
困り果てておろおろする春風さんと目があった。
僕はとりあえず扉を全開にして入るよう勧めた。
「きったねえ部屋」
部屋に呼ばれて第一声がそれか。
苦笑いを浮かべつつ座布団を出した。
正面にはぽかんと口を開けて女子を見上げている秋津がいる。
「転校生だ」
「名前で呼べ、失礼だ」
それと指さすの禁止だと夏目が秋津の手を払った。
「別に詩織様でも構わないぞ、くるしゅうない」
「くるしいよお」
ふんぞり返る夏目に転校生はやめてよと笑っている。
さて、仕切り直しだ。
僕はもう一度機械を撫でた。
「昨日見つけた転移装置。これは、ここにおいた物を別の場所に送ることが出来る」
床に転がるぬいぐるみを掴んだ。
随分ぼろい、色の汚い、ウサギのぬいぐるみだ。抜け毛が激しい。
こいつを皿立ての真ん中に置く。
それからいくつかあるレバーの真ん中を……上げる。
バチッと火花が飛び散り、夏目なんかは驚きのあまり正座のまま跳ね上がった。
結構煙が辺りに充満する。
昨日は夜に使って、ブレーカーが落ちたか何かで母さんに怒られたが今日は怒りの足音が響かない。セーフのようだ。
春風が胸に手を当てて目をつぶり深呼吸している。秋津は……開眼している。
「なに今の」
右手をせわしなく動かし、夏目が尋ねる。
僕は悪の科学者を気取って不敵に笑う。
「ぬいぐるみを見てみなよ」
嫌そうな顔をしながら、僕を見た後、正面の機械に目を移す。
「あれ、無い?」
「そう、ここから移動するんだ」
「それじゃあのウサギはどこに行ったんだ?」
くくくと笑いながら眼鏡を持ち上げる。きっと今僕の眼鏡は光っているだろう。
「あそこです!」
春風がドアの前に転がるウサギをいち早く発見した。
「わかっただろ。これが転移だ」